とある町で行き倒れそうになっていた謎の青年・夜木。彼は顔中に包帯を巻き、素顔を決して見せなかったが、助けてくれた純朴な少女・杏子とだけは心を通わせるようになる。しかし、そんな夜木を凶暴な事件が襲い、ついにその呪われた素顔を暴かれる時が……。表題作ほか、学校のトイレの落書きが引き起こす恐怖を描く「A MASKED BALL」を収録。ホラー界の大型新人・乙一待望の第二作品集。
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表題作も大変面白いのですが、先ずは『A MASKED BALL』から感想を書きたいと思います。
“第二作品集”だそうですが、目の付け所が違う点が既に乙一の舞台装置の作り方の気がします。
携帯電話が普及した平成の今日この頃、とある高校のとある男子高校生が煙草を吸う為に使っていたトイレで、タイルの落書きを見つけます。内容は“ラクガキスルベカラズ”。
落書きをするな、と主張しているそれ自体が落書き。
それに吸い寄せられる様に集まった顔も名前も知らないメンバー達が、トイレの個室の落書きでメッセージを交換して行く、という物語です。
名前も各々添えてあるものの、当然偽名。
インターネット風に言うならハンドルネーム。
現代に置き換えたらそれこそ、掲示板やチャットやTwitterという物に変換されますが、それをトイレの落書きでやってしまう辺りが乙一の凄い所だと思いました。
最初は楽しくメッセージ交換に励んでいたメンバー達でしたが、やがて主人公である男子高校生の友人に危機が迫ります。
トイレの落書きをホラー仕立てのミステリーにまで昇華させ、読んでいてわくわくさせてくれます。
インターネットの掲示板を題材に同じ話を書いても、こんなにわくわくはしないと思う。
緩い結末も好き。
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『天帝妖狐』ですが、この物語は乙一の描くホラーの中でもかなり切ない部類に入ると思います。
乙一は“ホラー界の大型新人”以外に“切なさの達人”という渾名があるのです。
内容は上のあらすじに大方書いてあるのですが…。私は夜木の手紙と杏子の場面に因って交互に語られるこの物語に乙一の頭の良さを感じます。
夜木の手紙を読み、ホラーが最高潮に達した時点で物語は杏子の場面に移り変わってしまったり、またその逆もあったりして、怖いのもあるのですが切ないのも確かで。
夜木と杏子が祭りの通りまで歩くシーンはやけに印象的でした。
互いが他人行儀に、しかも声に張りを持たせて、外部の音はお囃子と喧噪が遠くに聞こえ、ぼんやりとした祭りの電球の明るさの中に互いの顔が見えて。
やがて来る別れに向かって、必死に何かを伝えようとする2人には胸を打たれます。
乙一が後から呼ばれる様になった“切なさの達人”はこの時点で既に頭角を現していると感じました。
言いたい事を言いたいのに上手く伝わらない、その事がこんなにも感動を呼んでくれるなんて、やっぱり乙一は素晴らしい演出家です。
ボクハ ナニモノデモナイ
ダレデモアリ ダレデモナク
ドコニデモイル