いつもと同じ電車、その同じ車両、同じつり革につかまり、一週間が始まるはずだった――。
丸の内に勤めるOL・片桐陶子は、通勤電車の中でリサーチ会社調査員・萩と知り合う。
やがて二人は、身近に起こる不思議な事件を解明する〈名探偵と助手〉というもう一つの顔を持つように……。
謎解きを通して、ほろ苦くも愛しい「普通」の毎日の輝きを描く連作短編ミステリー。

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これも再読です。

加納作品はドラマ化された『てるてるあした』等で人気を博しているので、お好きな方も多いのでは無いでしょうか。

私が初めて出会った加納朋子作品は『ななつのこ』でした。当たり前過ぎて済みません。

勧めてくれた相手は友人で、その説明は「北村薫に似ているよ」というものでした。

読んでみると確かに良く似ているのですが、北村さんが温もりあるミステリーなのに対して、加納さんはやっぱりほろ苦いかな、と思います。

共通してどちらも優しい文章を描き、北村作品の主人公は時々哀しい思いをするのに対し、加納作品は時々苦い思いをする、そう言えば伝わるでしょうか。

北村作品の哀しさは胸が張り裂ける様な痛烈さを帯び、加納作品の苦さは鈍い痛みを感じます。それ位の違いがある。

加納さんの文章は優しいのですが、優しさと共に抉る様な痛みも兼ね備えた恐るべき文章です。

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この物語は主人公である陶子の月曜日から日曜日までを描いた連作形式になっています。

一応日常のささやかな謎を描いた“日常系”というミステリーに入るのでしょうが、社会に出た試しのある方には胸にズーンと響く複雑な思いが去来すると思います。

社会人として社会で生きるリアルな感覚が陶子を通して伝わります。

学生の方には難しいかもしれませんが、社会に出ると“ムカつく会議があるからボイコット”とか、“ムカつく奴の発言だから野次でかき消す”とか、そうそう出来ません。

どんなに苛々する依頼内容でも取り合えずは笑顔で聞かなければなりませんし、上司に言われたらやりたくない仕事でもやらなければなりません。

どんな人間にも苦労があって、自分の思い通りに行かない事も多くて、それでも自分の気持ちをセーブして生きなければならない局面も多くて。

それでありながら強く逞しく生きる陶子の姿には、大人として生きるマナーを教わった気がしします。

自由に生きる訳でも規律に縛られて生きる訳でも無く、要領良く生きる陶子は大人の女性だ、と思いました。

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一番好きな物語は『土曜日の嫁菜寿司』です。再読前から好きでしたが、再読したら余計に好きになりました。

ババロアケーキに割と決定的な告白をフルーツで書いて、好きな男の子に渡した女の子。

しかし彼からはそれに対する返答は「美味しかったよ」以外に無く、フラれたんだと落ち込む彼女に陶子は「諦めるのはまだ早い」というのでしたが、その言葉の意味は?

…という、実に素朴なミステリーでした。

次点が『水曜日の探偵志願』です。

ワトソン役の萩がかつて、好奇心からとある男性を探偵よろしく尾行した事がある、という内容を語るミステリーです。

ミステリー好きなら1度位は「この人、何者なんだろう?尾行してみようかな」と思った事がある筈です。

尾行とは心躍る大冒険だと思います。

そしてそうやってワクワクしながら読み進めて行くと、最後に返し技があるのです。

ちなみに主人公・陶子はワトソン・萩に好かれていて、その恋模様は萩の一人相撲になりつつありますが、それでもめげない前向きな萩は可愛いと思います。

ベタベタした恋愛ものが苦手な方にもお勧め出来る1冊です。





「そうじゃないの、さっきの話。普通は生活の中で、何かおかしなことに出くわしても、結局はその理由ってわからないことが多いでしょ。今回だってそういうものだと思っていたわ。でも時間を作って調べてみて、それから萩君に話してみて、そしたらちゃんとわかっちゃったんだもの、驚いた」