2016-1-27 18:55
月が紫色してる
理由もなく、とつぜん、不安感とか憂鬱に胸が締め付けられるときがあって、いまがまさにそうなんだけど、理由なく始まった憂鬱は、その原因を作ろうとしているのか、過去のいやなこととか、これからの不安とかを思い出させて、うなだれてしまう。そんなときは、もう死んでもいいかなって気持ちに簡単になってしまって、たとえば今さっきだと、信号機のない横断歩道で、車がぎりぎり止まれるかどうかのタイミングで渡り出してしまう。渡れたらラッキーだし、渡れなくて死んでしまったとしても、いいかな、て思う。だけど今日はほんとにぎりぎりで、もう、轢かれるくらいだった、それをぼくは、身がすくんで立ち止まり、車を通してしまったのだ。まあだいたい、死ぬつもりであれば、赤信号の横断歩道を渡ればいいのだ。そうしないのは、やっぱり死ぬことを怖がっているんだな、って。今までだってそうだった。入水のときも、オーバードーズのときも、死にたい気持ちでそうしたけど、まあ死なないかなってわかっていた。そんなもんだよなあ。そうなんだよなあ。って。それはそれでもちろんいいんだけど、どうやって苦しみを昇華すればいいんだろうか、と思いながら、リストカットの代わりに、飼い猫に腕を傷つけさせて喜んでいる、そういうメンヘラだったりする。年金を払えという催促が来て、ああ、それなんだよな、こういうことの積み重ねなんだよな、ていう気持ち。