優しい思い出。

愛しい過去たち。

暖かな温もり。

確かに在った大切な気持ち。

全部、全部。

宝箱に詰め込むの。

愛しげに微笑んで、一つずつ、入れていく。

空に散らばってしまった星をかき集めた。

水に流れた果実を拾い集めた。

燃え盛る炎の中から溶けた鉄屑を取り出した。

バラバラになった大切なそれは、沢山の時間をかけて、沢山の暖かい心を受けた私が、全部一人で取り戻した。

それだけは、私の仕事だったから。

それだけは、他の誰にもできなかったから。

落ち込んで、もう止めてしまいたいと嘆いたとき、いつも誰かが励ましてくれた。

だから私は今、漸く取り戻したんだ。

沢山零れ落ちたそれを。

でもそれは、今の私には必要ないもの。

何度もしまっては開けてしまう私の弱い心は、悲しいほどまたそれを零れ落とすから―――………。

その度に泣いてしまうから。

だからね、私はその大切なものを返してあげる。

一番必要とされたその時間に、返してあげるの。

今の私には不要のもの。

それにどれだけ縋っても、もう私の心は救われない。

ただ傷つけてしまうだけ。

それが大切であればあるほど、傷つくだけ。

既に形を変えてそこに在るそれを無視して、私はそれに縋り続ける。

そんな弱い自分が嫌いだけれど、今は愛せるから。

だから、今は。

そのか弱い心に応えるために、痛みを、重みを、少しでも―――…。

大切にしていても零れ落ちたそれ。

大切にしていたから傷ついたそれ。

けれど、私は微笑む。

優しくそれをとり、宝箱に詰め込むの。

世界で一番柔らかくて儚いそれを、誰にも見えない箱に入れる。

禁忌のように―――……それに入れるの。

そして私は佇む。

湖の畔で。

見つめる先には暗闇の深淵。

深い深い水の底。

私はしゃがみ込み、そっとその手を―――離した。

ゆっくりと、ゆっくりと、箱は沈んでいく。

いつも煮えくり返ったその水は、漸くおさまり、今は静かだった。

まだ少し、濁っているけれど、穏やかだった。

ゆっくりと姿を消していく箱を、ずっと見つめていた。

そして――…一粒の雫をこぼした。

「ありがとう」

私は呟いて元の道に帰る。

決して振り返らずに、歩き出す。

箱が還る場所…それは。

一番私が戦い続けた戦火の時代。

決して膝をつかなかった、あの時代。

一番強くて…一番悲しかったあの時代。

そう、あの時代に、返してあげる。

ねえ?

あなたは何のために戦った?

私は―――…今を後悔しないために戦ったよ。

結局私は後悔したけれど。

やらないで後悔するより、やって後悔したかったから。

何度繰り返しても、あの時は、後悔する道しか残っていなかったと思う。

でも。

今は好きな道を選べられる。

ありがとう。

ありがとう。

だから私は返すよ。

一番必要とされた、その時代に。

私の一番の宝だから。

今の私には勿体無いから。

キラキラ光る星のような、甘い芳香を漂わせる果実のような、そして―――…灼熱の怒りを表すような鉄屑のような、そんな宝を。

あなたに返す。

今は静かに穏やかな水の流れが私を包む。

きっともう、大輪の花は咲かないでしょう。

けれど確かに確実に。

そこに在ったのだと。

思い出すために。

私はそれを捨てることなく封印する。

いつかまたそれが必要なときまで、大切に………しまっておくから―――。

それまで。

さよなら。