びっけさんの新作短編集。
私はこのITANコミックスっていうのを初めて買ったのですが、なんでも去年に新創刊された雑誌らしく。
「ITAN」は新創造系漫画雑誌 というコンセプトで、BL方面でも活動されている阿仁屋ユイジさんや雲田はるこさん南国ばななさんなども描かれているようです。
雑誌のカラーとしては女子の好む絵柄のきれいな方がちょっとファンタジックな…パンチの利いた王道からちょっとズレたお話を描く、みたいのを売りにしているようです。
ゼロサムなんかに近いようですが、あそこまで長編主義じゃなくてコミックス2巻くらいで綺麗にまとまるようなものも多いようですし、そこはBL作品に近いコンパクト感。
そんなITANでびっけさんが新たに描かれた連作短編が一冊にまとまり、「赤の世界」となったようです。
…とまぁ、ワケ知り顔で書いていますが この本を手に取る前はこんなことは知らなかった私は実はオビを見て度肝を抜かれました笑
「"戦争"が自由を奪っても大切なひとを守りたい!」
戦争…!?びっけさんと戦争?
…正直想像つきませんでした。びっけさんという作家さんをご存知の方ならわかっていただけると思うのですが、びっけさんは頭身低めのかわいらしい絵柄でトーン多めのやさしい画面づくりをされる方で得意なジャンルはヒューマンドラマの作家さんでして。
そんなびっけさんと戦争はかなり遠い場所にある事柄なんじゃないかと私には感じられたのです。
けれど、恐る恐る読み始めたら もうあっという間でした。
「赤の世界」で描かれるもののバックボーンには確かに「戦争」が付きまとっているのですが、物語として描かれているのはびっけさんの本質である「ヒューマンドラマ」でした。
やさしく、しかし戦争というものを後ろに置くがゆえに時にかなしい 愛とつながりの物語です。
読みながら涙が出てしまって、ページに涙が零れないようにするのが大変でした。
確かにびっけ作品としては「ITAN」な部分もありますが、読み終えて思うのはびっけさんらしすぎるぐらい「らしい」、ど真ん中直球の短編集です。
以下、各話のかるいあらすじと簡単な感想を。
■赤の世界
夏休みを利用してサマーキャンプに参加させられることになったレグルス。
しかし内向的な性格のレグルスはどうにもサマーキャンプに前向きな気分になれない。
そんなレグルスと同室になったのは明るく、おしゃべりなミラン。
ミランは事あるごとにレグルスに構うけれど、レグルスはそんなミランに困り顔。
そんなある日、サマーキャンプ参加者のひとりが部屋中を赤いペンキで塗りたくる、という狂気じみた事件が起こり…?
(感想)
ミステリータッチの物語。
ストーリーの筋書き部分の感想は正直「ゾク」って感じでしょうか。
世の中には決して触れられないものがあるのかもしれないなぁ…。
そんなコワイ筋書き部分を補完するように、サマーキャンプに参加している二人の少年…レグルスとミランの様子は非常に可愛らしくて、びっけさんならでは。
このバランス感覚がびっけさんだな〜。
■朗読時間
戦時中。
リディアとテオは将来を誓い合った恋人同士。
テオは大層な読書家で、リディアは彼に本を読んでもらうのをいちばんの楽しみにしている。
しかしある日、テオは戦争へ。リディアは電話の交換手の仕事を続けながら彼の帰りを待っていた。
そしてついにテオが帰ってきた、との一報が。
けれど帰ってきたテオは片足、そして目の光を失っていて…
(感想)
涙が出て止まりませんでした。
深い愛の物語です。
リディアの仕事が「電話交換手」だということ、テオが読書家であること、そしてもうひとり物語に登場する人物…すべての要素がやさしく、かなしく物語を紡いでいきます。
戦争がふたりにもたらしたものはなんだったのか…変わってしまったことと変わって出会ったもの、そして繋がっていくこと。
「赤の世界」が描こうとしているもののかたちがこの作品にすべて凝縮されているような気がします。
個人的にいちばん好きなお話。
■鳩の翼
アロイスは優秀な鳩の訓練師。
彼は鳩と話すことができるのだという。
軍に勤めるコンラートは機密を運ぶ伝書鳩としてアロイスの鳩を貸してもらえるよう直談判にやってくる。
戦争をよく思わないアロイスは渋るが、時代の波には逆らえず、大切な友達である鳩たちを一羽、また一羽と軍にとられていき…
(感想)
このお話も涙をしぼりとられました。
動物と人間の愛の物語。
びっけさんは鳩を描かれるのがいろんな意味でお上手です。
ラスト付近ではそのコマ割やカメラワークにも思わず息を呑みました。
1ページの中に風や空間まで感じるような巧みな画面。
びっけさんはお話も絵もほんとうに素晴らしくて、読みながら「ほんっとズルイ!」と思っちゃいました。
■掌の花
終戦直後。
残留兵を探すため霧深い村にやってきたマルクス。
そこでマルクスが出会ったのは触れた人を石にしてしまうチカラを持った少女・ニーナで…
(感想)
いままでのお話よりもファンタジックな要素の強い短編。
前2作品がの哀しみを含んだラストに対し、「救い」の部分の強い優しくも力強い終わりでした。
ネタバレになりますが
ラスト付近でマルクスがニーナを抱きしめるシーンはほんとうに感動でした。
ニーナは彼を抱きしめ返したい、と思うのですがニーナは自分が触れると石になってしまうから抱きしめかえせない。
震える手と触れられることへの恐怖心からか 少し腰を引いたまま抱きしめられているニーナがせつなくも愛しかったです。
マルクスも素敵な好青年ですしね。
このお話もさりげなく他のお話と繋がっていまして、感動的なラストになっています。
いろいろと書きましたが、ほんとにオススメです〜 びっけさんのお話は読んだことないよって方もぜひぜひ。