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愛玩

彼女のことを知りたいと思ったのは、ただの子供らしい好奇心からでした。
だけどあまりにも彼女が悲しい、憂いを込めた目で「わたしの話なんて聞かなくていいのよ」と言うので、僕はますます彼女に興味を持ってしまったのです。
彼女の恋人だった男の人は、いつも静かで朗らかで優しい人でしたが、彼女以外の人とはあまり口をきかなかったので僕はあまり好きではありませんでした。むしろいつでも寄り添うように彼女の隣にいて、彼女を独り占めしているのを、何故かはわからないままに妬んでいました。
「思い出さなくていいのよ、辛いことだから」
いつか彼女が自分より大きな体を抱き締めながら、あの赤い目をしてそのように何度も何度も囁いているのを聞いて、僕は彼が何か大きな病にかかっていることを知りました。
今思えば、彼女も本当は誰かに聞いて欲しかったのだと思います。
それからというもの、彼女はぽつりぽつりと、自分のことや、彼のことを呟くように僕に話しました。
もうずっと昔から二人は恋人同士だったこと、だけど彼には昔の記憶が殆どないこと、唯一にして最愛のお姉さんと喧嘩別れしてしまったこと、彼女はいつも躊躇いがちに、決して心の奥をさらけ出そうとはしないで、吐き出すように僕に聞かせました。
それから多くの時間が流れて、ある日、彼が記憶を取り戻しました。
何があったのかは知りません。彼女は泣いていました。
彼は自分より小さな体を抱き締めながら、ずっと何かを囁いていました。
僕が知りたいと思っていた話は、とても悲しい話でした。
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秘密

彼女は心を開きません、誰にも。
彼女は少しずつ、多くを隠します。
誰でにも。
彼女は自分の生き方を、かっこいいと思っていました。
誰が否定しても、そう信じるのでしょう。
それはある意味では、かっこいいことなのかもしれません。
でもきっと寂しいことでした。
人一倍寂しがり屋の癖して、心を開けない。
きっと、誰にも。
彼女はそれでも、自分の生き方を、かっこいいと思います。
正直な誰かを見て、羨ましいと思いながら、すべてをさらけ出す、そのリスクを背負う勇気がないのです。
だから今日も申し訳程度に否定をして、今日も誰かに何かを隠しています。
嘘を吐けるほど器用じゃないですが、だけど隠し事なら。
誰かが。
彼女のすべてを、知り得る誰かが、いてほしい。
誰にも無理だと言って、それでも誰か、彼女を助けて。
私には無理だと言って、
彼女を助けて。

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彼が狼になった日(※PJ)

見上げた時にそこにあったのは、少なくとも長く見知った顔ではなかった。
「こんなこと、ここじゃ珍しくもないんだよ」彼が言う。
そうなのかもしれない。確かに、そんな噂は聞いたことがある。それでいて所詮他人事と思っていたのも確かだ。いつか自分の身にふりかかることかもしれないとどこかで覚悟しながら、本気でそんなこと考えたことなどない。今この瞬間だって、それなりに落ち着いたものだろう。
ただその相手が彼だということだけ、どうも納得がいかない。
少なくとも彼は、今こうしているより前に、それを経験している。それがどんなに恐ろしい行為か、おそらくその身を持って痛感している。
ずっと同じ道をきていた。今の今まで同じところにいると思っていた。それを一瞬にして裏切られた。
ただひとつの行為を知っているか否か、それだけの差に、しかし動揺を隠せない。
とにかく、得体の知れない悔しさと、それに勝るとも劣らないくらいの恐怖と、そこにほんの少しの好奇心が混じり合う。それらが気持ちの悪いひとつの感情として、血液と一緒になって身体中をぐるぐる巡る。
今思えば、その時既に彼は完膚なきまでに痛めつけられた後だったのだ。
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墜ちた天使

友達がいたの。
誰も彼女を人間だとは思っていなかった。
彼女は天使のふりをしていたの。
いつも笑顔で楽しそうで可愛くて、彼女を見ているだけでわたしたちは幸せになるのよ。
わたしが落ち込んでいて、それでも少し元気を取り戻した時
わたしは人間のふりをしたままで彼女にそう言ったの。
落ち込んでいたけど元気になったよ。
彼女はまるで何も考えていないような晴れやかな笑顔で
あなたが元気になってくれてわたしは幸せって言った。
だけど彼女は本当は普通の人間なの。
羽根が生えただけの人間なの。
彼女は自分がそのようであることもわきまえていたし、辛さを喜びに変える魔法を持っているわけでもなかった。
彼女の、中途半端な人間味がわたしは凄く嫌いだった。
凄く嫌いだった。
だけど好きなのよ。
彼女の笑顔が、元気な声が、ふわふわの髪の毛が。
最近ね、でもわたしにはもう
羽根さえ見えなくなってしまった。
彼女はそれに気付くと
もう見えもしない羽根を自分で引きちぎって死んだの。
今でも思い出すわ。
彼女の天使のような心。
その中に潜む人間臭い心。
そうだとわかっていてもわたしは彼女に救われた。
それは素敵なことだったと思うのよ。
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祈り

月の光が煩くて、うまく寝付けない夜は、舟の上で祈りました。
「先生、そろそろわたしを見て。わたしに気付いて」
だけどわたしの声は音として唇を割るのに、空気に触れると冷たい雫となって暗い海に落ちてしまいます。
その度にわたしは途方に暮れながら海に飛び込んで、わたしの祈りを必死に、必死にもがいて探そうとするのです。
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