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飛竜の影

大きな影が、頭上を埋め尽くしている。
あれは飛竜の影だとあの子が耳打ちした。
わたしは影に視線を落としながら、いつもあの子の無事ばかり祈る。
飛竜をやっつけてなんて、言ったことないのに、いや、言ったのかな、だってあんなにむきになって、あんなに夢中になって狩りに出るあの子の背中は、いつもわたしのためにあった。
わたしの部屋には、飛竜の骨や翼や鱗で溢れている。
なんて女の子らしくない部屋。
でもわたしはこの部屋が好き。
縛られたわたしが泣かないように、わたしに残された時間が分からない限り、あの子が笑わせてくれるなら、馬鹿になってもいい、笑っていようと思った。
日々削られていくようなわたしの記憶は、いつかあの子のことさえ消してしまうのだろう。
馬鹿を演じていたはずが、本当に前後の記憶さえ扱えなくなるのだ。
わたしは、ジャングルで狩ってきたという怪鳥の翼に、千切れそうな腕を伸ばした。
最弱の飛竜の赤い翼。
一流のハンターなんだからあんな飛竜15分あれば狩れるさ、と自慢気に鼻をかくあの子の腕や背中は傷だらけで、どんなにか過酷な15分だったのだろうと想像して、わたしは泣きそうになりながら笑った。
最弱の飛竜。
わたしの部屋にあるのは、ほぼその一種類に統一された素材ばかりだ。
最弱とは言っても、飛竜を倒せば立派なハンターとして認められる。
わたしなんかが立ち向かったら、一飲みにされてしまうだろう。
だからあの子は凄い、立派、一人前。
わたしの頭上を舞う影の主も、きっといつかあの子がやっつけてくれる。
わたしは祈りながら、笑いながら、それを待っていればいい。
待っているだけでいいのに。
影はどんどん黒々としてきて、この身に迫ってくる。
逃げて、と足を叩いた。
何度も殴った。
痛くない。
握りしめた拳の、足の骨にぶつかってバキ、と音を立てる、その手の方が痛い。
ああもう言うことを聞かない足で、わたしはどこに逃げるのだろう。
本当は知っていた。
あれは飛竜じゃなくて、雲でもなくて、わたし自身の影。
それをこんなに遠くで眺めているわたしは、もうあの子の帰りを待つことすらできない。
ほら、遠ざかっていく。
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