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幼恋慕

貴方が毎朝城の誰よりも早く起きて、庭に作らせたコースを走り、使用人が起き出す前に隠れるように部屋に戻って、あたかも今起きた体を装うのを、他の誰が知っていたでしょうか。
誰が知らずとも、わたしは知っておりました。
地道に努力する姿を見られたくなかったのでしょうか、主人より早く起きるべきである使用人に気を使ったのでしょうか、どちらにしても、わたしにはそんな貴方が微笑ましくありました。
だから大切な大会のこの日、わたしは誰よりも、貴方よりも早く起きて、いつものように練習をする貴方にお言葉を差上げたかったのです。
いつもならなるべくわたしを視界に入れないようにする貴方は、今日もやっぱりそのようでした。
わたしを一瞥すると、迷惑そうな、不審な目を反らして、溢すようにお早う、と仰有いました。
仰有った癖に、わたしの言葉を待たずに、貴方は走り出しました。
わたしは貴方が走っているのを初めて同じ目線で眺めながら、わたしは貴方に何と申せばよいのか、それすら考えていなかったことに自ら呆れておりました。
貴方はいつもと同じコースをいつもと同じように走り、やがてわたしの元に帰って来てくださいました。
わたしは思っておりました。
貴方はわたしを遠ざけようとなさるけれど、何だかんだ言って結局いつもわたしの元に帰って来てくださる。
息を切らした貴方は立ち尽くすわたしをやはり一瞥して、首に巻いていたタオルで額を拭いました。
わたしは何を申そう。
お疲れさま、やら、今日は頑張ってください、やら、適当そうな言葉はいくらでも浮かぶのに、そのどれも適切には思えない。
ただその言葉は頭で考えるより前に唇を割っていました。
「お慕い申し上げております」
たとえ親が決めた縁談だとしても。
貴方は驚いたような顔でわたしを見上げて、少しの間の後で、うん、とだけ頷かれました。
わたしの頭はもう違うことを考えておりました。
例えば、そう、次の朝には、貴方にかけて差し上げられるタオルを忘れずに持ってこよう、とか。
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