<梗概>
学校とは、子供を守ってくれる聖域などではなく、弱肉強食の法則が支配する生存競争の場だ。
ここから無事に生還するためには、生まれ持った幸運か、いち早く危険を察知する直感か、あるいは暴力的な才能が必要になる。
2010年ミステリー界を震撼させた超弩級エンターテインメント。
attention!!
本の感想記事は基本的にネタバレありですが、本書の感想は特にネタバレ注意です。
未読の方、特にこれから読む予定がおありの方、また(読む予定ありなしに関わらず)ネタバレがお厭な方は閲覧をお控え下さい。
この注意書きを無視されての苦情等は一切承りません、予め御了承下さい。
何だこれは。
それが上巻を読み始めて暫くしてから抱いた感想でした。
犯罪を幾つも重ねている凶悪犯であるにも関わらず、何故か惹かれてしまう。
物凄い引力を持っているのだ、この蓮実聖司という人は。
貴志祐介先生の著作を拝読するのは、この『悪の教典』が初めてなのですが、文章の読みやすさと何より蓮実聖司という人物の引力に引っ張られ、上下巻とも可成りの厚さがある本だというのに一気読みしてしまいました。
決して蓮実聖司に同情することも、感情移入することもないのですが、それでも妙な引力に引っ張られてしまう。
多分この人にはそうした人を惹き付ける“何か”があって、本人もそれを熟知しているのだと思います。
だからこそ、“他人との共感性”が欠如したこの人が、教師という職に就いてしまったことは不幸だとしか云いようがありません。
他人との共感性がないから、人を傷つけようと殺そうと何も思わない。
こうしたら傷つくだろうなとか、怪我させたら痛いだろうなとか、人を殺すのは如何なる理由があっても許されることではないとか。そんな風に思わないから、人を傷つけることも痛めつけることも、殺すことも躊躇わない。厭わない。
しかもこうした彼の性質が、生まれ育った環境によるものではなく、生まれ持った資質だったことがより不幸なことだといえるでしょう。
合間に描かれていた彼の過去にはそうしたことが記されていて、彼は幼い頃からそれこそ数えきれない程の罪を犯してきているのです。
そんな彼が上巻では、用意周到に罪を重ね思うがままに“自分の王国”を作ろうとするのですが、下巻からは一転して綻びが生じ、罪を隠す為に人を殺しあとは大量殺人へと発展していくという、少々お粗末な展開になります。
あそこまで無感情に、時として生徒の抵抗(防御)を褒めつつ、如何に効率よく殺害していくかだけを考え行動する蓮実を「悪魔」と称した方も(感想を拝読するだに)少なくないようですが、彼にしてみればそれが“常態”なのでしょうね。
慥かに情緒が欠如しているし、共感性もない。非常に知能が高い、精神病……というか、精神異常な人間とでも云えば良いのでしょうかね。
しかし恐ろしいのはそこではなく、彼がそうした部分を理解した上で生きていて、自分の欲求を満たそうとしているところではないでしょうか。
そんな彼が犯人と露見し、証拠となったものも、彼本来の用意周到さから考えれば非常にお粗末なもので、果たして本当に痛恨のミスなのか?彼にとってイレギュラーなのか?と穿った見方をしてしまいます。
つまり、彼は敢えて警察に捕まり、譬えば精神病院に収容されるような振る舞いをして、確実に脱獄するという手段をとったのではないか?ということです。
下巻の最後の方でも仄めかされていますが、恐らく生き残りの二人(大量殺人の切っ掛けとなった安原美彌は蓮実がどうするつもりなのか解らないので一先ず除外。でも美彌は蓮実がまだ好きでも、蓮実は多分(好き嫌いといった感情は関係なしに)始末してしまうのではないかと思う)を殺しにいくのではないかと思います。
司法が勝つか蓮実が上回るか。
恐らく蓮実が上回ってしまうのではないかとさえ思うのです。
続編があるのかどうかは解りませんし、きっとない方が良いのでしょうが、もし続編が出るのであれば是非とも読みたい。
そう思える作品でした。
面白いと云っては不謹慎かもしれませんが、非常に興味深い作品であることは間違いないと思います。