職場に向かうと、ある一角にチョコレートの山ができていた。
今日がバレンタインだからとはいえ、この光景は圧巻だ。
「す、すごいですね」
「私がチョコレート好きだから、皆さん気を遣って差し入れてくださるのでしょう。
大変嬉しいことですが、これだけの量を一人で食べきれるか……」
そう言ってはいるが、積まれているチョコレートを美味しそうに食べつくす様子が容易に想像がつく。
その細身の身体のどこに収まるのか不思議なくらいだ。
「なんか……藤咲さんが羨ましいです。
これだけ沢山のチョコレートを食べても、決して太ることはないし。
何か、スリムな体型を維持する秘訣でもあるんですか?」
口から出た本音に、藤咲さんは目を見開いた。
そして一瞬考え込んだ後、おもむろに口を開いた。
「そうですね……。
考えたことはなかったですが、多分体質のせいだと思います。
あ、食べ方によってはチョコレートもダイエットに効果があるってことを聞いたことがありますよ」
「ぜひ教えてください!」
思わず身を乗り出すと、藤咲さんは机の引き出しからチョコレートを取り出した。
「チョコレートダイエットにも色々ありますが。
例えば、これなんていかがでしょうか?
これを毎食前に食べるといいみたいですよ」
「普通のチョコレートのように見えますが?」
「さぁ、どうでしょう?
実際に食べてみてください」
藤咲さんに促されて、手渡されたチョコレートを口の中に放り込むと……。
「んっ!!!!」
想像していた味とは違う、苦味が口の中に広がる。
「ふふっ、門田さんは想像通りの反応をしますね。
そうです、このチョコは普通のチョコレートより苦いんです。
このダイエットはですね、先ほど渡したチョコレートのように甘さを抑えたカカオ成分が高いものの方が良いのですよ」
「そ、そうなんですか?」
苦さをこらえて飲み込んでみたが、口の中に残った味が消えそうにない。
「チョコレートには食物繊維やポリフェノールといったダイエットに効果のあるものが多く含まれているのですが、通常のものですと砂糖や脂が沢山使われていて効果が期待できないですからね。
だから、そのくらいカカオ成分が高い必要があるのです。
ですが、門田さん。
チョコレートの美味しさは甘さだけではありません。
よく味わってみてください。
口の中に広がる魅惑的な香り。
そして、儚くとろけ、舌に絡みつく食感を……」
もう一度口に含み、藤咲さんの言葉の通りに味に集中してみると、あれだけ食べづらかったチョコレートがとても魅力的なものに感じる。
「そして、チョコレートの余韻を楽しんだ後にブランデーやウイスキーを流し込み、香りが合わさっていくのを楽しむ味わい方もあるんですよ。
同じくポリフェノールを摂りたいのでしたら、赤ワインもお勧めです」
「へぇ……、チョコレートって奥が深いんですね」
「えぇ、門田さんにチョコレートの魅力を知っていただけて嬉しいです」
「もし藤咲さんさえよろしければ、チョコレートのことをもっと教えていただけませんか?」
「もちろんですとも。
そうだ、今度ショコラ巡りにでも出かけませんか?
とっておきのお店を紹介しますよ。
品揃えも豊富で、きっと門田さんが気に入るチョコレートが見つかると思います」
「はい、お供させてください。
あ、でも……」
ショコラ巡りとなると、相当な量のチョコレートを食べることになるだろう。
いくらチョコレートがダイエットに良いことを知ったとはいえ、体型が気になるのは必然だ。
「門田さん?」
一瞬、躊躇ったのが伝わったのか、藤咲さんは不安げに私の顔を覗き込む。
「何か不都合でもございましたか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「ならば、良いのですが。
門田さん、ひょっとして体型のことを気にしていらっしゃったのでしょうか?
でしたら、それは杞憂です。
あなたは、そのままでも十分愛らしい。
たとえ、ふくよかな体型になられたとしても、私の目には魅力的に映っていますから」
藤咲さんのまっすぐな言葉に、私の胸の中がじわじわと温かくなる。
「藤咲さんにそう言ってもらえたお蔭で、自分に自信が持てそうな気がします」
素直な気持ちを口にすると、藤咲さんは満足そうに目を細めた。
「そうです、その顔です。
思い悩んだような表情は、門田さんには似合いませんよ。
はい、元気になったご褒美です」
そう言いながら、藤咲さんは違う種類のチョコレートを手渡してくれた。
そのチョコレートがどのチョコレートよりも甘く感じたのは、きっと糖分だけのせいではない。
◎あとがき
こんにちは。
まずは、私の拙作『ほろ苦マリアージュ』に目を通していただきまして、ありがとうございます。
2月14日に合わせて今回の藤咲祭が公開されたわけですが、私たちに渡されたお題は「藤咲さん」「チョコレート」でした。
チョコレートといえば藤咲さん。
チョコレートというお題で何を書こうかなぁ……と思い、考えついたのがこれでした。
あれだけチョコレートを食べても、その美しいお姿を保つことができるのはどうしてだろう?
藤咲さんファンなら、自ら「チョコレート藤咲」と名乗る彼に誰もが一度は疑問に思ったことだと思います。
あれ? そう思ったのは私はだけでしょうか?
少なくとも私は疑問が思ったことを織り込もうと思ったら、単に藤咲さんにウンチク語らせただけのお話になってしまったという、大変残念な結果になりました←
藤咲さんの美の秘訣を私なりに考察したのですが、やはり体質なのかな…?
いや、チョコレート藤咲さんの美の秘訣はやっぱりチョコレートなんです、と主張させていただきます←
それだけじゃ面白くないので、「チョコレート」「美」で検索してみました。
そこで引っかかったキーワード3つをこのお話に組み込みました。
まず、最初に引っかかったワードがチョコレートダイエット。
そこで知ったのが、チョコレートダイエットで用いるチョコレートは最低でもカカオ成分70%以上あるもの。
チョコレートはカカオ成分が高いほど苦く感じます。
実際、私も70%、73%、82%のチョコレートを食べたのですが……。
カカオ成分が高いほど、普通のチョコレートでは味わえない苦さを感じました。
(カカオ成分70%代は普通に美味しく感じたのはここだけの話)
ここで、ふたつめのキーワード。
それは、チョコレートの美味しさの秘密。
チョコレートの何が私たちを魅了するのか調べてみたら、香りと口溶けが大きな要因とのこと。
確かに、どんなに甘くても口当たりが良くなければ美味しく感じない。
逆に、先ほどの苦さメインの高カカオチョコは、このふたつの要因がしっかりしていたお陰でとても美味しく感じました。
更に、もっと美味しくチョコレートを味わう方法がないかと検索を進めて、たどり着いたのが食べ合わせ。
それが、このお話のタイトルにもある「マリアージュ」です。
そもそも、マリアージュとはワイン料理との相性がばっちり合った状態のこと。
でも、ワインに限らず、日本酒でもマリアージュという単語を用いているところもあるので、お酒と食べ物の相性を味わうという楽しみ方をいうんじゃないかと私は解釈してます。
なのでタイトルを見て、苦難を乗り越えてたどり着いた藤咲さんとの結婚生活の話を期待された方もいらっしゃるんじゃないかと思うと…期待はずれなものを書いて申し訳ないです←
この3つのキーワードを軸に構想を考えていたのですが、結局はオチもなければ味気もない話に仕上がってしまいました。
他にも色々考えたのですが、ここは藤咲さんへの愛を表現する場。
それは大人の事情で割愛させていただきましたが、私はそれで後悔はいたしておりません。
私からの藤咲さんへの愛は伝わったでしょうか?
話の意図は伝わらなくとも、藤咲さんへの愛が伝われば私は満足です。
ここまで来るまで、何度も皆さんの足を引っ張ったかも知れません。
作品を公開している現時点で既に場違い感いっぱいで、ガクブルしております。
ですが、すごく貴重な体験ができたと思います。
これを、次への成長につなげられたらな…。
お誘いくださいましたユエニ様
参加者の皆様
そして、ここを訪れたすべての弾丸キスファンの皆様
本当にありがとうございました。
乱文が過ぎましたが、これをもってあとがきとさせていただきます。
2014.2.14 七瑚拝
拝