難しい顔をしながら、陳羣は筆を滑らせた。
思ったよりも、災害による被害が甚大な事に。
深く溜息をついた矢先に部屋の戸が叩かれ、誰かが部屋に入ってきた。
「長文。」
呼ばれて顔を上げれば、うんざりするほどに良く見知った顔。
「……なんだ、郭嘉か。書類は終わったのか。」
「うん、お殿に渡してきた。」
そう言って郭嘉は近くにあった椅子を引き寄せ、陳羣の隣に座った。
しばらく陳羣の様子を伺う。
陳羣も最初は自分の事で手一杯だったものの、ずっとそばにいる郭嘉が気になって仕方なかった。
「………なんだ、郭嘉。」
問うても答えない。
しかし郭嘉は陳羣を見続ける。
「郭嘉、今の状況わかっているのか?まだやらねばならぬ事がたくさんある。早く次の…」
「ねぇ…。」
陳羣の言葉を遮り、郭嘉は口を開く。
「なんで長文、そんな怖い顔してるの?」
「なぜって…。」
戸惑う陳羣をよそに、郭嘉はゆっくりと言った。
「長文、もっと笑おう?少しでも良いからさ。」
「は?」
いきなりの言葉に陳羣は思わず郭嘉を見る。
その表情には笑みが浮かんでいた。
「ね?長文。そんな暗い顔しても仕方ないでしょ?」
そんな事をサラリと言ってのける郭嘉に、陳羣は心の堤防が壊れたかのように怒りがふつふつと沸いて来た。
「こんな時に何を言っているのだお前はっ!!本当に状況がわかっているのか?!」
思わず声を荒げる。
しかし郭嘉は笑みを消さない。
「もちろんわかってるよ。わかってて言ってんの。」
「だったら不謹慎も良いところだぞ?!」
「それも理解してる。現地の人達からすればそれどころじゃないの十分過ぎるほどに理解してる。私だって同族が死んだもん。」
そこまで言うと、郭嘉は笑みを消して真面目な表情で陳羣を見る。
「でもさ、私達がそんな切羽詰まった暗い顔して、むやみやたらに不安煽ってどうするの。知ってる?いま民達がすごく不安になってるの。民達にいろいろ説明するとき、いつもみんな暗い顔してるよね。その度に、みんな伝えられる情報以上に悪いことが起きてるんじゃないかって不安になってるの。」
陳羣は首を横に振って溜息をつく。
「しかし現に状況は芳しくないのだぞ。」
「それでも、民達は私達に対してすごく不信になってるの、だから『大丈夫』って言ったことをそのまま素直に信じてくれないの。確かに不測の事態が起きて大丈夫じゃなくなった事もある。でも、でもだよ?本当に『大丈夫』なところまで信じてくれないから、街や村であんな混乱が起きてる。それって私達が不安を煽ってるせいじゃないの?」
陳羣は言葉につまる。
しばらく様子を伺ってた郭嘉は、またにこりと笑った。
「だからさ、私達だけでも笑おう?それで、被災してないところの人達の不安を少しでも取り除いて、みんなで笑って、みんなで出来ることで被災者達を助けてあげよう?」
郭嘉は窓際に行く。
陳羣も何となく、窓際に行った。
眼下には城下街が広がっている。
「ほら…ここにいる人みんなで笑顔でいれば、被災した人達も少しは元気出るんじゃないかな?」
「そんな簡単な話でもないだろうが。」
「わかってるって。でも暗いくらーい顔してるよりは良いと思うよ?暗い顔してちゃ心の余裕がなくなるもん。」
今の長文がそうだよと指摘され、確かに自分にはいま心に余裕がないなと陳羣は思った。
「心に余裕を作れば、もっともっと被災者達を助けられるんじゃないかな?」
ね?と郭嘉はまた陳羣に視線を移す。
陳羣も何となく。
本当に何となくだが、郭嘉の笑顔を見ていると安心する気がした。
「街の復興だって大丈夫、なんとかなるよ。どんな災害が起きても、私達は何度もやり直せたんだからさ。」
さーてとと、郭嘉は陳羣に背を向けた。
「少し国費削ってお金作らなきゃね。早くみんなが元の生活送れるようにしなきゃ。長文も救援物資の調整頑張ってね。」
ばいばい、と郭嘉は部屋を出ていった。
陳羣がおい、と声をかけたのにも関わらず。
机の上には現実がある。
しかし不思議と、その現実に対する向き合い方が違うように感じた。
「………早く食料と暖を取るものを送らないとな。」
机に向かう陳羣の表情は、先程よりも穏やかに見えた。
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不謹慎かもしれませんが、やはり暗い顔してるよりは笑った方が良いと思うのです。