七実は振り向いた。
誰かにつけられているのに気付いて。
「おや、気付かれてしまったか。ふむ、僕とした事が、気配を消し損ねたようだ。」
そんな事を言って、紫の着物を着た、片眼鏡の男はやれやれとため息をついた。
そしていや、と一人呟く。
「君には気配なんてものは関係ないのかな?君には"ある"か"ない"、そこに"いる"か"いない"かの二択しかないのだろうからね。"いるけどいない"だなんて中途半端な選択肢は、君の中にはない。僕の見立ては間違ってたら謝罪をするが、如何かな?」
「よく喋る方ですね。」
七実はそうとだけ答えた。そして尋ねる。何者かと。
男は答えた。何者でも君にとっては関係ないのだろうと。
「間違いかね?」
「そうですね、私にとっては関係ありませんでしたね。殺してしまえば、皆同じです。」
「おいおい、待ってくれないかい?君は戦う気のない者まで殺すのかね?」
七実は答えなかった。
ただ構えない構え、『無花果』の姿勢をとりながら、男を観察する。
一見すれば、普通の男。ただ変わった点と言えば、手袋をしていて片眼鏡の二点のみ。
「貴方の目的はなんですか?」
「それも君には関係ないと思うがね。」
「この『悪刀・鐚』だと思ったのですが…。」
「なぜそう思うのだい?」
「さぁ、なぜでしょうか?」
男は自分の質問には余り答えない。
『応え』はしても、『答え』ない。
七実は面倒に思い、賭けに出た。
『足軽』で飛び上がり木の枝を足場に、『爪合わせ』で伸ばした爪で襲い掛かる。
その結果は……
「やれやれ、僕たちの上司を始末したのは君で間違いないようだ。」
成功した。
男は加減したとはいえ、自分の攻撃をいともたやすく躱した。
普通の男なら、今ので殺していた。
「君は随分と過激なのだね?」
「もう面倒だから良いと思いまして……いえ、悪いのかしら。まぁ、私の疑問が一つ解けましたから良しとしましょう。」
「ふむ、それはよかった。それで、君のどんな疑問が解決したのかね?」
袖のない忍び装束、全身に巻いた鎖。
答えは明らかであった。
「貴方がまにわにだと言うことですよ。」
「ふむ、正解だ。素直に名乗らなかった事をまず謝罪する。僕は真庭蝎蠍だ。」
たっぷりとした紫の髪を揺らして男は名乗った。少しズレた片眼鏡を直しつつ。
そして――
「もうひとつ、僕の言葉について謝罪しよう。君を不快にさせていたら、の話だけどね。」
「不快…そうですね。貴方の物言いはあまり気持ちの良いものではありませんね。むしろ悪いくらいです。」
「ふむ、そうか。それはすまなかった。」
七実はその謝罪にすら不快感をおぼえた。
なぜかはわからないが、物言いにあることは間違いない。
「よく言われるのだよ、言い方が不快だと。」
七実の心を読んだかのように、蝎蠍はそう言った。
なら直せよと七実は思ったが、直す気は無いようなので言うのを止めた。
「それで、貴方の目的はなんですか?次に答えなかったら――」
「答えなかったら…なんだい?」
「拷問します。」
「ふむ、それは困った。では素直にコタエよう。」
蝎蠍は七実を指差した。
「君を見に来た。ただそれだけだ。」
「……そうですか。」
「疑わないのかね?」
「素直に答えたのでしょう?」
「そうだね、僕はたった今、君の問いに対して素直に"応え"た。」
七実は構えていなかった。
『無花果』の構えすら、とっていなかった。
だから出遅れ、逃げられた。
その場には、七実一人が残された
「……疑うべき、だったのね。まぁ、良いわ――いえ、悪いのかしら。七花に会う時間が減ってしまったわ。だから――」
七実は笑った。
それは、とてもとても悪い笑み。
「次に会ったら、殺してあげましょう。」
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別名『七実様をイラつかせたかっただけの小説』(笑)