「禁域施設が崩壊していた?」
広く落ち着いた雰囲気の漂う部屋。
そこに書類や本が積まれた豪奢な執務机の椅子に腰掛けた一人の少女と、紙の束を片手に持ち、少女と向かい合うようにして執務机の前に立つ一人の青年の姿があった。
「禁域施設――《先代》があらゆる干渉を禁じた不可侵の建物。そこが……崩壊していたと?」
どうやらこの二人、立場は年齢とは違い青年の方が下に位置しているらしい。少女の半信半疑な確認の問いに是と恭しく答える青年。
「信じられない気持ちはお察ししますが事実です。自分の隊が調べましたところ、禁域施設が完膚なきまでに崩壊していることを確認しました。こちらがその詳細を纏めた資料になりますので、お目通しを」
差し出された紙の束を見やり、少女は端整な顔を悲愴に歪めた。立場は上に位置していても心と身体はまだ成人していない少女なのだ。悲しき現実を直視するのは辛く、呑み込むのは難い。それでも少女が顔を歪めたのは一瞬だけで、差し出された紙の束を受け取り、物怖じすることなく目を通していく。
「魔法の使われた形跡、痕跡は皆無。また付近を捜索し微量ながら爆薬の残り滓を発見……」
「自分たちの科学力ではあれほどの高性能な爆薬は作れません。恐らく――いえ、間違いなく《ヒト》の仕業でしょう」
今度こそ少女は隠すことなく顔一杯に悲愴を浮かべる。青年も表情は変わらないが、瞳からは身に余る憎悪と憤怒が滲み出していた。
ヒト。
大切な人を奪い、大切な人の大切な場所をも蹂躙する最悪の敵。
怒るなと言う方がおかしい。
憎むなと言う方がおかしい。
自分たちはただ――ただ、生きたいだけなのに。
「禁域施設を狙ったその真意は定かではありません。しかし実行犯が《ヒト》だった以上、警戒は必要でしょう」
「……仕方ありませんね。わかりました、件が落ち着くまで外出はなるべく控えま」
「お――ね――え――――――っっっっ!」
少女の言葉を遮り、扉の向こう側から幼い少女の大声と共に聞こえるノックの音。
「ムズカしい話は終わったんだろー? 早く行こうよ、オレもう待ちくたびれたー!」
「ふふっ……はいはい。今行きますよー!」
「………………」
さっきの重々しく物々しい表情と雰囲気はどこへやら、年相応な柔らかい笑みを浮かべて腰を上げた少女に、青年は嫌な予感をひしひしと感じつつ尋ねた。
「…………何処に行かれるおつもりで?」
「ちょっと町へ。見回りに付き合うってあの子と約束してたんです」
「……先ほど自分は外出を控えるよう提言し、貴女もそれに同意したはずでは?」
「ええ。ですからほんの少しだけ、『園』に異常がないことを確認次第、すぐ戻ります。私とあの子なら、奇襲があっても対応できるでしょうし」
「そういう問題では」
「そういう問題なのです」
頑として譲らない少女の態度に青年は頭を抱えた。
わかっていたことだ。
たとえ命を狙われていようと命を危ぶまれていようと、少女はそんなことに意も介さないことぐらい。自身の安全より他者の笑顔を優先することぐらい、わかっていたことだ。
それに何より、
「貴方は、どうしますか?」
わかっていたことだ。
この少女は他人に甘く――自分はこの少女に甘いことぐらい、わかりきっていたことだ。
諦めたのか青年は失笑し、恭しく頭を下げた。
「お供します――我が君」
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