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想フ、花束 行



 沢山の人々が行き交う街中を、男が物珍しそうに辺りを見回しながら歩いていた。
 すらりとした背丈。縁なしの眼鏡に隠された漆黒の瞳。瞳と同色の髪は後ろで一括りにまとめられ、歩く度にひょこひょこと揺れ動いている。着崩したシャツの上に白衣を羽織ったその姿は正直、生活感に溢れる街ではかなり浮いているのだが、そのことを男が気にした様子は微塵もない。周囲から向けられる奇異な視線を完全に無視し、ゆっくりと歩を進める。

「んー……いやまあ、俺のいた研究所と比べればどこだって低レベルになるんだろうけどよ、これは流石に酷すぎるぜ。底辺ギリギリの科学水準だ」

 水道と電気は普及している。しかし、普及している程度で有効活用はされていない。まるで――そう。文明に取り残され、しょうがないから今の現状を甘んじているような感じだ。

「ここが田舎なだけなのか? だがそれにしちゃあ、随分と頑強な警備態勢だったよな。不法進入すんのにかなり時間かかっちまったし」

 警察に聞かれたらただちに捕まりそうな言をあっさりと吐く男。幸いにも周囲は奇異な視線を向けることに意識をやっていたので、男の軽率な呟きは街の喧騒に溶け消えた。

「……チッ。どうもしっくりこねえ」

 低い科学水準。
 頑強で厳重な警備。
 新たに情報を追加すれば追加するほど謎は深まり、違和感が増大していく。

「…………………………あ?」

 そこでようやく違和感の正体に気付き、男は首を傾げた。
 そういえばそうだ。
 さっきからずっと、ずっとそうだ。
 どうしてこんな簡単なことに気付かなかった?

「大人が……いない?」

 この街を散策し始めてから少なくとも二時間は経っているだろう。なのにいまだ――大人と呼べる存在を全く見かけてないのだ。
 おかしい。行き交う人のほとんどが子供や青年ばかり。成人者もちらほら目に入るが、それでも未成年者の数の方が圧倒的に多く、三十を超えた者は一人も見当たらない。
 これは――異常だ。
 今まで気付かなかったことが不思議なくらい、異常の極みだ。

「……成程。気持ち悪ィ感覚はこれが原因だったのか。…………だけど何故? 戦争の爪痕? いや――違う。それだったら頑強な警備の説明がつかない。もっと別の、人の孕む狂気が生み出した、どうしようもない理由が奥底に根付いてやがる」

 ピタリと足を止め、思考の海に潜る男。
 うわ言のように呟きながら思い、考え、思考して。およそ三分を費やした後、男は思考するのを放棄した。

「あークソ。駄目だな、情報が少なすぎる。あんま気ノリしねえが……誰かに聞くのが手っ取り早ェ、か」

 でもどうせ聞くなら可愛い子がいいよなーと、意外にも俗っぽい発言をしつつ先とは違う意味合いをもって辺りを見回す。

「――――お、上玉発見」

 視界の隅で白金色の髪の美少女を捉えた男は再び足を動かし、少女へと向かう。
 至極面白そうに、至極つまらなそうに、丁度いい暇つぶしができたことを嬉しく思う、シニカルな笑みを浮かべて。


.

想フ、花束 開



「禁域施設が崩壊していた?」

 広く落ち着いた雰囲気の漂う部屋。
 そこに書類や本が積まれた豪奢な執務机の椅子に腰掛けた一人の少女と、紙の束を片手に持ち、少女と向かい合うようにして執務机の前に立つ一人の青年の姿があった。

「禁域施設――《先代》があらゆる干渉を禁じた不可侵の建物。そこが……崩壊していたと?」

 どうやらこの二人、立場は年齢とは違い青年の方が下に位置しているらしい。少女の半信半疑な確認の問いに是と恭しく答える青年。

「信じられない気持ちはお察ししますが事実です。自分の隊が調べましたところ、禁域施設が完膚なきまでに崩壊していることを確認しました。こちらがその詳細を纏めた資料になりますので、お目通しを」

 差し出された紙の束を見やり、少女は端整な顔を悲愴に歪めた。立場は上に位置していても心と身体はまだ成人していない少女なのだ。悲しき現実を直視するのは辛く、呑み込むのは難い。それでも少女が顔を歪めたのは一瞬だけで、差し出された紙の束を受け取り、物怖じすることなく目を通していく。

「魔法の使われた形跡、痕跡は皆無。また付近を捜索し微量ながら爆薬の残り滓を発見……」
「自分たちの科学力ではあれほどの高性能な爆薬は作れません。恐らく――いえ、間違いなく《ヒト》の仕業でしょう」

 今度こそ少女は隠すことなく顔一杯に悲愴を浮かべる。青年も表情は変わらないが、瞳からは身に余る憎悪と憤怒が滲み出していた。
 ヒト。
 大切な人を奪い、大切な人の大切な場所をも蹂躙する最悪の敵。
 怒るなと言う方がおかしい。
 憎むなと言う方がおかしい。
 自分たちはただ――ただ、生きたいだけなのに。

「禁域施設を狙ったその真意は定かではありません。しかし実行犯が《ヒト》だった以上、警戒は必要でしょう」
「……仕方ありませんね。わかりました、件が落ち着くまで外出はなるべく控えま」
「お――ね――え――――――っっっっ!」

 少女の言葉を遮り、扉の向こう側から幼い少女の大声と共に聞こえるノックの音。

「ムズカしい話は終わったんだろー? 早く行こうよ、オレもう待ちくたびれたー!」
「ふふっ……はいはい。今行きますよー!」
「………………」

 さっきの重々しく物々しい表情と雰囲気はどこへやら、年相応な柔らかい笑みを浮かべて腰を上げた少女に、青年は嫌な予感をひしひしと感じつつ尋ねた。

「…………何処に行かれるおつもりで?」
「ちょっと町へ。見回りに付き合うってあの子と約束してたんです」
「……先ほど自分は外出を控えるよう提言し、貴女もそれに同意したはずでは?」
「ええ。ですからほんの少しだけ、『園』に異常がないことを確認次第、すぐ戻ります。私とあの子なら、奇襲があっても対応できるでしょうし」
「そういう問題では」
「そういう問題なのです」

 頑として譲らない少女の態度に青年は頭を抱えた。
 わかっていたことだ。
 たとえ命を狙われていようと命を危ぶまれていようと、少女はそんなことに意も介さないことぐらい。自身の安全より他者の笑顔を優先することぐらい、わかっていたことだ。
 それに何より、

「貴方は、どうしますか?」

 わかっていたことだ。
 この少女は他人に甘く――自分はこの少女に甘いことぐらい、わかりきっていたことだ。
 諦めたのか青年は失笑し、恭しく頭を下げた。

「お供します――我が君」


.

想フ、花束 始



 真っ白な空間。
 割れた薬瓶が床に無造作に散らばり、ありとあらゆる機器と機械が所狭しと立ち並ぶ――恐らくは研究室であろうその空間に白衣を着た一人の男が佇んでいた。
 男の他には誰もいない。誰かがいた形跡は残っていても、それはずっと昔のものであり、今のこの空間にはやはり男の他には誰もいなかった。
 そのことを知らないのかもしくは理解したくないのか、探るようにキョロキョロと辺りを見回す白衣の彼。見回し、見回し、見回し。誰もいないのを悟ると、男は足下に転がっていた薬瓶を踏み砕いた。
 パキン――硝子の割れる音が空間中に響き渡る。
 パキン。
 パキン。

「…………バカバカしい。俺が目覚めたんだ、アイツらがいないのは当然じゃねえか」

 パキン!
 原形を留めぬまで何度も踏み砕き、やがて飽きたのだろう。あっさりと足を止めた。
 当然。そう呟いたにも関わらず男が何かを――その何かは定かでないが――諦めた様子は微塵も感じられない。もし諦めたことがあるとするならば、それはきっと――

「………………」

 無言で男は白衣のポケットから一振りのナイフを取り出し、自身の首にあてがった。傷より零れ出た真紅の血液は刃を伝い、真っ白な床を赤黒く穢していく。
 そのままナイフを滑らせ、救いようのない線を引こうとして――結局、引くことはなかった。

「……チッ。自殺すら禁じられてやがる」

 最悪な呪いをかけてくれたものだと、吐き捨てるように言う。長い前髪と縁のない眼鏡のせいで表情は窺えない。が、紡がれた声には痛いほどの悲哀に満ち満ちていた。

「一人ぼっちの世界、か。そんな世界で生きるなんざ絶対にありえねえと思ってたんだがな……」

 ナイフを再びポケットに突っ込み、男は出口に向かって歩き出す。
 未だ表情は窺えない。
 苦痛に歪めているのだろうか。
 悲愴に泣いているのだろうか。
 それとも――感情を出すことすらできないくらい、彼を蝕む悲哀は大きいのだろうか。

「押し付けられた命を無為に還すのも気分が悪ィ。そうだな……暇潰しにアイツらが生きた世界を見て回るとするか」

 そして白衣を着た一人の男は研究室から立ち去った。
 最後に一度だけ振り返り――もうこの世にいないであろう、三人の名前を言の葉にのせて。


.

想フ、花束 序



 この物語はきっと、一人と三人の別離が始まりにあるだろう。
 一人と三人。かつて四人だった存在たちは別れることを選び、別れることを選ばされ、離れることを選び、離れることを選ばされ――道を、違えた。
 けして望んだ別離ではなく。
 けして願った別離でもない。
 一人はただただ三人の幸福を望んだだけであり、三人はただただ一人の幸福を願っただけである。
 足掻き――抗い。
 一人は三人を生かす為に死を選び。
 三人は一人を生かす為に死を選び。
 一人を生かした三人は後悔することなく死に。
 三人に生かされた一人は後悔しながら生きる。
 その結果が一人と三人の別離になった――突き詰めればそれだけのこと。
 酷く無様な喜劇。
 酷く滑稽な悲劇。
 だから、この別離は誰もが笑って拍手を贈るハッピーエンドには絶対にならなかった。ましてや誰もが涙して目元を拭うバッドエンドにもなりはしなかった。
 どこまでも傲慢で。
 どこまでも我儘で。
 どこまでも横暴で。
 どこまでも勝手で。
 どこまでも想い合った始まり。
 どこまでも擦れ違った始まり。
 そう――始まりなのだ。
 無様な喜劇だろうと滑稽な悲劇だろうと、一人と三人の別離は始まりにしか過ぎない。物語の本編は別に存在し、始まりが幕を引いた以上、物語は本編へと移行する。
 ……さて。物語を語るのはここまでにしよう。もう綴り手である自分が介入すべきことはない。自分はあくまで世界を綴るだけであり、世界を繰り広げるはそこに生きる彼らなのだから。
 かつて四人だった一人と三人の想い合い擦れ違った別離により、物語は始まった。
 閉ざれし序章。
 開かれた真章。

 どうか彼の者たちの出逢いが幸福に繋がるよう、切に祈る――――


.

ゆっくりと時は進む



言葉は言葉でしかなく、想いは想いでしかない。そこに意味を見出すのはいつも他人である。


はいどうも、歩方和言です。
えーと…………とりたてて何か書くこともないですね。ええ。強いてあげるとするならば小説を更新したくらいでしょうか。

あ、あとまだ先の予定になりますがBOOKSHELFに短編置き場を設置します。ここでちょびちょび綴っている『今日の風景』や『干支の小話』なども少し手を加えた後に載せるつもりですが、主な作品は自分や水無月の詩になります。
前から短編置き場は作ろうかなと思ってはいたんですが、面倒だったり長編の方で手一杯だったりしたのでまだまだ先の話だったんですけど……先日の水無月の件もありまして、設置することを正式に決めました。
おそらく来週には設置されていると思いますので、暇でしたら皆様、どうか見てやってください。

でわでわ
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