届かない思い、届かない声
流した涙、水槽に水を貯めるみたいに
心の中、冷たく満たす


[貯水槽。]


「ユウリ」
帰り道、二人。
いつもみたいに横並びで歩く、あたしとハル。
いつも通りにあたしを呼ぶ、低めのハルの声。
振り向くあたしも、いつもと同じ。
この『いつも』が辛くなったのは、いつからだっけ。
『いつものあたし』を演じるようになってから、どれくらい経つんだろう。
思い出せないくらい前だった気もするし、ごく最近のような気もする。
要は、すごく曖昧。
でも、どうしてこうなったのか、原因だけははっきり解る。

あたしは、ハルが好きなんだ。


幼なじみで、従兄妹。
それが、あたしとハルの関係。
小学校も中学校も一緒、高校も別に相談したわけでもないのに、同じ学校。
あたしより一日だけ早く産まれたハルとは、小さい頃からずっと一緒だった。
おばさんやおじさん達から『双子みたいだ』と言われるぐらい、あたしとハルは仲が良かった。
家が近いこともあったけど、あたしはずっと小さな頃からハルが好きだったんだと思う。
それは、何でも話し合ってたハルとの間にあたしが持った、
小さくてちょっと痛い、ひとつだけの秘密。


ハルがあたしを恋愛の対象として見てないのは、知ってる。
去年の夏からハルには年上の彼女がいるし、
『妹みたいなもんかな』って友達と話してるのも聞いた。
嬉しそうに付き合った時の話やデートの話をするハルは、笑顔で頷いてるあたしの心中なんて、知らない。
一人になってから、苛立ちとやり切れなさに毎回泣いてた。
それでもハルの前では、いつもの明るいあたしのまま。
演じれば演じるだけ、見えない涙が貯まってく。
ハルといる時間が大好きなのに、同じくらい…ツライ。


「…ユウリ、何ぼやっとしてんの」
軽く、叩かれた。
何気ない仕草で覗き込むハルが愛しくて、…ちょっと 憎い。
また泣いてしまいそうになるけど、
「んーん、何でもないよ」
我慢して 作り笑い。
そっか、って少し笑ったハルが、何だか眩しい。
彼女ならもっと心配してくれるのかな、なんて
またドツボ。
浮いては堕ちる、を繰り返すあたしに。
次の一言で、ハルはあっさりと爆弾を投下した。

「俺な、彼女にプロポーズされたんだ。
高校卒業したら結婚しようって」


「……へ、ぇ」

次の言葉は、なんだっけ。
良かったじゃん?おめでとう?
早く言わなきゃいけないのに、
…喉に引っかかって、声になってくれない。
だめだ。
これじゃだめだ。
こんなの、ハルの知ってるあたしじゃない。
「ユウリ?」
……このままじゃ、あたしは秘密を打ち明けてしまう。
「…ごめん、やっぱちょっと具合悪いっぽい。…先帰るね」
背を向けて、走る。
今までずっと頑張って来れたのに。
『ハルが知ってるあたし』は、壊れてしまっただろうか。
気付かれてしまっただろうか。
背を向ける前に一瞬だけ見た、戸惑った撫ェいつまでも離れなかった。


夜。
部屋にこもって、また泣く。
いっそ気付かれてもいいと思った。
少しだけ、期待もしてた。
何かが変わることを。
(…嘘だ。本心は、あたしを選んでくれること。)
でも。
『今日どうした?俺、何か怒らすようなこと言った?』
ハルからの、メール。
やっぱり 気付かれてなかった。
『ううん、ほんとにちょっとだるかったの。今はもう大丈夫。』
考えて考えて、返信。

あたし、ハルが好き

無意識にそう打ってしまいそうになる指を、何度も宥めて。
それから、
『プロポーズ、良かったね。おめでとっ』
付け足す。
これで、秘密を打ち明ける機会はもうなくなった。
送信完了、の文字に
初めてハルのことで、声を上げて泣いた。


次の日から、また『いつも通り』が始まる。
ハルは相変わらず嬉しそうに彼女のことを話し、あたしは横で笑顔。

見せない涙が貯まりすぎて、泣いても泣いても追いつかない。
心に貯まってあふれ出して、そのぶんしかもう泣けない。

言ってしまえば良かった。
(今の時間が壊れるのが怖かった。)
……言わなくて、良かった。
どっちなのか、解らない。
やっぱり、すごく曖昧。

これからも、あたしとハルは幼なじみで、従兄妹。
変わらない。
(変われない。)

心の貯水槽も、
たぶん ずっとこのまま──。


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フォレストノベル、最後。
こっぱずかしいので修正してません。