息を潜めてあなたを待つ夜は。
心の扉を、閉めるの。
電話だってほんとうに帰ってくるのを待つのだって同じ。
僕の言いたいこと、あなたの伝えたいこと。
ぜんぶ、ごちゃ混ぜの闇に融かして。
(わからなくなる。わからなくする。)
それはあなたが納得するやりかたじゃないけれど、僕はこうして僕を守るやりかたしか知らない。
人のフリをするのに疲れた。
心から笑いたいんだ。
楽しくないわけじゃないけれど、あなたの望む僕を自覚もなく演じていると気付くときに、今まで溜まっていたものが一度に押し寄せる。
(そうしてまた、繰り返すんだ、あなたを困らせる事を。)
こんな僕のことは気にしないで欲しいから、どうか独りきりでいさせて。
今はあなたを通せんぼ,
僕の中のほんとうの僕だけ、かくれんぼ。
これが無邪気な甘えんぼの夢で、それがどれだけ周りを振り回すか知っていても。
“僕を見ないでいて。
僕を手放して。
無邪気な瞳で笑ってよ”
そう言えたら、きっと僕は楽なのに。
“次に会う頃には”なんて言葉、目標や理想は持っていていいけれど、今の僕には意味の無い心の隙間になるだけ。
独り、その中で生活を営みながら張り詰めた空気を濡らして。
そうして生きている。
強いふりを、元気なふりをするために。
いつまで続くのかも解らないまま。
息を潜めてあなたを待つ夜は、自分の心から逃げる。
―僕の言葉、
(淋しいよ、苦しいよ、もう疲れたんだ、)
僕次第でもしそれが、いつか意味を持つとしたら。
そうしたら伝えるだろうか。
その勇気は僕にあるだろうか。
今もあなたをトオセンボ,
汚い僕ならカクレンボ。
無邪気にアマエンボの妄想、知ってる,
できるなら演じる事を、諦める事を、僕はしないでいたい。
そんな僕を僕は見ないでいたい。
あなたは、無邪気な瞳で笑ってよ。
心であなたを通せんぼ,
あなたの嫌いな僕だけかくれんぼ。
無邪気な甘えんぼの夢だっていい。
”僕を見ないでいて。
僕を手放して。
あなただけは、無邪気な瞳で笑ってよ。”
そう言えたら、あなたを楽にしてあげられるのに。
言わない、言えない。
言いたい、言いたくない。
離れたくない、だけど苦しい。
造反する心で、今の僕は僕以外をかまう余裕がきっとないから。
僕の中には、
(アナタヲトオセンボ。)
==========
きっと見る事はない。
気付かれなくていい。
これがわたしの、今の気持ち。
もう終わりたい。
全てを投げ出して、後なんか気にせずにわたしを終わらせたい。
だから、
ほんとはわたしもトオセンボ。
控えめ性格は菊の美点で、そこを好きになったのは紛うことなく俺だ。
だけどそれが、時々物足りない、と思う。
束縛が欲しくなる。
今よりもっと俺を必要として欲しくなる。
愛しいなら、執着を見せつけてくれ。
(ああそうか、俺も大概こいつに堕ちているんだ、)肌蹴た着物の間から触れた菊の躯は、いつも俺が思う以上に熱い。
姦淫罪だか何だか知らないが、とにかく今が世間一般で言えば間違っているのは承知の上だ。
「おかしい」のが、たまらなく好きになる。
一度踏み込んだ道なら、行ける所まで行けばいい。
「………ッ」
息で逃す菊の声が、体温と相俟って俺を惑わせる。
少しずつ線を越えていく俺達の心は、このままどこへ行くんだろう。
もしこれが暗闇に迷い込んだ心なら、簡単に融けていく。
愛しさだけがあればいい。優しさなんて感じる暇はいらない。
ただ求め合うだけだ、今の俺をは。
自負じゃない。菊もそうだと、無意識に服の袖を掴む手が伝えてくる。
今を貪るのは繰り返し見たあの夢じゃなく、紛れも無い現実の俺と菊だ。
一度触れてから戻れないと知った。だけどそれでいい。
(誰よりも大切だなんて、言葉には出せないけれど。)
夜明けが来ればこの時間は終わる。
今ある体温が離れていく。
それが不安だと言うお前に大丈夫だと囁く俺も、離れる時が怖い。
抱き寄せて 互いの熱を確かめる。
お前が不安だというなら、間違いなんて無いんだと、俺が思わせてやる。
越えられない心なら、キスひとつで塗り替えて、ただ過ぎる一瞬を魅惑の時に変えて酔いしれればいい。
戻れなくていい。戻りたいとも思わない。
離れたとしても、俺達なら引き合うと思えるから。
お前に堕ちた俺と、俺に溺れたお前なら。
(そうだ、例えるなら磁石のように。)
いつ、気付いたのだろうか。
恋慕など忘れたと思っていた心の端に灯る、か細い火に。
いつ、知ってしまったのだろう。
蝋燭より小さな火が燃え広がったと。そしてその感情が熱情なのだと。
私の心は蝶のようで、行方も宛ても知らず不規則に飛び回る。
出し切れない感情はまるで鱗粉のように、貴方の周りを行き過ぎる小さな恋情を落とす。
「……どうした、菊」
低く囁く声。貴方には解らないだろう、他愛ない一言すらも私を煽るものだと。
いいえ、と小さく返せば、絡めていた指がゆるくほどかれた。
響く音。接吻けだと気付くまで、数刻を要した。
軽い接吻けさえ、私はまだ慣れきれていない。
触れた唇は、そのまま唇から舌へと。
この人も私も、この行いが許されない事だと知っている。
それなのに、否、許されない事だからこそ尚更燃え上がるのを止める術を、私は知らない。
抱き寄せて欲しいと、確かめて欲しいと願う。
幾度となく触れて熱を持つ躯と薄らぐ理性の間で、私にそれを与え続ける人――アーサー・カークランドも同じ思いなのだと。
(許されなくとも間違いなど無いと、接吻けて塗り替えて欲しい、と)
「、…アーサー」
この時だけは敬称を付けるなと云われた名前すら、私を煽る。
今は、今だけでいい。
共にいる時だけはこの時に酔いしれて溺れていたいと願うのは、私の業なのだろうか。
(それでも止まらない熱を、止まれない自分を、少しだけ愛しいと、今だけは。)
繰り返し夢を見ていたの。
あまり細かくは覚えていないけれど、わたしの少し前で微笑みをかえすあなたを、それだけを覚えている。
あなたの心はいつも自由で、それはきっと夢の中でも変わらなくて。
だから時々、あなたは空を翔ける鳥になって、星の海に溶けていく。
夢は美しいけど切なくて、あなたもわたしも自由と引き換えに寂しさや孤独を知るの。
現実のあなたも夢の中あなたも、時々つらい横顔をする。
何度も見てきた。
なんにもできなくて、歯痒い思いもした。
わたしはそれが不安で悲しくて泣いてしまう。
心に扉があるのならそれを閉ざしたりもした。
その扉はね、呪文だけじゃ開かないの。
だからわたしは待つ。
いつか、あなたの鍵を見つけてくれる時を。
ねえ、聞いて。
わたしが悲しみを知ったとき、少しだけ誰よりも大切な人に近付いた気がしたの。
だから、気付いた。
信じることだけが、今なわたしにできる事だって。
忘れないでいて。思い出して。
わたしはいつだってここにいるってこと。
ねえ、いつか。
まだ遠いいつかに、わたしには言えなかった悲しみや辛さを乗り越えて、会いにきて。
わたしも、強くなるから。
笑顔であなたを迎えられるように。
あなたが安心できる場所になれるように。
だから、そのときが来たら。
わたしに、会いにきて。
(誰より大切な、あなたに。)