ほら、せんべい食い散らかしてないでこっち来い。
退屈なんだろ?ひとつ話でもしてやるよ。
今から話すのはな、互いを語るには互いが不可欠だなんて言われてた主従の話だ。
知ってるか?…そうだよ、俺の従兄弟とおまえの父上のこと。
よく聞けよ?長い話で疲れるから、俺は一回しかしないからなこの話。
……あ、だからせんべい食い散らかすなって左門馬鹿おまえこの。


[奥州記 1]


だからどうしてそう生真面目なんだおまえという奴は。
目の前の隻眼は心底嫌そうに溜め息をついた。
俺の隣にいる、生真面目の塊のような男に向かって。

「貴方が軍略を無視した行いさえしなければ、私はこれほど長々と戦場の心得を説いたりなど致しません」

聞いておいでですか、と目ばかり光る異様な表情で主に迫る、この男。
仮にも隻眼の臣下、……のはずだ。
うん。臣下だよな。そのはずだよな。梵、てんで弱いけど。
いや、いい。そんな事はどうでもいい。
問題は何故俺がここにいるかであって、そしてどうやって逃げ出すか、だ。
とりあえず俺は、景が梵のほうを向いている隙に逃走を試みる事にした。

「どこへお行きか、成実殿?」

……が、それは景の全く抑揚のない声にあっさり阻止された。
……って、俺関係ないじゃねえか。

「我関せず、ではありません。貴方にも責任はあるのですよ成実殿。大体殿の軍略無視は……」

そしてくどくどがみがみと説教は始まる。
とりあえず聞いたフリだけしとけばいいか、と俺は右耳から左耳へ流し素麺の要領で景の説教を聞き流すことにした。

説教の流し素麺をしている間に、簡単な説明をしておこうと思う。
俺は伊達籐五郎成実。奥州の頭、伊達政宗の従弟だ。
で、今口から魂抜けそうな顔して伸びかけてる、臣下に言い返す余力もないのがその伊達政宗。
呼ぶ人間はほとんどいないが忌み名は籐次郎という。
ちなみに俺が呼ぶ梵ってのは幼名の梵天丸から来てる。これも、呼ぶ人間は少ない。
そんでこの鬼神紛いは、片倉小十郎景綱。大殿、つまり梵の父上や梵に信頼されてる腹心のひとりだ。
普段は夕凪みたいに穏やかな癖に、一度怒ると豹変する。…そう、こんなふうに。
鬼と仏が住んでんじゃねえか、と疑いたくなるし俺は実際疑ってんだけど…逆鱗に触れると恐ろしいからおくびにも出さないように心がけている。
ちなみに俺だけじゃない。
そしてこの説教の原因は、景の軍略を梵が無視してつっ走ったことにある。
何度となくぶつかってきた甲斐武田との、もう何度目かもわからん戦。
相手の手勢を減らす為の戦と景が言ったにもかかわらず、あろうことか梵は一人で敵陣に突っ込んでいったのだ、……ちょっと目を離した隙に。
(なにかを察したらしい武田は本陣を退いていて、結局梵は空振りで帰ってきたわけだが。)
それが景の不興を買ったらしい。

怒りたい気持ちは解る。よく解るんだけどさ、景。
梵が酸欠になってるぞ。

じゃなくて。
そうだ、止める人間俺しかいないんだった。

「景、景。いくら梵でもそれ以上やったらさすがに死ぬと思うぞ」
「ここで死んだら殿がその程度の方だったというだけの話です」

……。
主君殺しの汚名を被る気か、おまえは。
それ以前に景の半笑いを直視しながら首まで絞められてたんじゃ人間は普通にぽっくり死ぬだろうよ。

「成実…奥州は、任せ…た……」

嬉しいけど嬉しくない台詞にふと目をやれば、梵が泡を吹いて脱力していた。
そろそろ本気で止めなきゃまずいか。
できればやりたくねえんだよな…でもやるしかない。
行け俺、頑張れ俺、恐れるな俺。
……これも伊達家と奥州と天下と梵と平和の為だ、すまん、景!!

「ていっ」
「ぐっ…」

成実様流奥義、急所に本気の一撃。
……俺じゃなくても使える奥義だが。
それは置いておいてくれると有り難い……と。その前、に。

「梵ー?息してっかー…?」

血の気の失せた顔して身動きひとつしないと、些か不安になってくる。
景も似たような姿で倒れているが、景なら大丈夫だろう。何の根拠もないが。

「梵ー」
「……三途の川の向こうで父上が呼んでた」

ちなみに大殿はまだ生きている。

「梵、大丈夫か?」
「あー…おー…」

それまでへなへなと昆布のように伸びきっていた梵は、ふと景に目をやった瞬間に全ての生気を取り戻した。
と同時に、豹変した。

「誰だ間者か!小十郎はどうした!!言え!!何があった吐け!!」
「何って成実流奥義で主君を助けただけだけど…」

この後の反応が怖い。間者を逃がしたとかなんとか言うより怖い。
逃げ出す体勢でもとっておこうか。

「貴っ…様…成……!!」

地の底から響くような声で俺の名前を呼びながら、刀を鞘ごと横一閃に薙ぐ。
飛んできた鞘を交わしつつ、梵の総攻撃を受ける前に俺は全速力でその場から退散した。
……つーか、俺何も悪くねえ。少なくとも俺はそう思う。
梵の管理は景の仕事と今まで決まってたし、俺が景に成実流奥義をぶち当てていなかったら今頃梵には迎えが来てただろう。
完全に、貧乏籤だ。
というより何なんだ、政宗主従。
二人して俺に当たりやがる。
そんなに俺が嫌いか、そうかそうか。
じゃあ俺はだいぶ早い隠居でもすっかな。
梵も景も俺の有り難みに気付け。
そして敬え、馬ー鹿。

いやでも隠居はさすがにまだ早いし、とりあえず家出でもしてみるか……


『平和な生活をください。』

その後三日三晩程姿を消した成実の自室には、そんな書き置きが残されていた。
伊達主従はこれに反省し、帰ってきた成実をそれは温かく迎えたという。
その態度が三日で終わるという予想をしていたにしろ、少なくとも成実はこの時だけは平和だった。……多分。


間抜けとか言うな左門仮にも烏帽子親に向かって。
いいか、とにかくだ。教訓一、景、あー、お前の父上を怒らせるな。
で教訓二、ぼ……大殿の前で父上に逆らうな。いいか?
この家で楽に往生したかったら絶対にこれだけは忘れるなよ。
いいな?

あ、だからお前せんべいをまた……。


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フォレストノベルより。
続きもので書いたはずが妙に成実ばっかり目立ってどうしようもなくなった話。