桜の花は、いつ開く?
これは昔のお話です。
小さな村には、古い古い風習がありました。
村には不定期に不作が訪れます。
それは村を守る神様のお怒りで、鎮めるために七つの娘を神様の祠に捧げるのです。
古い風習は七ツ送りと呼ばれ、娘が捧げられた次の年には村は豊作に恵まれます。
娘を捧げた家は村人達から感謝され讃えられ、長にも及ぶ富を得ることができました。
しかし娘を持つ親は怯えていました。
いつ自分の娘を捧げる日が来るかわからないことに。
いつ七ツ送りの日が、桜の花の開く日が来るのかと。
小さな村の貧しい家に、男の子と女の子の双子がいました。
髪の短い男の子、肩までの髪の女の子。
ある年、村に幾度目かの不作が訪れました。
しかし双子はまだ六つ。
長は女の子が七つになるのを待って、村の神様に捧げることを決めました。
双子の両親は、それはそれは強く反対しましたが、長の娘以外に七つに近い娘は彼女しかいません。
それにその家にも双子の両親にも、子供ふたりを養っていくだけの余裕はありません。
両親は女の子を七ツ送りに捧げることに決めました。
そして女の子を守るのは男の子だけになりました。
双子は七の歳を迎え、桜の咲く季節になりました。
七ツ送りは桜の頃。
女の子が送られる晩、男の子は女の子が寝ている間に彼女の髪を切りました。
男の子は女の子の代わりに七ツ送りに捧げられることに決めたのです。
女の子は、七ツ送りに着る白い襦袢に袖を通し、女の子がいつもつけていた白い花の大きな髪飾りをつけました。
鈴、どうか幸せに。
男の子は小さく呟いて、両親の元へ行きました。
両親は、彼が男の子だと気付きません。
幾度も幾度も謝りながら、両親は男の子を村の広場へ連れて行きました。
待っていた長も村人達も、彼を女の子だと信じていました。
そして褒め讃えました。
鈴は潔い子だ、鈴ならばきっと神様も怒りを静めて下さると。
七ツ送りのお囃子の音で、女の子は目を覚ましました。
彼女が着ているのは男の子の服。
髪も男の子とそっくりに短くなっています。
女の子は走りました。
男の子の思いを知って必死に走りました。
七ツ送りの場所へ、山の神様の祠へ。
祠への道の途中に、まだ行列はいました。
白い襦袢を着て、自分がいつもつけていた大きな花の髪飾りをつけた男の子を豪華な荷車に乗せて、ゆっくりと進んでいきます。
蓮、行かないで!
女の子の声は、お囃子に消されて届きません。
両親や長が女の子を見つけて言いました。
蓮や見ておいで。これが立派な鈴の姿だよ。
私が鈴だとどれだけ言っても、村人も長も、両親も信じません。
それはおろか、涙を流すのです。
鈴と同じくらい蓮は立派だ、姉を守るために身代わりになろうとまでする蓮は立派な子だと。
それでも女の子は必死に叫びます。
目隠しをされた、荷車の上の男の子は言いました。
蓮、どうか幸せに。
女の子は叫ぶのをやめました。
弟の決意の深さを、姉への思いの深さを知って。
荷車はとうとう、祠の前に着きました。
目隠しを取られた男の子は、祠の前に凛と立って言いました。
私はこの村の七つの鈴、神様のお怒りを鎮めに参りました。
村の人は知っています。
女の子も知っています。
これが七ツ送りに送られた娘の、最期の言葉になる事を。
祠の前に掘られた穴の中に、男の子は飛び込みました。
村人が上から土をかけていきます。
少しずつ苦しくなる息の中、男の子は微笑みながら呟きました。
鈴が幸せでありますように。
女の子は弟の最期を見ながら、涙の中で決意しました。
これからは蓮として、弟として生きていくと。
七ツ送りをした後も、どうしてか村には不作が続きました。
村人は不思議がりました。
鈴を送ったのに山の神様が鎮まらないのはなぜなのか。
女の子は男の子として生きたまま、男の子は女の子として七ツ送りに送られた。
次第に村人は、そのことに気づき始めました。
いつまで経っても背も伸びず、声も変わらない男の子。
そして長がそれに気づいた時、村は怒りに染まりました。
両親と女の子が彼らを謀ったのだと思ったからです。
もう貧しくはない両親は、村人の怒りに怯えました。
女の子は彼女を捧げると決めた両親や村人を恨むことはありませんでした。
村が怒りに染まって幾日か過ぎたある夜、女の子は長の元へ行きました。
両親に真実を告げて。
私が鈴です。
これは、私と蓮が考えたこと。
どうか父様や母様を怨まないで下さい。
女の子は長に頼みました。
どうか私を送って下さいと。
村にはもう、七を過ぎた娘かとても幼い娘しかいません。
長は女の子を送ることを決めました。
女の子は一人、山道を向かいます。
白い襦袢を着て、片手に短い刀を携えて。
村の不作が嘘のように桜が舞う山道で、女の子は歌いました。
自分たち双子が、最後の七ツ送りになるように願いながら。
さくらなはなはいつひらく
やまのおさとにいつひらく
さくらのはなはいつにおう
わらうななのこあそぶころ
さくらのはなはいつおどる
うたうななのこねむるころ
さくらねはなはいつくちる
しんだななのこのぼるころ
女の子の歌声は風に乗って、村に響きました。
歌い終わった頃、女の子は祠の前に立ちました。
女の子は大きな声で言いました。
私が本当の鈴。
山の神様、お怒りを鎮めに参りました。
そしてどうか、私を最後の七の子にして下さい。
言い終わると、願い終わると、女の子は短い刀を自分の胸に突き立てました。
桜の薄紅に、鮮やかな紅色が舞いました。
血の混じる息の間から、地面を撫でながら女の子は男の子に語りかけます。
蓮、生きられた間、私は幸せだったよ。
そして女の子は、弟と同じ場所で最期を迎えました。
女の子の歳は十四。自分の倍を、男の子は女の子に託しました。
これは昔のお話です。
小さな村には、古い古い風習がありました。
村には不定期に不作が訪れます。
それは村を守る神様のお怒りで、鎮めるために七つの娘を神様の祠に捧げるのです。
古い風習は七ツ送りと呼ばれ、娘が捧げられた次の年には村は豊作に恵まれます。
娘を捧げた家は村人達から感謝され讃えられ、長にも及ぶ富を得ることができました。
しかし両親は嘆くのです。
自分の娘を送ってしまった事を嘆きながら、たくさんの富の中を生きるのです。
その村には双子がいました。
とても貧しい家に生まれた、それでも元気で優しい双子でした。
男の子の名前は蓮、女の子の名前は鈴。
男の子は女の子を守るために自ら身代わりとして七ツ送りに送られ、女の子は両親を守るため、村と山の神様の怒りを鎮めるために七の倍の歳に自ら命を絶ちました。
双子の姿に心を打たれた山の神様は怒りを鎮め、村の守り神様になりました。
女の子が山道で歌った歌はさくらうたと呼ばれ、七ツ送りが繰り返されることのないよう、春に子供が願って歌うわらべうたになりました。
これは昔の、最後の七の子のお話です。
悲しくも勇敢な、最後の七ツ送りのお話です。
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元ネタは地獄少女(一期)の、あいの七つ送りの話。
リンとレンにさくらうたを歌わせてみたら、リンレンの歳って設定上14だよなーと思い出して、こんなのを思いつきました。
レン身代わりが悪ノ娘っぽくなってしまった……玉砕ですorz