ミーティングが終わり、一期一振は自室に戻るとアルバムを開いた。
満月の成長を綴ったアルバムで、1日に最低でも10枚ぐらいは写真を撮っていた。
「………すっかり成長しましたな、お嬢様も。」
満月は高等部に進学してからは姫宮の家を離れ、綿貫の別邸に住んで通学している。
母親であるジャンヌが命がけの出産をしたこともあり、満月は両親や兄達に溺愛されていた。
『いちごはどうしてわたしをまもってくれるの?』
『若旦那様より貴女様を守るよう、頼まれましたからな。』
『……そうなんだ。わたし、あいされているんだね。』
『はい。』
脳裏に幼少期の満月がふと口にした言葉が蘇る。
「…………生涯唯一の太刀として打たれた一期一振の名にかけて、
あらゆる障害からお守りするのが私の役割ですからな。」
生まれてきた時からずっと見守ってきたため、一期にとって満月は娘みたいなものだ。
だからこそ、あらゆる障害から守りとおさなければならない。
高等部を卒業したら、待っているのは芳樹との祝言だ。
「…………まずは、お嬢様に未だ言い寄る虫を排除せねばなりませんな。」
「いち姉ぇ、ちょっといいか?」
「どうしたんだ、薬研。」
粟田口の中でも大人びている薬研が、コンコンとノックをして一期の部屋に入ってきた。
「………いち姉ぇ宛に手紙が届いたんだ。」
「私に?」
「………どうもきな臭いんだがなぁ。」
薬研から手紙を受け取った一期は中身を開封した。
「………これはこれは。随分と熱烈な。」
「何て書いてあるんだ?」
「お嬢様を自分のものにしたいから、若旦那様を殺すと書いてあるよ。」
「…………これはまた、過激だな。」
「そうだね。…………三日月殿にも話しておこうか。」
「ああ、その方がいいな。こういった輩はなかなか減らないな。」
「……………それでも誘拐にならない分、まだマシかもしれないが。」
「インフルエンザにかかったお嬢様を連れて、守り刀もなしに飛び出した若旦那様を思い出すな。
あの時はいち姉ぇも本気で怒っていたな。
………まあ、智久様がいてくれたから良かったけど。」
「そうだな。」
続く。
満月と別れた一期一振は、道場に向かった。
そこでは兄妹分である藤四郎達が鍛錬をしていた。
「あ、いち姉ぇ!」
「乱、頑張っているようだね。」
「当然、僕はお嬢様の守り刀だもん!精一杯頑張らないと!」
「おうおう、言ってくれるじゃねぇか。乱、さすがは守り刀だな。」
「和泉守殿も鍛錬に付き合ってくださり、ありがとうございます。」
一期同様に新選組の中でも最古参である和泉守は堀川からタオルを受け取って汗を拭いた。
「…………で、お嬢様にまた婚約の手紙が届いたんだって?」
「はい。丁重にお断りしましたがこれで5件目ですね。」
「お嬢様には若旦那様という婚約者がいるのに、面倒くさいですね。
闇討ち暗殺します?」
「今のところは、丁重にお断りしているだけで済んでいるのでそれだけはおやめになられた方がいいかと。
……………ただ、大変なのが何もわからずに婚約を押し通す方々ですね。」
「………だな。
散々馬鹿にしておいた姫宮に女児が生まれた途端、掌返ししやがって
何考えているんだか。」
「綿貫は姫宮をあらゆる障害から守る代わりに女児が生まれたら、綿貫に嫁がせるという約束を
曾祖母の代からしていますからな。」
「でもまぁ、呪いとも言うべき感じだよねぇ。男児しか生まれてこなかったし。」
「だけど、綿貫も婚約者候補が色々いたりとかして大変だったし…………。」
「若旦那様も小さい頃から言いくるめられていたし、守り刀がいたから誘拐はされなかったとはいえ
人間不信になりかけましたから。」
「人間不信というか、女性不信?
自分で好みの女性を育てた方が手っ取り早いって思ったもんね。」
「…………でもお嬢様、大丈夫かなぁ………。」
「大丈夫ですよ。お嬢様には物吉殿がついていますから。」
「そうだね、物吉ちゃんがついているなら、大丈夫!」
「さ、ミーティングに参加しよう。皆がお待ちかねだ。」
「はーい。」
続く。
「あ、一期。おはよう。」
「おはようございます、お嬢様。今日は早く起きられたのですね。」
「うん。目覚ましより早く目が覚めちゃって。」
「それは喜ばしいことですな。
物吉殿も、大変喜ぶでしょう。」
「でも毎日起こして貰った方が楽で良いんだけどね。」
私立聖ミカエル女学院指定のブレザー服を着ている満月は、一期と話をしながら長い廊下を歩く。
「…………そういえば一期って守り刀の中でも最古参だよね。」
「そうですな。」
「……………小狐丸が言っていたよ、三日月と互角に戦えるのは一期ぐらいだって。」
「はは、三条派の皆様も最古参ですからな。」
「新選組はまだ日が浅いからねぇ。」
「まだまだ、と言ったところですか。
…………それでどうして急にそんな話を?」
「ん?ああ、何ていうか、私のこと生まれた時から守ってくれてるからさ。
嫌になったことはないかなあ、なんて。」
「まさか。そのようなことはございません。」
「そう?」
「はい。私はいついかなる時も、
貴女様をお守りするよう、若旦那様から言いつけられていますから。
常に見守るだけが愛とは限りません。
遠くから見守るだけの愛もあります故。」
「…………そっか。何かちょっと難しいね。」
「そうでしょうか?私は貴女様が幸せになってくれれば、それでよいと思っていますので。」
「一期も彼氏の1人ぐらいは作ればいいのに。」
「何を仰いますか。我々は貴女様と若旦那様の幸せを第一に願っております。」
「……………………そっか。皆の愛って結構重たいんだね。」
「そうですなぁ。愛が重たいと言えば重たいですな。」
他愛もない世間話をしているうちに2人は食堂に到着した。
「では私はこれで。」
「うん。ありがと、一期。」
続く。
「………一期一振。粟田口吉光の手により打たれた唯一の太刀。
お前はその名を襲名することになる。」
「…………はっ。襲名致します。」
生まれて間もない満月を抱える12歳の少年……綿貫芳樹は、真剣な眼差しで
彼女を見つめた。
「俺は生涯この子しか愛さない。
粟田口吉光、生涯唯一の太刀とされるお前をこの子に贈る。
だからこの子の守り刀になって、いついかなる時も守り通せ。」
「…………この身に代えても、お守り致します。」
「……頼むぞ、一期。」
芳樹の運転する自動車に2人が乗り込むと、彼はエンジンをかけた。
「どうだった?あの2人は。」
「両想いになるまでに時間がかかりそうですね。」
「はい。役重様が鈍感だと言うのがよくわかりました。」
「まあ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてしまえって言う言葉が何処かにあるぐらいだからね。」
「あはは。」
「………そういえば、ラヴクラフトの元カノなんだけどね。」
「どうかしたんですか?」
「彼氏と別れたそうだよ。」
「あらま。」
「そうなんですか?」
「まあ今回の1件で、お互いの本性がわかったのかどうなのかは知らないけれど。」
「ラヴクラフト氏、フラれて正解だったんじゃないですか?」
「まあ、新しい彼女を見つけたそうだよ。
病院の看護師だって。何でも看護師の方が一目惚れしたんだって。」
「それは嬉しい進展なんでしょうか……………。」
「いいんじゃないのかな。支えてくれる人がいるって言うのは。」
「そうですね。しっかり罪滅ぼしをしてくれれば、それで良いんじゃないでしょうか。」
「うん、そうだね。」
終わり。