2015-7-31 18:07
日々皆が皆とわいわいしている。
周りに人が居なくなってから
声を潜めて話に来て
人がやって来たら気まずそうに口を噤むのは辞めてくれ。
1人でいる私を気遣ってか
私はあなたをハブいていないと保身をかけてか
無意識なのだろうけど
まるで私と話すことが
隠れてする
いけない事のような様で。
私と仲良くするだけで立場を失うほど
あなたが弱いの?
それとも私が汚らわしいか。
どうしたら私がこの様を受け入れられる
でも
話されたら話されたで
私の気遣いなんかしたらお前もハブられてしまうと思って
意識せずに目を逸らし逃げているから。
2015-7-27 02:13
少しずつ回復してきていると思う日が増えて来た。
自分の「出来なかった」と思う事を、他人に助けられて自分を責めすぎずに済んでいると自覚する機会も増えた。
主に、「歩み寄る」とか「開いていく」とかそういう面で。
それでも今までよりは人を少しずつ許せはしているのか。
一般的な目で見たら変わってないのだろうけど。
今の場所がこれから悪い方に転ばないと言う絶対的な確証は
残念ながら無いし
また別の場所にある、
私にとって「良くない」場所だって
駆け出し当初は相当良かった所からスタートして今このザマになった訳で
それはもう恐ろしい事だ。
二の舞にならないように願う。
頭で気付いたところで人はそう簡単に変われないものさ、と。
どうにか、自分の中だけでも今は言い訳にでもなんにでもして
必要以上の自己嫌悪に浸りすぎて、潰れてしまう事のないように、どうにか。。。
自分が自分でいられないような
弱い者苛めで強者気取りや
見て見ぬふりのお騒ぎ集団に囲まれて
息苦しい、狭い場所を世界だと錯覚しかけてた。
けどそれらが勝手に自ら終わってくれると言う。
それに今私には新しく在りたい場所が他にある。
わざわざ押し殺される場所でもがき通す必要がどこにあるんだろう。
勿論、そんな立場に陥ったのは自分の欠陥も大きかったけれど。
人の上に立つ人間がそれを利用した事が
は最後まで着いて行きたいと思えなかった理由になった。
ただ今は、目の前の新しい居場所を大事にする方を先にしたいと望んだ。
2015-7-24 16:10
首を、括りたいと思う。
死にたい訳では無いのだと思う。
或いは、飛び降りたい。
けれどやっぱり死にたいのではない。
死にたいと能動的には思わない。
私は病気ではないと思う。
ただ生まれつき、そういう事を考えざるを得ない状況に落ちやすい欠陥的な性格だったり、そういう育ち方をしただけで。
上手く纏まらないけれど、この日記はリアルタイムで投稿するよりも
もっと、より考えた結果として綴りたいと思う。
だから、何も纏める事が出来なかった数日感は何もかけなかった。
ただ衝動にも似た、押し寄せる感情ばかり。
学生の頃は、人より極端に多かったとは言え
思い詰めて死にたいと悲嘆する事も多くあるのは珍しい事じゃない
にしても、今は何だか頭が酷く鈍くて
気付いたらふらふらとそんなことになっている気がしてどうにも心配になることがある。
何も許せない事に気付いてしまった。
怒る、許す、の許すではなくて。
人間を受け入れる事が、私は条件付きでしか出来ない
笑うのが辛い。
1人になるのが嫌だから?
必死に会話つなげて、どうしても億劫の時にそれも出来なくなって。
私のおちゃらけ要素を気に入ってくれた人達は勿論離れていくし、
もっと楽しい人と本心から和気藹々として
私は1体何をやっているんだろう。
新しい環境も、自分をどこか冷めた目で
遠くから眺める自分がいた。
こんな筈じゃない。
けど、本当の自分を出して
私はとことん嫌われてきたし
本当の自分の性格こそダメな事はわかってるから何も出せない。
たまに、そういうのも受入れてくれるような器のでかい人に出会うけれど
誰もいなくなった。
私もあんな風になりたかった。
私は人を許せない。
2015-7-24 02:34
霧の狭間を通って帰ってきた。
道の、左右で全く景色が違う、こんなこともあるんだな。
小さな頃、赤城の濃霧の中歩いた事を思い出した。
数メートル先すら真っ白で見えなくて。
よく覚えていないけれど、身投げした姫が龍になった伝説の湖とかなんとか、霧で何も見えなかったけど
幼心にとても感動して、胸踊らせていたのは覚えてる。
今は母が膝を悪くしてしまったし
姉も嫁に行ってしまったし
(実は結婚式がつい先日だった。
帰省後は酷い心境で何も日記は書けなかった。)
もう家族で登山やハイキングに行く事は無いのだと思う。
時間の流れが少し悲しい。
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今日から新しい職場だった。
今の所が、店長退職をきっかけとして同時に2店舗潰れるから
来月から新しい所へ探す、そのフライングスタート的な。
明日はまた今月一杯の職場の方なのだけれど。
口コミサイトは結構良くない評判が多く、面接を辞退しようと思っていた所。
まぁ受けるくらいはと受けてみたら思っていた感じとは全く違くて
他に採用貰ってたところを蹴ってここに決めてみた。
どうやらつい数ヶ月くらいに会社とか人とかが変わったらしい。
何より、キッチンが料理に熱意を持ってる人で良かった。
バイトは所詮バイトだから、どれほど腕を磨いて策略的にしたところで
経営に人生かけてる人程稼げるわけじゃない。
自由が多い分、上限というものは必ずあるから
その中でいかに仕事をするかが重要になってくるし
仕事をするに当たって、お金以外に何を求めるのか
私の場合はそれは熱意だと思う。
ダラダラ適当にしてる所は嫌。
かと言って、厳しくてしっかりしているって言うのじゃ足りない。
緩くて良いのだと思う。
熱意さえあればあれこれ頭も使うし、自分から動くし
気張る、抜く、メリハリのある仕事ができる。
2015-7-15 23:27
今日は、レコーディングの日でした。
出来栄えはまあまあな気もするし、聞いてみるとそう悪くもないような、
今まで使った事の無い歌い方だから完成してみるまでわからん。
で、
その時に密かに、良い事があった。
良い事。嬉しい事。
声を大にして喜ぶような事ではないけれど
私にとっては結構重要で。
だから、久々に気分が前に前にと向いて
今まで悩んで買えなかったものを
すんなりと選択して一気に買った。
昼から晩までずっとひたすらお金を撒いた。
今まで必要だったのに、お金があっても精神的に買えなかったものだから、
どこかで塞き止まって溜まって腐りかけていた物が流れたんだと思う。
お金も回さないと、腐る。上に、入って来ない。
私はそう思う。
「欲しいもの」を「つい」買える人を羨ましく思った。
何故、稼いでいるとは言え
フリーターで、支払いも家賃や年金まであるのにそんなに貯まるのかと質問される機会も多い
けどそりゃ、使ってないからです。
正確に言うと、必要なものにすら使えない。
徹底的に使えない。
お金の価値(得?)は、私が感じるのは2つある。
買いたいものと交換出来る権利
と
数字としての見栄や安心感。
私は見えもしない前者のために、後者しか出来なくなっていて。
その、
お金がないと嘆く前者は、お金そのものは持っていないかもしれないけど
少なくとも貧しい訳では無いでしょう?
好きな服、好きなインテリア
食べたいもの、娯楽、
それを得た対価として(前者の流れで)お金を回しているわけだから。
多分、後者しか出来なくなった人の方が
生活的に貧しい筈。
お金自体は持っているけど、貯める「明確な目的」でもないなら
モノの得を活かせない限りそれは存在価値を失う。
それは持っていない事に近いのかもしれない。
ソクラテスもそんなことを言ってたじゃないか。
金持ちがどれほど持っているか自慢しても、何に使うかの方を見よって。
持つことよりも活かすこと。
貯金はある方が良いけけど目標も将来のビジョンもないままで、
ただ無意味にだらだらとケチり続けて、必要以上に大きな数字を持つだけも考えものだ。
そんなものは、自分の生活を豊かにする何かの対価として
さっさと誰かにくれてやった方が良い。
そういう考えの人間なのに
前の記事で書いたような事をひたすら繰り返して、毎日毎日
買いに出かけて、金だけをそのまま持ち帰ってきて
時間と精神を浪費して
ずっと悩んでた。