優しい秋の夕陽が学校の廊下へと差し込み校舎は赤々と染まっていた。
その中にこつこつと一つの足音が響く。
校舎の中はしんと静まり帰り俺以外に人がいないようにさえ感じる。
そんな環境の中だからか足音は酷く大きく聞こえた。


さっきまで俺、高橋光輝は図書委員の仕事をしていた。
放課後待っていると言った同室の祐樹の申し出を断って1時間近く図書室で作業をしていた。
今はその帰りで静まり帰った校舎を俺はただ一人で歩いていた。



こつこつこつこつ



廊下に響く一つの足音。
だが、それにもう一つ
自分のそれよりもいくぶんか早い足音が重なる。



「光輝……っ。」



聞き覚えのある声に後ろを振り返る。


「水月、先輩……?」



振り返ったそこには風紀委員長の水月先輩がいた。
その顔はいつもの無表情ではなく、少しの、怒りを湛えて。

どうしたんですか?
と、口を開こうとするもそれは阻まれた。
先輩は何も言わずに俺の腕を掴んで早足で歩き出す。
どこへ、はすぐに分かる。
この廊下の先は特別教棟、各委員会の部屋がある。
ちなみに寮とは反対側だ。
寮に帰ろうと思っていた俺は小さくため息を零した。






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風紀室に入ると誰もいなかった。
いつもは騒がしい副委員長も今は見回りをしているようだ。
水月先輩は窓に背を預けまっすぐと、俺を見つめる。
それに俺は何も言えずに目を背ける。
いつも優しい色を見せる瞳は、嘘のように怒りを湛えていた。
だが、そのようにされても、当の本人である俺は、何も怒られる要因が理解出来ないため、俯くことしか出来ない。



「光輝……。」


短い言葉。
それに含まれている意味は
゛顔を上げろ゛
分かっている。分かってはいるが。
視線を泳がせながらしばらくじっとしていると小さいため息を零し、先輩が窓から背中を離す。



「光輝。」



こうなると、逃げ場がない。
先輩の手は顎を捉え、強制的に目を合わされる。



「み、水月、先輩っ……。」



目と鼻の先、至近距離にある美形はとかく心臓に悪い。
視線を背けようとするも、その黒眼が俺を捕らえて離さない。



「なぜ、俺が怒っているか、分かるか?」



すっ、と瞳を細められ聞かれる。
だが、心当たりがない。
何も言えずに押し黙る。
すると顎からの支えが消え頭に心地よい重み。



「一人で出歩いて……俺たちが……いや、俺がどれだけ心配したか分かっているのか?」



その言葉にバッと顔をあげる。
そこには優しい、だが困ったような微笑みを湛えた先輩の顔。



「またいつ親衛隊が動き出すか分からない」


「はい……。」


「だから、一人で出歩くな、と言ったはずだ」


「はい……。」


「心配した……。」



そういって抱き締められる。
それは気恥ずかしくも、心地よいもので。


不思議だ……。
この人といると、胸が温かくなる。
こうやって抱き締められるだけで胸が締め付けられる。

この感情が何か分からない。
気付きたくないだけかもしれない。



「光輝……。」



少し身体が離れ額にキスが降る。
それは目、頬へと下る。
そして、また抱き締められる。







まだ、この感情が何か分からなくていい。




ただ、このぬくもりを手放したくない。




俺はいつまでも臆病者だ。