(アラロス/カティアイ/商人ED後/甘)
「どっ…どうもっ」
「毎度あり」
「また頼むね…っ」
「はい、よろしくお願いします〜」
真っ当な普通の商人である私は、にっ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて、客を見送った。
逃げるように走って遠ざかる客は、私を恐れているわけではないのだろう。きっと…こいつだ。
「おやおや、あんなに慌てて。
せっかちな男ですね〜」
「…………」
呑気な声の主は気配こそなかったがずっと後ろに居た。姿あれど気配は無い。
恐ろしい元・希代の暗殺者、その人だ。
「ねぇ、カーティス=ナイル。
あんたが護衛なんかやってくれるから、みんな私を見ると逃げてしまうのよ」
「ふふ、僕が居ては商売あがったりですか?」
「それが不思議とそうでも無いのよね。
あんたが1番よく知っているはずよ?」
だってカーティスはずっと私の側に居てくれる。
厭味っぽくそう云うと、彼はクスッと笑った。
商売の方は、商人としても普通でなくなってしまう程に大繁盛だ。
噂は千里を駆け、商人のボディーガード・カーティスの名は瞬く間に広まってしまった。
「カーティスを護衛に雇えるほどの商人ってことで、有名になっちゃったもの」
「よかったじゃないですか。
僕が長年払ってきた有名税は無駄にはならなかったわけだ」
その分、仕事内容もレベルアップして、入手が難しいものまで依頼がくる。
しかし、入手するのもまたカーティスが居るので、どんな危険な場所でも行けてしまうし、情報も有り余る。
「もはや、あんたが商人やってるようなものよ…」
「…?
おかしなことを云いますね。
商人はアイリーンですよ?僕はあなたに雇われた護衛だ。報酬ももらってる」
「報酬、ね……」
本人はけろりとしたもの。しかし、その『報酬』にも問題がある。
彼は私の『側にいること』を報酬としている。金も絡んでいないのだ。
「なんだか申し訳なくなってしまうわ…」
「利用できるものは利用するんじゃなかったんですか?」
「そうだけど…これじゃ私は一人じゃ何も出来ないみたいじゃない」
実際、その通りなのだ。
飄々として私にくっついてくるカーティスは何処吹く風だが、流石に今の状態では自信をなくしそうだ。
「アイリーンしか出来ないことなんですけどねぇ」
しょんぼりしてしまった私に、カーティスは苦笑を漏らす。
彼は云う。自分を従えられるのは私だけだと。そして、使い方をよく心得ていると。
「ねぇ。だからご褒美下さいよ」
「褒美?いいわよ、カーティスにとっては端金でしょうけど、払えるくらいには稼いで…」
「違います。金は要りませんって」
「じゃあなに?身体でも要求するの?」
「それも欲しいですが、ただ貴女の身体だけ貰っても仕方ないので結構」
にこにこにこ。私の提案にいちいち断りを入れながら、護衛君はとてもご機嫌だ。
相変わらず何を考えているか解らない。
「報酬じゃないんですよ?僕がねだっているのはご褒美です」
にんまりして、そのいやに艶めかしい唇を私の頬に押し当てる。それだけでドキドキしてしまうほどにはカーティスのことが好きだ。
彼は唇へキスはくれない。
「…じゃ、なんなの」
「あれ、照れてます?」
「ばっ…ばっか!ちがうわ!」
「顔赤いですよ?」
「夕日のせいよ」
陳腐な言い訳だけど、それしか思い浮かばないくらいに混乱している。
近い。抱きしめられてあちこちにキスされる。それどもやっぱり唇へのキスは無かった。
「ね、アイリーン」
「………」
「解ってるんでしょ?」
「………」
照れていることを肯定させたいのか、『ご褒美』の意味を理解しているんだろうと聞うているのか。
カーティスの表情はどちらとも取れる。解ることはその顔が憎らしいくらい愛おしいということ。
「…好きよ」
これは『ご褒美』だ。
彼が時々、私にねだる言葉。
「あんたが居てくれて助かってる」
彼が側に居る意義を私が口に出すと、途端に不安そうに揺れる紅玉の瞳。
それが、『ご褒美』に、とろけそうな程に甘く歪む。
「カーティスが大好きよ」
お金より、口へのキスより、身体の関係より、彼が欲するのは私の気持ち。
本当はもう私の気持ちもカーティスのものだから、褒美には当たらないのに。
こんなだから未だに恋人未満なのだ。
「ふふ、『好き』から『大好き』にレベルアップしましたね〜」
「!」
「じゃ、次は『愛してる』かな〜。楽しみだな〜。ね、アイリーン?」
「ば、ばっか!そんな簡単には行かないわ!!」
…彼はもしかしたら恋人未満を楽しんでいるのかも知れない。
貰えるものは貰う主義な彼にとって、お金はもう十分なものらしい。
「結婚までは清い仲でいてあげます。まずは内側から、貴女を僕でいっぱいにさせてもらいますからね」
代わりに…私はとんでもないものを要求されているみたいだ。
「………ん?結婚!?」
「はい、そうですよ。しますよね?」
「え、だって私達、恋人ですらな…」
「今から恋人です」
「はぁ?!」
「アイリーンは僕が大好きなんでしょう?僕も貴女が大好きです、愛してます。ほら、もう恋人でもいい頃ですよね」
「……………………………」
もう、いやだ。
かね、カネ、金。世を牛耳るは紙と硬貨
だけどこいつの頭を牛耳るものはきっとおかしな電波に違いない!!
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