友人からは“通い妻”と言われることがしばしばある。あまり良い意味では使われていないけれど、もはや今そんなことはどうでもいい。
 あいつとは何年もよく分からない仲良しこよし関係が続いた後、晴れて付き合うことになって恋人同士に昇格。とはいえ突然見える世界が変わるわけでも、レベルアップの曲が流れるわけでもなく――今までと何も変わらない日々を何となく過ごすのだった。
 悔しいくらいに何も無し。彼は月みたいに静かて穏やかな真面目男。まあ、私はそこに惹かれたのだけれど。


「こんないい天気なんだからさー。店閉めてどっか外に出たいと思わないの?」
「店閉めれるか。この時季は花粉がキツいから室内でないと嫌だ」
「引き篭もりめ」

 滅多に客なんて来ないだろうが。
 彼が一人で営んでいるこのアンティーク店。私の目には古ぼけた骨董品ばかりにしか映らないが、見る人が見れば“分かる”らしい。ところが私はその“見る人”を店で見かけたことがない。つまりこの店はさびれているというわけだ。本業はアンティーク品の修理や修繕らしいから、店頭に並ぶ本や壺はこいつの趣味みたいなものだろう。あとはまあ雰囲気作りだ。

「……ずーっと黙々と本読んでて楽しいのかよ。お前は気を紛らわせる程度かもしれないけど、私は何も他にすることなく喋りに来てるんだよ?」
「じゃあ茶を淹れてくれないか」
「はいはい! 気が付かなくてすみませんね!」


 強く捨て台詞を言い放って奥の部屋に上がり込む。いつもは勝手に台所を使わせてもらってるけど、今日はあまり気分が乗らない。

 恋人になったとはいえ、別にいきなり接し方を変えてほしいとは言わない。でもこれでは一方的に私が何かしたいばかり。結局、片想いと変わらないまま。
 彼からは面倒な女だと言われそうだけど、少しは恋人らしいことを言ってくれても――してくれてもいいじゃないか。そういうのが苦手ならそれはそれではっきりそう言ってくれてもいいし。そのやりとりすら特になく今までの友達関係と変わらないなら、本当に何も意味がない。

 二つの湯呑みにお茶を注ぎながら、私は無意識に小さく息を吐いていた。

「……ヘタレだから期待はしてなかったけど」
「誰がヘタレだ」
「わっ、な、何だよもー! 店にいるんじゃなかったのか? 急に背後に立つなよ」
「変な顔して裏に行ったから気になって。で、俺に何の期待だって?」

 否定しないあたり、自分のことは見えているらしい。
 台所で背後に逃げ場がない状態。おまけに、仕事をしているときの真面目な二枚目顔で私を責めている。どうしてこうもオンオフがはっきりしてるんだ、こいつは。
 釣られるように本音を口走りそうになる。女々しい奴だと思われたくないし、私はそういうキャラじゃないし。

「心当たりがないか自分で考えたらっ」
「……インドアな男ですまない」
「ぬああ、そういうことじゃないんだよ、この朴念仁! お前と私の温度差がありすぎて本気なのか不安なんだよ……って、あ」

 似合わないし、と思った矢先にこれだから私は馬鹿だ。

「……え。君、何だ、その……寂しいのか」
「うるせえバーカ」

 恥ずかしすぎて目も合わせられんじゃないか。そこら辺には気付かないのかこいつ。何なんだ全く。

「すまん。経験皆無だから俺、どうすればいいのか分かってないんだ」
「だから期待してないって言ってんじゃん」
「それっぽいことができてないっていうなら教えてくれ。実践してみるから」
「出来るもんなら今ここでギュッてしてみろヘタレ」
「あーあー、いいとも。やってやるさ」

 うそ。本当に?
 ――と、多少期待していたところで、彼が私の手を取って指を絡ませてきた。
 ギュッて、手のことじゃないんですけど。こいつやっぱり駄目だと思う反面、恋人繋ぎも一応初めてなので嬉しくはある。指摘するのはやめておこう。



「定期的にこうすれば君は寂しくないわけだ?」
「……ちょっと違うけど今は許す」