話題:幸せ
木曜日に、ゆうちゃんと会った。
今回はゆうちゃんが先に来ていた。
駅の構内から、待っている後ろ姿が見える。
いつもの駅の花壇に腰かけてただ私を待つ後ろ姿が、その為だけに彼が自身の時間を使っていることが嬉しくて、ほんの少しの間眺めていた。
改札を出てもまだ私に気づかない。
携帯電話に夢中な様子。
突然ラインを送ってビックリさせてやろうなんて子供じみた考えで私も携帯電話を取り出す。
間の悪いことに、その瞬間に気付かれてしまった。
「気が付いたらまきちゃんいるー」
ゆうちゃんがそう言って笑う。
その日もやっぱり晴れだった。
嬉しくてゆうちゃんの腕にしがみつくと ゆうちゃんが早速
「まきちゃん昼御飯食べた?ご飯どうする?」
って言い出すから笑った。
私の恋人はいつも 私のごはんの心配をしている!
ごはんは家で食べることにして、スーパーへ行ってみる。お惣菜を買う予定だったけど私の気が突如変わった。
「カップ麺食べたい!」
と宣言してカップ麺を選ぶ私を見て、声をあげて笑うゆうちゃん。なんで笑ってるのよーって聞いてみると
「いや、安上がりだなーって思って」
という理由らしい。宮本むなしに行った時に笑っていた理由も同じみたい。私は普段全然カップ麺を食べないから、ちょっと食べてみたくなったというだけなんだけれど。
でも確かに私、安上がりかもしれない。
安いところでも十分おいしい。
だけれど高いところへも行く。例えば六甲山のジンギスカンとか。
私はどちらもを楽しむ。
私が安上がりでいられる理由って、それはゆうちゃんなのかもしれない。
ゆうちゃんはどんな場所にいてもどんな状態であっても どこか上品な雰囲気がある。その空気の中に身は置くのだけれどその空気に染まることはない。温かな清冽。どんな状況であれ、それが損なわれることはない。
その頑なさは、彼を生きづらくさせている要因の一つなのかもしれない。でもそれは、私が彼の事を特別だと思う理由の一つでもあるのだ。
彼がどこまでも上品だから私は安心して安上がりな恋人でいられるのかもしれない。
カップ麺を選んだあともゆうちゃんは「何かほしいものある?」って何回も聞く。なにもないよと答えると少し悲しそう。お菓子を選んだりすると嬉しそうにする。いつもそうだ。
スーパーの袋を提げて帰り道。
わざと葉の色づいた木の下を通って、それを下から見上げて楽しんだ。
多くの葉が散っているから 黄色や茶色やまだ緑の葉の隙間から薄青い空が見えて楽しい。木が見える度に「あの木の下を通ろう!」ってゆうちゃんに言うのも楽しいから、並木道で すでに木は見えているのにいちいち言ってみたりもした。
「まきちゃん、葉っぱがなんかかしゃかしゃ言ってるね。かしゃだ、かしゃ」
「なんかそんな名前の妖怪がいたなぁ、遺体を盗んでしまうんだか魂を食べてしまうんだったか」
「まきちゃん、怖いこと言わないでよー」
彼が困り顔でぷるぷる震えたりするから笑ってしまう。
だから宮部みゆきのあの小説は火車っていうのかな?そういう話だよね?とかそんな話をしながら歩いた。
家に帰って食事の準備。
彼が台所に立って、お湯を沸かしたり果物を剥いたりしてくれている。
まきちゃんは座ってて、なんて言われているから、私は座ってだらだらしていた。
「まきちゃーん、カップ麺の準備しといてね!」
そう言われて初めて、あぁごめんごめんと慌てて動き出す。贅沢もそんなに言わないが同時に気が利かない私である。
謝ったりして面白い、なんて言いながらゆうちゃんは果物を剥いている。
私はカップ麺の準備にとりかかった。
なんだ?これ?
粉末スープ、液体スープ、様々な具材。
いろんなものがありすぎて訳がわからなくなった。全部入れたらいいのかな?という私の声に不安を感じたのか、ゆうちゃんがこちらに見に来てくれた。
「あのねぇまきちゃん、こういうのはね、カップの側面に書いてあるの。ほら、見てみて」
いかにも呆れたという口調と表情で教えてくれる。でもそのなかにどうしても笑顔が混じってしまう、という感じで。
しかし、カップ麺の側面に大切なことが書かれているとは。勉強になった。
結局彼は梨と柿を剥いてくれた。
厚揚げも焼いてくれる。
「ゆうちゃんさ、厚揚げ焼いてくれるよね。わたしゆうちゃんち以外で焼いた厚揚げ食べたことない」
「えっ、いつもどうやって食べてるの?」
「うちの母は基本的にレンジでチンかなぁ」
「なるほどね、それでもいいのか」
「私は冷蔵庫から出してそのまま食べたりもするー。面倒くさかったりして」
「えー、冷たいじゃない」
冷たい食べ物わたし好きだよ、アイスとか、なんて私が言うと、そういう問題じゃないでしょってゆうちゃんは笑っていた。
なんで笑ってるかはよく分からないけど、ゆうちゃんの上品さってこんな行動の端々から出るものなのかなぁ、などと私は考えていた。
カップ麺の付け合わせに果物を剥いてくれるようなところ、厚揚げを焼いてくれるようなところ。
そうやって私たちはカップ麺を食べていた。
幸福に、ふたりで分け合って。