遅くなりましたが前の続き!
ふたりでごはんを作って一緒に食べて、そのあと。
「僕まだ眠いよー」
ってゆうちゃんはベッドにごろん。
「私も寝るーっ」て言って、転がるゆうちゃんの後ろから抱きついて寝転んだ。
ゆうちゃんのジャージを着たまま。
窓の外から涼しい風。
夏に向けて準備をしてるような黒い夜空だった。
「ねーまきちゃん」
「んー?」
「今日はさ、いっぱい疲れたけどね、なんかさぁ、悪いものが全部出てったような感じ」
「ほんとう?」
嬉しくなって上半身だけ起き上がってゆうちゃんの顔を見る。
ゆうちゃんがいつも疲れたなって言うたび、無理させてるんじゃないかなって不安になっていたから。
ゆうちゃんは寝転んだまま目を閉じて微笑んでいた。
ほんとだよって優しい声で言いながら。
ゆうちゃんの腕が伸びてくる。
今度は真正面からゆうちゃんに抱きついた。
そのまま抱き合って眠った。
起きると、ゆうちゃんはまだ寝ている。
時々うなされるので擦ってみる。
そうするとまたゆっくり眠れるようでほっとした。
そんな風に過ごしていると、そろそろ帰らなきゃいけない時間。
ゆうちゃんから借りていたジャージから私服に着替えようと身体を動かすと、寝ぼけながら抱きついてくる。
「まきちゃんどこいくの?いかないで…」
子どもみたいな寝起きの声でそんなことを言われると、どうしようもなくなってしまう。
「うん、もうしばらくこうしてようね」
そう言いながらゆっくりゆっくり頭を撫でていると、
「きょうかえったりしないで…」
って言いながらまた眠ってしまった。
でも、明日の朝からまた1週間が始まる。
私は何一つ準備をしてきていない。
帰らなくちゃ、いけない。
この年になって恥ずかしいことかもしれないけど、親が厳しいのもある。
うちの親は「婚前交渉絶対禁止!」「彼氏の家に行くなんてとんでもない!」っていうタイプなので。
時々は親に嘘をついて泊まるんだけど、今日はそれも無理そうな感じ。
隙を見てゆうちゃんの腕を抜けて服を着替えた。
「ゆうちゃん、」
ベッドで眠るゆうちゃんを擦って声をかける。ゆうちゃんの身体がすごい勢いでビクビクって痙攣した。
「わっ!大丈夫?」
思わずベッドに上がって抱きしめた。
しばらくして痙攣が止まると、抱き締め返してくれた。
「まきちゃんかえらないで…おねがい」
「ごめん、今日は帰るよ」
「なんで?なんでかえるの?」
ゆうちゃんは混乱してるみたい。
「やだ…ひとりは嫌だ…嫌だ…」
目を瞑ってうわ言のように繰り返す。
一度起き上がって服を直して、もういちどゆうちゃんの胸に頬を寄せた。
このまま「仕方ないなー」って笑って一緒に眠ったら、ゆうちゃんはきっと笑ってくれるんだろうな。
もし、私が何物からも自由なら。
もう昼って言ってもいいくらいの時間に起きて、寝起きにセックスしたりして、ふたりで歯を磨いて、「今日も気持ちいい天気だねー」とか言いながら冷蔵庫を覗いて、ぎゃー!何もない!とか笑いながらふたりでお買い物に行って、大騒ぎしながら昼ごはんを作って、場合によっては些細なことで喧嘩したりして。
あぁ、そんな風に明日を過ごしたい。
そしてそれは、しようと思えば不可能って訳でもない。
親に電話をかけて嘘を重ねて言い訳をして、明日は休んでしまう。
親はきっとものすごい勢いで怒るだろう。私に失望もするだろう。
でもきっと、いつかは許してくれる。
そんな甘さもある家族。
逆に、そんな簡単な幸せを手放してまで営む人並みの生活ってなんだろう、とまで思えた。
それでもそうすれば、そんなことを繰り返していれば、人生の膠着状態から来るある種の焦燥感はずっと私の中に張り付いて離れなくなるんだろう。もう何年もずっとずっとそれは私と共にあった。やっとそれが薄れてきたところなんだ。
今はまだ、動かすために必死にならなければならない。人よりずっと遅いんだから。
「ゆうちゃん、あのさ、」
ゆうちゃんの胸の上で口を開く。
「………なに?」
泣いてるみたいな声でゆうちゃんが言うから、思わず頭を上げてゆうちゃんを見た。
泣いてはいない、けど、眉間にはものすごく深いシワが寄っていた。泣いてないのに、泣いてるみたいな顔。
「ゆうちゃん、あの、あの…」
何から言えばいいか分からなくて、意味のない言葉を口にのせていた。
ゆうちゃんの眉間のシワが、より一層深くなっていく。
「まきちゃん、なに?怖いよ…。
嫌な話、聞きたくない、怖いよ…」
その言葉で踏ん切りがついた。
ゆうちゃんを怖がらせているのは、私だ。
「ね、ゆうちゃん、お金がたまったら、嬉しいと思わない?」
口をついてでたのは自分でも意外な一言だった。自分でもこのタイミングでなんでこんなことを言ったのか分からなくなる。
でも、これに続いていく言葉はわかっている気がした。
私が伝えたいこと。
「う、うん…。嬉しいよ」
目を閉じたまま、ゆうちゃんが困惑気味に返事をする。そりゃ困惑もするだろう。
でも、あれほど深かった眉間のシワが消えている。
「お金がたまってさ、私が親にお金返してさ、」
私は親に借金がある。
大学の学費。
だからいま家を出るわけにはいかない。
「そんで自由になったら、その…い、一緒にく、暮らし…」
行ってて恥ずかしくなってきて、だんだん声が小さくなる。涙まで出てきた。
「…暮らしたり、しようね」
涙でぼやけてるけど、ゆうちゃんが目を開けてこちらを見ているのが分かる。
びっくりしたのかワンテンポ遅れてえへへーって笑って、ぎゅーって抱きしめてくれた。
「まきちゃんさ、なんか怖いこと言うんだと思ったよー。あんまり会えなくなるとかさ!お腹がきゅーってなっちゃったよ!」
そんな風に笑ってくれるから、涙が止まらない。
「私だって帰りたくないよー」
ってなぜか的はずれなことを言って泣いていた。
「まきちゃんも帰りたくないんだねー。
いいこいいこ」
そう言って頭を撫でながら私の耳に口を寄せてないしょ話みたいに、
「じゃあ帰らなきゃいいよ!」
ってまた言ってて、思わず私も笑った。
そのあとは駅まで送ってくれた。
薄着で帰ろうとする私に、パーカーを貸してくれる。
「大丈夫かな?私服と合ってる?」
って聞くと、
「今からは帰るだけなんだから!風邪引かないほうが大事なの!」
ってお母さんみたいなこと言ってて笑えた。優しいひと。
帰り道は手を繋いだ。
大雨だったお昼とはうってかわって夜空がきれい。
涼しい風が吹いていく。
ふたりで笑いながら歩いた。
私はこうして生きていこう、ってそのとき強く思った。
一緒に暮らそう
そう言っただけだけど、私にとってはプロポーズくらいの気持ちだった。
考えてみれば、ものすごく独りよがりな言葉でもある。
ゆうちゃんの状況なんか完全無視で、お金がたまったら一緒に暮らそう、だなんて。
でもいいんだ。
私の気持ちはこうだよ、って伝えられてよかったし、私ももう大人だ。
大人になったんだから、一番好きなひとの手をとって、ふたりで一緒に暮らしたい。
大人になったんだから、それくらいのわがままを言ったっていい。
そのためには、今頑張らなきゃいけないのかって少し気が重くなったんだけど、それくらいの重さが逆に心地よかった。
少し位の重みがなきゃ、すぐに私はふらふらサボっちゃうから。
思い込まず、
思い詰めず、
明るく、軽やかに。
自分にはそう言い聞かせてゆうちゃんには押し付けないように。
そうやって暮らしていきたいなぁって、帰り道、ゆうちゃんと他愛ないことを喋りながら考えていた。
ハネモノ
作詞作曲/草野正宗