壊れてしまった訳ではない。
だって、ほら…頬に触れれば彼女の瞳は困ったように揺れ、俯いていた顔を上げて私を映して下さるから。
しかし逸そ壊れてしまえばよかったのではないだろうか。
その瞳を見つめながら思う。
彼女が心を許したただ一人の人、誰も彼女には伝えないが、その人が故人となった事を彼女は本能的に感じとっているようだから。
しかし、悲しむに悲しめない事情を彼女は抱えている。
なにもかも忘れてしまわれていたのだ、卯良島から戻った時には。そのたった一人に関する全ての出来事を。その事だけを。
彼女が流す涙は、その人の死を悼む事が出来ないのだ。
その涙が表せるのははっきりと欠けてしまっている出来事そのものに対してだけ。整然と並んでいる筈の記憶がその部分でのみ流れが乱れている事からくる違和感と、その違和感から生まれる喪失感からくる悲しみに対してだけだった。言葉で総じるならば《失ってしまった》事に対してだけだったのだ。
だからなのか、彼女はその人との出来事を失ってしまった悲しみにだけ涙を流す日々を嫌ってか、最近ではもう涙を見せなくなっていた。本当は泣きたいに違いないのに、堪えているようだった。
しかしその姿は、欠けた穴から入り込む諸々に傷付き続けるその心を涙で以て浄化してしまったらもう二度と感情さえ喚起されなくなる、と…完全に自身の内からその人が消えてしまう事を恐れているように私には映る。……そんな悲しい彼女の姿を見て、とても…とても羨ましいと思ってしまった。
彼女と月日を重ねた私よりも彼女の心を癒し、そして捕まえてしまったその人が羨ましい、と。
そして最期を迎えた後にまで彼女をこんなにも壊してしまうくらいに強く想われているその人が、羨ましい、と。
こんな思考回路を持っているのだから、彼女に手が届かなかったという結末は当然のものだったのだろうか?
「梢子さん、ご飯はきちんと食べて下さい。我が家の料理長が泣いてしまいます」
「……ごめん、綾代。でも、ごめん」
「点滴だけでは元気になれませんよ?百子ちゃんにまた怒鳴り込まれてしまいますけど、よろしいんですか?」
「それは、ちょっと困るわね…。綾代の家にこれ以上迷惑かけたら本当申し訳ないし」
「そう思ってくださるのでしたら少しでも食べてください、ほら、今日は茶粥ですよ」
「………うん」
‐※‐※‐※‐
あなたの形の心の隙間の後日談捏造。
若干ノルマを早くこなせたのでプチ生産。こうしてると段々本家で更新しなくなるから少しは自重しないとな…。
とりあえず体調不良気味な梢子さんは何故か綾代家でお世話されてるよ、な図。
ヤスオサ←綾ですね。
しかしやっぱり本家に置いた烏桂より書きやすいなアオイシロ。アカよりアオ派だな自分、と再認識しました。なぜアオは評判アカより劣るのか解らん。どっちもかなり楽しいのに。
さぁ寝よう明日は一限からよ!
そして教室に置き去りにしてきてしまったUSBを回収するのも忘れないようにしなければ。どんだけボッとしてるんだよ俺馬鹿じゃないのあれだけ大切なものを。……無事に事務の方に届いてたらいいな。