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毒針エルボードロップ01

突発S S 










神様仏様、もう誰でもいい。隣のおっさんでもいい。誰か今俺のケツを触っているこの変態野郎に鉄槌を下してくれ。いっそ隕石落としてくれ!ファック!!!


通学途中の電車内で、現在進行形に痴漢の被害に合っている山瀬少年は、怒りに燃えていた。しかし、何より腹立たしいのは「やめろ」と言えない自分自身である。
男の自分が男に痴漢をされているという事実を周りの乗客に知られるのも耐え難いし、恐怖心もある。相手が逆上して暴れられたら、体の小さな自分では敵わない。どうせ俺はすぐ降りるし、あと少し我慢すれば…と、これまでに何度も被害に合っている山瀬少年は、いつも通り諦める算段をしていた。すると、真後ろでガン!ガンッ!という鈍い音が響いた。

「ぶっ!ウッ!!」


頭上から降り注いだ男の呻き声に山瀬少年が振り向くと、のけ反っているスーツの男性と、その横で文庫本をフルスイングしているやけに長身の少年が視界に入る。状況が掴めず、山瀬少年はあっイケメンが居る!というよくわからない感想を抱いていた。

「き、きみ、いきなり何を」


スーツの男性が頭と鼻を押さえながら長身の少年に訴えると、少年は文庫本を持つ手をサッとバッティング姿勢に構えた。どうやら男性は、少年に文庫本の角で頭と鼻を殴られたらしい。男性が頭と鼻を押さえたことにより、尻を触られている感触から解放された山瀬少年は、「痴漢=スーツ、武器=文庫本、助けてくれた=イケメン」という算式を頭の中で組み立てていた。

『桜ヶ丘です。お降りの際は……』


そのとき、減速していた電車がガタン、と音を立て停車した。すると、ドアが開くとともに、痴漢は他の乗客を押し退け駅のホームへと飛び出した。

「あっ!」


慌てて後を追おうとした少年だったが、いささか乗客を押し退けるのは気が引ける。そうこうしているうちに、痴漢の姿はあっという間に見えなくなってしまった。山瀬少年はと言えば、突然のイケメン登場により、何だか毒気を抜かれた心地で、自らも降車駅である桜ヶ丘で電車を後にした。
ふと隣を見ると、先ほどの少年も車内から押し出されるようにして下車していた。というか、よく見れば少年と山瀬少年は同じ制服を着ていた。

「あの、ありが…」

「あの、逃がし…」


お互いが同じ制服を着ていることを同時に確認した二人は、これまた同時に口を開いたが、その全身をはっきりと視界に入れた途端に言葉を失う。それもまた同時だった。端的に言えば、山瀬少年は女子用の制服を纏う少年に絶句していたし、少年は男子用の制服を纏う山瀬少年に絶句していた。お互いがお互いの性別を誤認識していたのだ。
なんてこった、と山瀬少年は思った。スカート姿を見れば、自分と同じ高校生男子にしては声が高いし、目の前のやたらイケメンな少年は少女なのだとわかる。正直「チクショウ身長寄越せ」等と考えたが、そんなことより、男子の自分が女子に助けられてしまった。この女子は自分のことも女子だと思って助けてくれたのだろうが、このズボン姿を見れば自分が男子だと気付いただろう。
山瀬少年の頭の中は、どうしよう恥ずかしい馬鹿にされる、という気持ちでいっぱいだった。

「…あ、あの」


俯いた山瀬少年の遥か頭上から、少女にしては低い声が降り注ぐ。その声は心なしか震えていた。

「さっきの…捕まえられなくてごめんなさい…あの、こ、怖くて…」

「…あ、」


当たり前だ。男の自分だって怯えていたのに、女の子ならもっと怖かったはずだ。…体は彼女の方がずいぶん大きいが、そんな問題ではない。

「…いや、ありがとう。ごめん、俺がびびってたから…」

「あ、あんなことされたら、誰だって怖いです。あなたは悪くないんだから、謝らないで」


あ、こいつ多分いいやつだ、と山瀬少年は思った。

「え、駅員さんに言った方がいいのかな。その…嫌だったら、私がされたことにすれば…」


でもこんなでかい女じゃ説得力ないかな、と少し悲しそうに笑った声に、山瀬少年は顔を上げる。こいつ絶対いいやつだ。確かに女っぽくはないけど、高校で可愛いと言われているケバくてうるさいだけの女より、良いと思った。名前も知らない彼女のことを、なんだかすごく良いと思ってしまったのだ。

「…ありがとう、本当に。大丈夫、ちゃんと駅員に伝える」

「…大丈夫?」

「うん。…ただ、一緒にきてもらってもいいかな」


もちろん、と笑ったその優しい瞳をみて、山瀬少年は自宅で飼っている大型犬を思い出した。
駅員室へ向かう道中、彼女は越してきたばかりで、山瀬少年と同じ高校に転校したのだと聞いた。今日が登校初日だと聞いた山瀬少年は、彼女が自分のクラスに転入したらいいなとぼんやり考えていた。




時は4月。
後に「伝説の凸凹コンビ」と言われる、世にも少女的な少年と、世にも少年的な少女との出会いであった。





毒針エルボードロップ01



(まさか本当に同じクラスだなんて)


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