※突発SS
薄型テレビから流れるワイドショーの映像と音声にまどろむ平日の午後。
こうして三波の部屋でだらだらしていると、俺たちは高校生で今は学校に行っているべき時間なのだということを忘れそうになる。ていうかこんな奴らが税金使って学生やってるなんて、いよいよ日本も終わってる。
「…お前、なにそれ」
「ん?」
「それ。足。アザ?」
「…ああ」
隣に投げ出された三波の嫌に白い足に、どす黒く変色したアザを見つけた。よく見れば捲り上げたカッターシャツから覗く腕にもいくつか同じようなアザがある。
「カレシ」
「…なんかされたのか?」
「あいつ超Sだからさあ」
傷んだ金髪を掻き上げながら笑う三波は、悪くない外見にその軽さも手伝って、付き合う相手がころころと替わる。付き合っていると言っても、その内容は毎回会ってセックスしてバイバイという、いわゆるセフレなわけだけど。しかもお互いに恋愛感情など欠片も無いのだという。なんじゃそりゃ。
「いつも思うんだけどさあ」
「うん」
「なんで好きでもない相手とセックスできんの?」
「……」
無表情で黙り込む三波を見て、あ、やべえ怒ったかなと思った。まあ怒った三波なんて見たことないからわかんねーけど。
俺は常々疑問に思っていた。セックスは恋人とか好きな奴とするもんなんじゃねーの。セフレにしたって、女にしたらそれなりに好きな奴を相手に選ぶもんだろ。恋愛感情の絡まないセックスなんて、商売じゃあるまいし。
「確かに謎だよね。あたしお金貰ってるわけじゃないし、セックスて好きな人とするもんなんだろーし」
まるで俺の思考を読んだように淡々と話す三波に適当な相槌を返した。
「でもあたしさあ、好きな人とセックスとか無理なのね。逆に。」
「…はあ?」
体を起こし、寝そべっていつもの虚ろな笑みを浮かべる三波を見下ろす。
「好きな人とはできねーの?逆に?」
「逆に。だってセックスとかさあ、きたねーじゃん」
「…まあ、きれーではないよな」
毎度のことながら、三波はやはり一般とは感覚が違うと思った。だって普通は、
「…ああ、ほらこれ。これが意味わからん」
そう言った三波のしらけた視線を辿れば、テレビから流れるワイドショーの「十代の性」という特集の中で紹介される頭の悪そうな女子高生のコメント。
『やっぱりい、愛のあるセックスが一番てゆうかあ……』
「ねえ高瀬、セックスに愛なんて伴うと思うー?」
「…あー…」
「セックスは欲望でしょ。愛情とは別じゃん」
普通は好きな相手と「愛のあるセックス」をするもんだと思うんだわ、俺も。だけど、これでも一年近くこいつと関わりのある俺は、三波の言わんとすることがわかった。何となく。
「なんかさあ、どんなに好きな相手でも、突っ込まれた瞬間冷める気がすんだよね。だから好きな人とはセックスできねーの」
「…それ、普通の付き合いとかできねーじゃん」
「だね。セックスレス縛りとかレベル高いよね」
あくまで淡々と語る三波に、何て返せばいいのかわかんねえ。でも、とかなんで、とか色々言いたいことはあるのに。
そんな心を読んだように、口を噤む俺を見て虚ろな笑みの三波が口を開いた。
「多分さあ、あたしがセックスをただの性欲を吐き出す為の超しょーもないこととして見てんだよ。だから、好きな男にそんなことされたら、あーあたしその程度の女かって思って悲しくなんの」
そういうこと。わかる?って感じで三波は俺を見る。
こいつは勉強も出来るし馬鹿じゃない。だったら、分かってるはずだろ。
「…だから好きな奴とせずにどうでもいい奴とセックスするってのもどーかとは思うけど。セックスのリスクでかいのは女だろ」
「確かにー!」
そう言って三波は乾いた笑い声を上げる。こいつの笑い方はいつも嘘臭い。
「もう一個理由述べんなら、あたしがあたしを貶めたいからってことかなあ」
「…なにそれ」
「自分のこと、誰とでもハメる汚くて馬鹿でしょーもないブタ、って思って安心してんだよあたし。ある意味ジショーコーイ?」
「……」
ああ全く。こんなに近くに居るのに、なんで三波はいつもこんなにも遠いんだろうか。
こいつと関わりを持って、毎日を一緒に過ごすようになって一年近くが経つが、正直三波の思考に関しては理解できないことの方が多い。
でも無理に理解しようとは思わないし、三波の自傷行為とやらを止めるつもりもない。俺って冷たいのかもなんて自嘲気味に笑うけど三波はそんなこと求めてないだろうし、こいつ自身全く悲観的でないのだからそれでいいんじゃないのか。なんて、現代の若者にありがちな曖昧な考え方だろうか。
「多分さあ、妊娠とか病気とか、痛い目みるまでやめらんないんだろーね、あたし」
三波はまるで他人事のように、興味なさそうに痛んだ金髪をいじりながら呟いた。
「…痛い目見る前に、やめれると良いな。そういうお前みたくねーし」
確かに本心なんだけど、ちょっとクサかっただろうか。自分で言っといてかなり恥ずかしくなった。やべっ。
ああほら、三波もポカーンて顔で俺を見てるし。
「…はは。あんたのそーいうとこ好きだよあたし」
「…そりゃどーも」
そう言って笑った三波の笑顔は、いつもの虚ろな笑みとは少し違って。ていうかあれ、なんかお前顔近くね?
「…」
「あたし、あんたとはセックス出来ないなあ」
三波にとって最大級の愛の告白と何度目かのキスを受け取って、なんとも言えない気持ちになった。なんだ?俺は三波と、愛のあるセックスってやつがしたいのだろうか?
こうして毎日一緒に居るってことはお互いのこと好きなんだろうけど、それが恋愛感情かって言うとよくわからない。
でもまあ好きな奴に好きだって言われてんだしこれからもこうして居られるみたいだからまあいっか。なんて、現代の若者にありがちな曖昧な考え方だろうか。
「…そりゃどーも」
まあ何でもいーや。だって三波笑ってっし、俺もなんだか笑顔になっちゃってるしね。
そこに愛はあるか