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NIGHT IS OVER

※突発SS
















臭い、とカジは思った。

自分の躯が、腰に差した愛刀が、生臭い血の臭いを放つ。徐に左手を自らの鼻先に持っていく。やはり臭い。どす黒い、汚らしい血の臭いがする。ふと、無感情な微笑がカジの頬に浮かんだ。

「お帰り、カジ」
「…ただいま先生」


カジにお帰りと声を掛けた男は、コートの下から覗くカジの躯を一瞥して、悲しそうな瞳をした。カジはそんな男に困ったような笑い顔を向ける。

「臭いだろ。シャワーを浴びてくるよ。…それと、これ」
「カジ。…お前の血じゃ、ないよね?」


すれ違い様、カジは先生と呼んだ男の胸に押し付けるようにして厚めの茶封筒を渡した。男の問いかけに、また困ったように笑いながら「私のじゃ、ないよ」と小さな声で返す。
カジがコートの中身を隠すようにして足早に入っていく古ぼけた建物には、「ジェンナー孤児院」という表札がかかっていた。

男は去ってゆくカジの後ろ姿を見つめた後、手渡された茶封筒を開き、そこに入っていた分厚い紙幣の束を見て苦しげな溜め息を漏らした。




簡素なシャワー室に滑り込んだカジがコートを脱ぐと、べったりと血に濡れた黒いシャツとジーンズが現れた。先ほどよりも強い血の臭いに、顔をしかめる。
カジは忌々しげにシャツとジーンズを脱ぎ捨て、手早く下着も外すと、熱い湯の注ぐ下に裸体を晒した。

「…嫌になるね、全く」


そうひとりごちたカジの躯には、無数の傷痕が刻まれていた。



シャワーを済ませたカジは、適当に洗ったシャツとジーンズを片手に中庭に向かう。そこには、粗末な造りの遊具で楽しげに遊ぶ子ども達が居た。
カジは、まるで太陽でも見るかのように、眩しそうに目を細めて子ども達を見つめる。しばらくそうしていると、背後から「お帰り、カジ」と声をかけられた。

「…ただいま、ヴェルヴェット。よく分かったね」
「先生が教えてくれたの。今回のお仕事はどうだった?」


カジは、小さな少女の肩を抱いて優しく抱き寄せる。カツン、と杖を鳴らしながらヴェルヴェットは「ありがとう」と愛らしく微笑んだ。

「ペンキ塗りの仕事はなかなかハードだったよ」困ったように笑いながら、カジは小さく呟いた。
「ペンキ?…ああ、それで変わったにおいがするのね」
「…におう?ごめんよ、ヴェルヴェット」


笑いを引っ込めたカジは、肩を抱いたまま少女と少し距離を取る。カジの変化を感じとったヴェルヴェットは、その何も映さない瞳を不安げに瞬いた。

「…ねえカジ、また街の話を聞かせて」
「ヴェルヴェットはそればかりだな。…街は汚くて煩いよ。ここのほうが、ずっと良い。ずっとね」
「でも、私は街に行ったことがないんだもの。興味があるわ」


仕方ない、といった笑みを零すカジは、「洗濯物を干したらね」とヴェルヴェットに約束し、少女をベンチに腰掛けさせる。

「ああ、私の目が見えたらな。そうしたらカジのように、どこへだって行けるのに」


少女がつまらなそうに頬を膨らます。盲目の少女を無感情な瞳で見つめながら、東洋の言葉でカジが呟いた。

「…お前のように生まれていたなら、私はこんな人間にならなくて済んだのかもね」
「…え?」
「何でもないよ」
「知らない言葉だったわ。…カジが来た国の言葉?」


「秘密」と茶化すように答えて、カジは洗濯物を抱えて歩き出した。背後では、「いじわる!」と言うヴェルヴェットの抗議の声が聞こえる。

下らないな、とカジは思った。もう、数え切れないほど人を殺した。それで金を貰って飯を食べている。生きるために人を殺す。そんな生活をもう何年もしている。
本当は、この手であの少女に触れることすら躊躇うというのに。

「…今さら、どうしようもないのにな」


全く嫌になる。
洗濯はあまり意味がなかったようだ。血の染みがうっすらと残るジーンズを物干しに引っ掛けながら、しかし次の仕事の際に使えば良いとカジは考えた。

シャツの皺を伸ばす手を止めて、ふとヴェルヴェットを振り返る。つまらなそうにベンチに腰掛ける少女を見つめながらカジは思う。



もし、お前の父親を殺したのが私だと告げたら、あの少女はどうするのだろうか。
何も写さないあの愛らしい瞳から涙でも零すのだろうか。あの杖で私を殴るだろうか。いっそのこと、殺してくれたら良い。

私を殺してくれたら良い。
あの少女なら、それが出来る気がした。



ジプシー・サンディー


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