今年最後の練習の後、いつもはマネージャーが磨いているボールをみんなで磨こうと提案したのは円堂だった。
それから、部室の大掃除をしようとも。
お世話になったしさ、この部室にも、と、へへと笑う顔に帰り支度を始めていた誰もが異を唱えることなく従った。
部室にも毎日使う道具にも、愛着があるのは皆同じなのだ。
そして、しっかり者の木野が指示を出し、男子全員で力仕事と大掃除、手の余ったものはボール磨き、という分担がなされた。
「今年ももう終わりかあ」
「はやいもんだな、振り返ってみると」
「いろいろあったんだけど、全部大昔のことみたいだよな」
すっかり日常を取り戻したここしばらくは、元の雷門の仲間でただ元気に楽しく一生懸命、ボールを追いかけていた。
それがどれだけ貴重で大切な時間なのか、実感せずにはいられない。
思い出話に耽りながら、和気靄々とめいめいが各自の作業をする中で、染岡は自分の作業を終えてやれやれと伸びをした。
「木野、こっち終わったぞ」
「あ、ありがとう染岡くん」
「次は?何するんだ?」
「こっちはもう大丈夫だから、ボール磨き、手伝ってくれる?」
おう、と返して、外でボール磨きをしている連中の所に足を向ける。
輪になってボールかごを囲んでいるメンツのうちに、豪炎寺の姿を見つけて染岡はその隣に腰をおろした。
お疲れさん、声をかけると、ああ、とだけ返事が返る。
わいわいと話す周りに頷きと小さな微笑みだけを返して耳を傾けている豪炎寺は、どこか嬉しそうに見える。
そういう姿は多少珍しい気がして、染岡は気になった。
けれど、何かいいことでもあったのかと聞き出すのは野暮な気がする。
だから、口に出したのはごく一般的な世間話の類だ。
「お前年末は?どこか行くのか」
「ああ、久しぶりに家族で親戚の家に、正月まで。夕香も動けるようになったしな」
「そうか、そりゃよかった」
それだけで豪炎寺の機嫌の良さの元が知れて、そうかと染岡は納得した。
本当に嬉しいんだろう、愛する妹とそろって出かけられることが。
去年の今頃、彼女は病院のベッドの上、豪炎寺はそのときどうしていたのだろう。
きっと、ひとりではなかったかもしれないが、それでも寂しい思いを抱えて蹲っていたに違いない。
苦しさや辛さを他人に口に出さない彼だからこそ、ひとりで耐えていた。
では新年一番に会うことはないのだと、僅かばかり胸に寂寥の風も同時に吹いたものの、豪炎寺が嬉しそうにしているのだからそんなことはおくびにも出せない。
豪炎寺の苦しんだことを知っているからこそ、今年の彼の境遇を祝ってやるべきだ。
自分の思惑など、彼の幸福の前には何の問題にもならない。
部員の自由参加を募った元旦の初詣に一緒に行けないくらい、たいした問題ではない、のだ。
多少複雑になった胸の内をごまかすようにボールを磨く手を動かした。
豪炎寺がそれを見てか、呆れたように笑った。
「力、入れすぎだ、染岡」
「いいんだよ。一年分の汚れと傷だからな」
ちゃんと労ってやりたい。
付いた傷が、なくなるわけではないけれど、傷ついた分、きちんと労って、それから新しい年を迎えたいじゃないか。
それはボールに対してだけではないのだけれど。
「お前らしい」
お前がそうやって笑うなら、それだけでいいと思うんだ。
「……染岡」
「ああ?」
「今年一年、世話になったな」
「そりゃ、お互い様だな」
自分が自発的に世話と呼べる行為を彼に対してしたのかと問われれば自身で首を傾げたくなるが、まあ、単純に共に過ごした時間を指して言っているだけだろう。
たくさんの時間を、仲間と共に、豪炎寺と共に過ごした。
様々な出来事があって、それは必ずしもよいものばかりではなかったが、今ここにいる自分達は、紛れもなくその時間の中で培われた。
感謝したい、共にあれたことを。
そして、願わくは、来年も変わらず傍にいられるように、
「…来年も、」
「うん?」
「よろしくな」
「…ああ」
そうだなと頷いて、それから、よろしくなと豪炎寺が笑った。
みなさま、よいお年を!
2009.12.30