両親がでかけてしまう週末を利用して、従兄の修也が泊まりに来ていた。
夕食を終えて片付けを済ませて、俺はダイニングの椅子に腰かけてお茶を入れて啜っていた。
洗い物くらいはするというから修也に任せて、流しに向かう背中を眺めているとちょっと幸せな気分になる。
お互いにそれぞれの生活が忙しいから、なかなか二人きりで過ごすなんてできないんだ。
さて、明日はいつもの例にもれずサッカーをして、ちょっと買い物にも出かけて、と、翌日の予定を頭の中で考える。
晴れるといいけどな、と、窓の外に目を向けると、ちらちらと白いものが夜の景色に浮かんでいる。
「修也、雪だ」
ちょうど修也は洗い物を終えて、手を拭いてこちらにやってきたところだった。
「初雪だな」
呟いて窓の上枠に手をかけて覗き見る修也の肩越しに、立ち上がった俺も窓を覗き込む。
暗くてよくは見えないけれど、降り始めたばかりらしい雪はまだ積もるには至っていない。
他の家の窓明かりに照らされてぼんやり浮かび上がる白が、ふわふわと揺れている。
「積もるかな」
子どもでもあるまいに、一瞬期待感が胸をよぎったのは修也には秘密だ。
修也の肩に顎を乗せると、こら、と額を叩かれた。
「数年に一度の大寒波らしいけど。どうかな」
付けっ放しのテレビからは、大雪に注意、なんてニュースをやっているけれど、都市圏のここでは積もっても数センチ。
明日出かけるには、大した支障にもならないだろう。
と、思っていたのに。
『数年ぶりの積雪に見舞われて、首都の交通網は大打撃を受けています!』
真っ白の景色の中、野次馬の子どもがちらつくテレビ画面の中で、レポーターがもこもこのダウンジャケットに着ぶくれてそんなことを言っている。
分厚い遮光カーテンを開けると、どんよりと黒い雲。
だけど、積もった雪の白さでか、世界はどこか明るく見える。
修也と向かい合って、昨日作り置いておいた味噌汁を啜りながら、卵焼きを摘んだ修也の箸の使い方が相変わらず綺麗だな、なんて、呆れられそうな
ことを考えた。
一方修也の方は、俺のひそかな感慨なんて思いもよらない。
食事を終えると窓の外を気にしている。
『ご覧ください、久々の積雪に、子どもたちは大喜びで遊んでいます』
画面の中ではマイクを向けられた小さな男の子が、雪の玉を抱えてにこりと笑っている。
ゆきであそべてうれしい、少々舌ったらずな口調での答えが画面いっぱいに映り込んで、そちらに目線を向けた修也が微笑んだ。
夕香を思い出しているんだろう。
もう従姉の夕香はこんなに小さくないけれど、面倒見のいいところのある修也は基本的に年下に優しい。
男の子を見て和む修也を見て、俺が和んで、それからひとつ、提案をした。
「外、行く?」
「何するんだ?」
こんな雪の中、と指し示す窓の外、いまだに雪は降り続いているのだ。
雪国の人たちからすれば微々たるものなんだろうけれど、この辺りで暮らす人間にとっては大雪の部類に入る。
「えぇと、」
サッカーをしようにも、この分では近くのグラウンドも雪にまみれて真っ白だろう。
そして、ちょっと動けば今度は溶けた雪が土と混じって一気にどろどろだ。
「……雪だるま、作ろうか」
ちっちゃい頃、一度大雪が降ったことがあって、その時も遊んだなあと思い出したのだ。
田舎のばあちゃん家で雪まみれになって、転がりまわって遊んだ記憶。
まだまだ小さかった夕香を抱いて、窓越しに修也のおばさんが見えた。
ぶんぶんと手を振る俺たちに、優しい笑顔でおばさんが手を振って、それから夕香の手をもって振ってくれた。
夕香に見せてやりたくて、大きな大きな雪だるまを作ることにした。
手近な雪を小さく丸くこねて、毛糸の手袋でぺしぺしと叩くと雪がしみて冷たかった。
じんじんする指先なんて、でもまったく気にならなくて、二人して雪玉を転がしながら大きなふたつにした。
修也がほんの少し大き目に作ったから、その上に俺のを乗せて、完成。
窓辺に手を振ると、小さな夕香がぱちぱちと手を叩くのが見えて、とにかく嬉しくなって、修也と二人でおでこをくっつけあって喜んだ。
懐かしい記憶が、どんどん蘇ってきて、俺はいてもたってもいられなくなる。
「外、行こう」
誘うと言うよりはもう強引に連れ出す勢いで修也の腕を引っ張ると、仕方ないなと修也の眉が下がって、それからいいよと頷いた。
テレビ局のレポーターみたいにもこもこに俺たちも着ぶくれて、マフラーをぐるぐる巻きにして外に出る。
止むことなく降り続ける雪に手をかざして、子どもみたいだなとまた呆れられた。
そうかも。
俺は修也といるとついつい昔に戻ったみたいな心持ちになる。
でも、それだけ、優しくてあったかい思い出がいっぱいあるってこと。
「たまには、修也だっていいんだぞ?」
子どもに帰っても。
雪に大喜びして、飛んで跳ねて転がりまわって、それからおでこをくっつけあって楽しさを共有するんだ。
大人びた修也がそんなの見せられるの、だって俺しかいないだろう?
「……そうだな、たまには、な」
嬉しくなって修也の手を取る。
ごつんと額をぶつけると、勢い余ってなかなかの痛みだった。
「バカ、痛い」
苦笑する修也は、でも、俺の額を跳ね除けない。
くしゃりと笑う顔が、いつもの大人びた雰囲気を消して、俺はそれが嬉しかった。
修也のこんな顔を見れるのは、多分、俺だけなんだから。
シノブさん、ありがとうございました^^
Merry X'mas!!
2011.12.25