怪人の脅威がなくなったことで、平和になったのはいいのだが。思わぬところでかなりの影響を受けていたのが、裏で動いていた怪人専門の特殊請負人(通称・執行人)の憐鶴(れんかく)達3人。
開店休業もいいところで暇に暇をもて余していた。
ゼノク・請負人の地下本拠地。苗代と赤羽がめちゃくちゃ暇そうにしてる。
「ひ〜ま〜だ〜…」
赤羽はぐでーっと机に突っ伏してる。
「依頼が来なくなったのは平和ってことだろうけど、複雑すぎる…」
苗代は近くにいる憐鶴を見た。彼女は淡々とPCをいじってる。依頼が来てないかチェックしてんのかなぁ…。
憐鶴も悩んでいた。平和になった所で、この怪人専門の執行人を続けていいものなのかと。
苗代は憐鶴に声を掛けた。
「憐鶴さん、そろそろお昼にしましょうよ〜。俺達開店休業状態だけどさ、憐鶴さんについていきますから…」
苗代と赤羽とはなんだかんだ付き合いが長い。
「ありがとね。そうですよね、そろそろお昼にしましょうか」
憐鶴は地下を出ようとした。2人は驚く。
「れ…憐鶴さん!?上で食べるんですか!?」
「ずっと引きこもっているわけにもいかないでしょ。私達にも出来ることはあるはず…たぶん。
それに今日は紀柳院さんと時任さん・桐谷さんが来ますからね」
「時任って…眞(まこと)の妹か?」
赤羽、眞を知っている模様。season2最終回以降、いちかの兄の眞はゼノク職員になっている。
ゼノク・食堂。ここは職員・隊員・入居者共同なので広々している。
憐鶴達3人は黒い組織の制服姿なので目立つが、ゼノクの人達は気にしていないようだ。
彼女が地上で食事する回数も少しずつ増えている。昼ごはんだけは時々食堂に行くようになった。
憐鶴はヘルシー系のメニューにすることが多い。
この日は五穀米と野菜たっぷりのプレートにした。スープ付きの定食なのだが、見た目は農園カフェのランチにしか見えない。
ゼノクの側には畑があり、仕入れは農家と契約している。なので野菜は地場産で新鮮。
ゼノク内の食堂はゼルフェノアの他の施設とは違い、夕方も営業。
ここでは晩ごはんも提供しているわけだ。自炊したい人は居住区に戻ったりもする。これは入居者も同じ。
もちろん、持ち込みも可。ただゼノクの近くには施設の外に気軽にランチ出来る場所がないのがネック。ゼノクの立地上、山あいの田舎町というのもあるが。コンビニは近くにある。
苗代と赤羽はがっつり系のメニューにしていた。
「ここのメシ、美味いよな〜。肉がジューシーでさ。野菜シャキシャキ」
赤羽は唐揚げ定食を食べている。
「組織の人間は少し安いんだっけ。組織割ってやつ」
「2割引って聞いたぞ」
「2割はでかいわ…」
昼時のピークを過ぎた頃に食堂に来ていたせいか、空いていた。そこに眞と七美が来た。
「七美、食事の時それ…どうすんだ?マスク外すの?」
眞、かなり心配そう。
七美は重度の怪人由来の後遺症の治療中。見た目は全身タイツのようなゼノクスーツ姿のため、顔が一切見えない。スーツの上からウィッグを着けてるため、人前では脱げない感じ。
この日はクリーム色のスーツを着ていた。動くマネキン感が増している。
憐鶴達も思わずチラ見。
「まこっちゃん、この器具を着ければ食べれるから大丈夫だよ」
七美は透明な鼻と口を覆うような、呼吸器型のものを出した。
「これを装着するとスーツと同化してこのままでも一定時間、口の部分が開くの。匂いも感じるよ」
「誰が開発したんだこれ…」
眞は「えぇ…」という反応。
「まこっちゃんは知らないのか〜。蔦沼長官と西澤室長の共同開発だって聞いたよ」
ゼノクの謎技術を目の当たりにする眞。
2人はカウンターでオーダーすると、席についた。この食堂はセルフサービス。組織の食堂はだいたいセルフだが。
「その器具着けて食べれる時間はどれくらいなの?」
「んー、だいたい1時間くらいかな。食事用だからそれを想定してるんだよ」
七美は眞と一緒なせいか、嬉しそう。顔は見えなくても声でわかる。
憐鶴達3人はどこか複雑に。今現在、ゼノクにいる入居者は重度の人ばかり。
3人は食事を終えると、返却口にトレーを返して食堂を出た。
一方、眞は七美のトレーを持ってきた。七美はスーツの性質上、視界が狭いため持ってくるのはほとんど眞の役目。七美は例の器具を装着、するとスーツと同化し口の部分が開いた。
「まこっちゃん、食事中のこの姿にそのうち慣れるから。口だけ開いてるから化け物感あるけど、仕方ないよ」
「う、うん…」
七美からしたらこれが普通なんだよなぁ…。あいつ、人前ではスーツ脱げないし。
今日だっけ。いちかが来るのは。七美のこと…まだ話さなくていいかな。
「…どうしたの?」
七美は器用に食べている。
「いや…今日妹が来るんだよ。いちかがさ。七美のこと…話した方がいいかな」
眞は箸が進まない。
「別にいいよ。私達、付き合っているようなもんじゃない」
「形は違うけどな…。七美の素顔まだ見たことないし…」
「…私、このスーツに依存しているかもしれない。守られてる感じがするの。
インフォメーションにいる烏丸さんだってスーツ依存らしいじゃない…」
「烏丸」って、あぁインフォメーションにいたゼノクスーツ姿の職員か。インフォメーションには職員が2人いるが…烏丸って…。
午後。鼎達がやってきた。いちかは眞に会うため東館へ。
鼎は地下へ。憐鶴達に会うためだ。残された桐谷は1階、インフォメーション近くにいた。
桐谷は烏丸を知っていた。
「烏丸さん、お久しぶりです」
「桐谷さん…久しぶりですね」
烏丸はおどおどしている。彼女は白いゼノクスーツにウィッグを着けていた。制服は組織のものだが、どこか暑そうに見える。
ゼノクスーツ姿の職員はちらほらいるが、烏丸は明らかにゼノクスーツがないと業務に支障が出るレベルのもの。
「何も怖がらなくてもいいんですよ」
桐谷は優しく声を掛ける。
烏丸は桐谷に対してはそこそこ大丈夫らしい。顔見知りだからか?
桐谷は烏丸の素顔を知っていた。烏丸は桐谷の後輩に当たる。烏丸はなんだかんだあって現在ゼノクに在籍。元本部隊員だ。
烏丸はコミュニケーションが苦手。西澤の勧めでゼノクスーツを着たところ、なぜか彼女に合ったらしい。どうやら顔が相手に見えないことがプラスに働いたようで。
「き、桐谷先輩…」
「どうしました?」
「このスーツ姿でも私だとわかってくれて嬉しいです」
「声でわかりますよ」
彼女はうつむいている。
烏丸さんはなにやら色々あって、あのゼノクスーツ姿なんですよね…。本部にいた頃は明るい人だったのに…。スーツ依存するほどとは一体…。
ゼノク・地下。鼎は隠し通路のスライド壁がないことに気づく。
「必要なくなったのか…」
鼎は呟いた。
憐鶴の本拠地。以前よりも部屋が綺麗になっていた。明るいせいか、地下にいる感じがしない。
「…で、相談とは?」
「依頼がぱたりと来なくなりまして…。私達3人、執行人を続けるべきか悩んでいるんです」
「………平和なのは今だけかもしれないぞ。…忘れた頃に依頼が来るかもしれんだろうし。執行人は続けた方がいいだろうね。これは参考にしてくれ。決めるのはお前だろ?
室長から『例の話』を聞いた。先代執行人が立ち向かっても根絶出来なかった、巨大勢力のことだよ」
「先代について調べてますが、情報がなかなか見つからなくて…」
「巨大勢力は今倒す必要性はないだろう。政治家とズブズブになると厄介だからな」
「…え?」
憐鶴、初耳。
「解析班が調べてくれたよ。その巨大勢力…かなり厄介だ。今のところはおとなしいが、いつ動き始めるかはわからない。
まぁ…しばらくは大丈夫だろうがな。怪人が出現しない今なら逆に目立つからね」
憐鶴、少し安心するが巨大勢力の正体の一部が政治家と怪人が繋がっていると知り、先代がなぜ根絶出来なかったのか理解した。
人間態の怪人と政治家じゃあなぁ…。
ゼノク・東館ではいちかが眞と七美に会っていた。
「は、はじめましてです。時任いちかです」
いちかはかしこまっていた。七美はマスクで顔は見えないが、明るい。
「私は紬原七美。眞の…うーん彼女みたいなもんかな。友達なんだけどね」
ナチュラルに「彼女」って言いおった!?
眞、あたふたする。
「な…七美、それどういうことだよ!?」
「まこっちゃんがゼノクに残ったの…私が気になったからだよね。隠さなくてもいいのにさ」
「兄貴…そうだったの?それで職員になったんだ…。兄貴は優しいもんな」
いちかは眞が優しすぎる人なのは知っていた。七美はぽつぽつ話し始めた。
「私…ここに何年くらいいるんだろう。まこっちゃんが来る前からいるんだ。前よりはだいぶマシにはなったけど、このゼノクスーツなしでは人前には出られないんだ。
ちょっと怖がらせてごめんね」
「東館…人少ないっすねぇ…」
いちかは周りをキョロキョロ見渡す。
「軽度の人は治療終えてほとんどゼノクを出たか、職員や隊員になったかで残っているのは私達重度だけなんだ。
隣接する病院には人はいる。ゼノクを出ても何人かは出戻りするから寂しくないよ」
いちかは思った。出戻りなんて初めて聞いた。
ゼノクという施設はまるで隔離されたような場所にあるために、施設を出ても社会に馴染めずに戻る人がちらほらいるという。
それか、ゼノク周辺の町に住んでいる人もいるとか。
「いちかちゃん、ここで結婚式を挙げた人達もいるんだよ。2人とも重度で写真だけは素顔だったんだけどさ。式はゼノクスーツにウェディングドレスという格好だったの。
皆でお祝いしたよ。職員もバックアップしてね。今その人達はゼノクの近くに住んでるはず。治療はとうに終えてるから、ゼノクスーツ姿じゃないよ。…でもどうだろな」
次々出てくるゼノク入居者事情にいちかは反応出来ずにいた。
ゼノクで挙式をした人達なんて初めて聞いたよ。七美さん、めちゃくちゃ普通にしてるけどそのスーツ暑くないの?見た感じ、全身タイツにしか見えないスーツだが…。
「私の心配はしなくていいよ。スーツ慣れしてるから平気。通気性はいいから見た目ほど暑くないよ」
ゼノク・インフォメーション付近では桐谷と烏丸の会話が続く。
「私…1回ゼノク出ようかなーって思ってて。スーツ依存なんとかしたいし…」
「無理しなくてもいいのに…なんでです?」
なんでだろう。
烏丸は模索していた。
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