A migratory bird…3

ツバメの話に戻ろうか。

南のベランダにはスズメが住みついてるが、北西の階段、その踊場の壁には例年ツバメが巣を作る。

マナーの良いスズメと違い、親が雛の排泄物を巣の外に運び出すなんてことはしない。

だから、玄関脇の壁も床も排泄物まみれになっていて、初めて来る客はツバメの巣を見上げ顔をしかめる。

確かに不衛生極まりないし、住宅の築年数の古さに加え、壁に飛び散る黒い染み、足元に散乱する虫の死骸、そんな光景は薄気味悪い感さえ抱かせるだろう。



僕ら家族はそういう環境に慣れてしまってるし、僕の母はツバメが来る家は栄えるなんて古い迷信を本気で信じ込んでるのだ。

だから、この棟で唯一ツバメが巣をかけてくれるってことに、変な優越感さえ持っているようだ。

そろそろ……誰も羨ましがってないってことに気付くべきじゃないかと思うんだが。

まあ、母は平和で、ある意味とても幸せな人なのだ。





壁を汚すとか、母に変な優越感を抱かせ現実を忘れさせるとか、僕がツバメを厄介に思うのはそんな理由からじゃない。

このツバメ、とんでもなく巣造りがヘタクソだった。

話した通り、ツバメの雛を拾うのはこれで3度目だ。

が……生きた状態で、という限定をつけた場合の話で、死んだ雛、あるいは巣まるごと落下し割れた卵を処理させられた回数は数え切れない。

そのたびに有り難くもない埋葬係をやらされてきたわけだが、ここ2年、彼らはパーフェクトだった。

1度も雛を落とすことなく、家族そろって南へとめでたく飛び立っていた。





左手に重さのない雛を載せたまま、右手で豆腐を食い続けてた。

雛から離れたハジラミが、僕の腕をゾロゾロ這い回っている。

指先で潰すと、小さく赤い血の条をひいた。





冗談じゃない……僕だってこれから仕事なんだ。

はっきり言ってウンザリだ。

いいかチビ、死にかけてるチビ。

オレは昔、トノサマガエルを呑み込もうとしてるヘビに出くわしたことがある。

ヘビが大口あけて食おうとしてたのは、ヘビの頭よりかなりデカい獲物で、サイズオーバではみ出したカエルの半分は、なんとか逃れようとまだ必死で足掻いてた。

ヘビも面食らってる人間のガキに気付いたが、食事の真っ最中だ。

動けずに固まった。

オレは足元の小石を拾い、次々にヘビ目掛け投げつけた。



とんでもないバカだった。

今でも反省してる。

ヘビを嫌悪し、カエルを哀れむ自己勝手な正義感を振りかざし、越えちゃいけない一線を、越えてしまったからだ。

彼らの世界に、冒涜の石を投げ込んでしまった。

生命と生命の真剣な闘いを汚してしまった。



分かるか、チビ?

白熱する世界戦のフィールド上に、裸の尻にアホと書いて乱入してくるよりも、ずっとずっと恥ずべき行為だ。



そんなことより、今日は営業所の査察がくる。

コピーの裏紙まで調べられるんだ。

オマエらにはオマエらの世界があるように、僕には僕の世界がある。

お互いの世界で必死に闘ってるなら、隣のフィールドにチョッカイを出しちゃいけない。

それがルールだろ?





手のなかの雛は体をもぞもぞ動かし、弱々しく羽ばたくと、僕の手のひらに糞をした。

胃が空なんだろう。

水っぽさのない、小さな糞だった。





こうしちゃいられない。

マジで遅刻する。

カップにぬるま湯を注ぎ、上からラップをかけた。

これで即席のウォーターベッドが出来上がる。

鳥が弱っているときは、とにかく体温をあげてやることだ。

水分だけは欠かせないので、小さくきったパンの耳を水に浸し、強引に雛の口を割ってねじ込む。

嫌がってたが、雛はそれを呑み込んだ。

あとはオマエだけの闘いだ。

健闘を祈る。







湯の温度が一定に保たれるよう炊飯器の上にカップを置き、僕は仕事に向かった。