カノジョにフられた。
及川から届いたメールに、岩泉はいつものことだと鼻で笑う。
及川はいつだって、相手からコクられて、相手からフられるのだ。
及川にまとわりつくのは、どうしても軽い女が多い。
それは当然、アイツがチャラいせいだろう。
いつからこうなってしまったのか、今となってはもうあまり思い出せない。
『もしもし岩ちゃん!?』
「よお」
『わざわざ電話くれるなんて岩ちゃんは優しいなぁ』
「バーカ、連絡網のついでだ」
メールにメールを返さず、電話を返す。
メールを打つのが面倒なとき、二人がよく使う手段の一つだった。
及川がメールをしてくるときは、どうせ一人で寂しいときなのだ。
その退屈しのぎに、岩泉は付き合ってやる。
『それでね、なんか徹くんって軽いよねって言われてー』
「あー」
『オレだって結構がんばってたよね、今回は』
「あー」
『もー、岩ちゃん聞いてんの?』
カノジョにフられたとき。
及川がそれを紛らわすために自分を利用することが、岩泉は満更じゃなかった。
及川の女はコロコロと変わるけど、自分はいつだって安定して及川の中にいる。
何だか気持ち悪いけれど、それでも岩泉はそれを密かに誇りに思っていた。
「聞いてるよ、残念だったな」
『本当、オレだって傷つくのに!』
「ははは」
『えー!?何で笑ってんの!?』
「テレビ」
『ちょっ!やっぱりオレの話聞いてないね!?』
誰かに聞いてもらいたいけれど、真剣に相談してるわけじゃない。
だからそうして聞き流している岩泉の態度が、及川には心地よかった。
それに、なんだかんだでちゃんと聞いてくれているのだ。
『あっ、なんかお母さん呼んでる』
「おー、じゃ切るぞ」
『ん、またかけるかも』
「もう出ないけどな」
『え?何?』
及川の周りがざわついてきたところで、岩泉は電話を切る。
信じられないかもしれないが、岩泉はこれで満足だった。
一方、母親に呼ばれて部屋を出た及川は、甥っ子の猛と対面することになる。
「あれ、どうしたの猛」
「徹、バレー教えて」
「え〜」
「月曜ならいいって言ったじゃん」
「うーん、まあいいよ、カノジョにフられて暇だったし」
「えっ、徹きらわれたの?ダセー!」
「うるさいっ!」
生意気な甥だが、こう見えて彼は及川に憧れてバレーを始めたのだ。
岩泉との電話で元気を取り戻していた及川は、それに付き合ってやることにする。
結局、及川にとってはバレーが一番の気分転換だった。
そうして付き添ったバレーボール教室の帰りに、中学の後輩、影山飛雄と遭遇した。
及川のバレーの腕を認めている影山は、プライドを捨てて及川に頭を下げてきた。
それで及川は潰したい後輩の弱味を握った気分になり、甥にも伝わるほどゴキゲンだ。
「フンヌフーン♪」
「なにしてんの徹?」
「いーわちゃんにメールッ♪」
「はじめに!?オレもはじめに会いたい!」
度々青葉城西の試合を観に来ていた猛は、岩泉のこともよく知っている。
もちろん及川が一番だと思ってはいるが、どうしても目立つスパイカーの岩泉が、彼にはヒーローに見えるらしい。
「いつか会わせてあげるよ、岩ちゃんカノジョいないからいつも暇だし」
そう言う及川を冷めた目で見つめる猛に、及川は胸が痛くなる。
及川だって、傷つくのだ。
さて、一方岩泉家。
すっかりおとなしくなっていた及川から、再びメールが届いた。
17:20 From 及川
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件名: 見て見て!
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飛雄、及川さんに頭が上がらないの図♪
添付されていた画像を開いて、岩泉はぶっと吹き出してしまう。
17:25 To 及川
───────────────
件名: お前
───────────────
ブレてんじゃん(笑)
何をしていたのかは知らないが、楽しいことがあったらしい。
数時間前と比べて随分とゴキゲンなメールに、岩泉はどこか安心する。
普段キツいことを言っているようで、その実及川に一番甘いのも岩泉なのだ。
その後、及川から返信が来ることはなかった。
ああ、これは、もしかして。
岩泉は少しだけ期待した気持ちでケータイを閉じた。
そして数分後。
岩泉の期待に反せず、家のチャイムが鳴り響く。
岩泉は、部屋で玄関の音に耳を傾けた。
「こんばんはーっ!」
「あら、徹くん。はじめー!徹くんよー!」
「いわママ、今日も綺麗だね」
「やだもう、徹くん、今日夕飯は?」
「あ、家で食べるんでダイジョーブです。おかまいなく」
見ていなくても、及川がにっこりと愛想笑いを浮かべたのが分かる。
「良かった、徹くんいるとあと三人前は必要になるから」
「えー!なんかいわママ岩ちゃんみたい」
「逆よ、あの子が私みたいなの。ゆっくりしてってね」
「ハーイ♪」
やっぱり、及川は無駄に機嫌が良い。
少しずつ近づく足音が止まり、部屋のドアが開いて及川が顔を出せば 、岩泉はやっとか、という気持ちになる。
今日も朝練で一緒だったし、さっきも電話で話していた。
それでもそんな風に思うのだから不思議なものだ。
「やっほー岩ちゃん!」
「うるせぇ」
「岩ちゃんひどいよ!ねぇ!」
「だってブレてたべ」
それを口にすれば、例の写真を思い出してまた笑ってしまう。
及川は頬を膨らませて岩泉を見る。
「見てほしいのそこじゃなかったのに!」
「ハハッ、だろうなー」
「そうさ、及川さんはやっぱりスゴイ!」
「お前、あの写真誰に撮らせたんだよ」
「すんごく生意気な甥っ子!」
「あー、お前に憧れてバレー始めたっていう?」
「そう!やっぱり及川さんはスゴイ!」
「アホだろホント」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う岩泉を見れば、及川も来てよかったなあという気持ちになってしまう。
そう。
メールにメールを返さず、直接家に話しに行くことも、二人がよく使う手段の一つだった。
「でさー、飛雄がメッチャ頭下げてきて!」
どうせ明日も一緒にいるのに。
こんな話、いくらでもできるのに。
こうしてただの30分、わざわざ家に行って笑い合う時間が楽しい、なんて。
すっかり生活の一部になってしまった幼なじみに、二人は無意識に心を温かくしていた。
ゼロの距離
++++++
先週のハイキュー83話を読んで。
及川さんカノジョいたんだ!ってかフられたんだ!?ってところから一気にここまで妄想してしまいました\(^o^)/
上げるのが遅くなりましたが、読んだその日に勢いに任せてだーっと殴り書きしてました(笑)
友達以上恋人未満。イコール家族な岩及。
幼なじみっていいな。
なんかもう岩ちゃんがいればいいやぁとか及川さんが言い出す日がいつか来るかもしれないですね。