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凍り付けエンド 凍結

――眠れなかった。
須藤が常に隣にいるようになってから、日に日に睡眠時間が減って、遂には今日、全く眠れずに朝を迎えた。
ずっと、布団の中で、楽しいことを考えようとしながら。
明るくなってしまった事を心底恨みながら、もういいやと、自ら床を這い出る。
身支度をしていると、鏡に写った自分の顔色の悪さに驚かされた。
「オレ、こんな老けてたっけ…」
溜め息をつく。
…その時、家に須藤が入ってきた気配がした。
ここ数日で、人の気配に異様に鋭敏になっている。
深呼吸をしようとしたが、過呼吸を起こしそうになったので、やめた。
耳の後ろがざわつく。
扉が開いた瞬間、覚悟を決めたはずの心臓が飛び上がった。
「…あれ?今日は自分で起きられたんだね」
部屋に入りながらそう言った須藤は、何故かとてもつまらなそうだった。
…目覚まし時計が鳴るまでには、まだ随分余裕がある。


昼休み。
「………」
朝から頭がぼーっとしていて、須藤が駆け寄ってくる音も、どこか遠くに聞こえていた。
「はい、お弁当」
「……」
「今日のおかずはエビチリと、焼売と、春雨サラダだよ。かつや、好きだったよね?頑張って作ったから、残さず食べてね」
「……ああ」
食欲なんてある筈もない。
オレの好物なんていつ知ったのだろうか。
向かいで須藤が何か喋っている。
…何だか、お茶で流し込むことも、出来そうになかった。
「……」
「…あれ?どうしたの?エビ、好きだったよね?」
「…ごめん、ちょっと食欲、なくて」
「………そう」
絞りだすような声だった。
意外にもあっさりと、須藤はオレの残した弁当を片付けた。
それが逆に恐ろしい。
しかし、今のオレには恐怖こそすれ警戒する気力は、もう残っていなかった。
須藤が何か喋っている。
オレはとりあえず須藤の話に頷いていた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「ねえ、かつや」
「うん…」
「この間、数学が難しいって言ってたよね?わたしも今日の生物がよく分からなくって…ね、教えっこしようよ。いいでしょ?」
「うん…」
「よかったー。それじゃあ、忘れない内に早速やろうよ。ウチで。『その日の内に復習するのがBESTだね』って良く先生も言ってるし」
「うん……え?ちょ、」
「ん?なぁに?」
「須藤の…家で?」
「うん。本当はかつやの家がいいんだけど、いきなり上がり込んだら迷惑でしょ?ウチにおいでよ」
…須藤の話を聞き流している内に、いつの間にか、もう家は目と鼻の先で、話は嫌な方向へ進んでいた。
須藤の目を見る。にこにこと笑っていた。
…勉強会、だなんて。
「いや、今日はオレ…」
「おいでよ」
何とか用事をでっち上げて断ろうとした瞬間、それを遮るように須藤に腕を掴まれた。
脳髄が凍り付く。
喉が干上がる。
微笑む須藤の瞳だけが、笑っていなかった。
心臓を握り潰されたような気分だった。
「……ね?」
断れるはずも、なかった。


「ただいまー」
「…お邪魔、します」
須藤の家に入った途端に、冷や汗が吹き出した。
カチッ。
靴を脱ぐオレの後ろで、鍵のかかる音がする。
普通だ。普通は防犯のために鍵をかける。普通だ。
そう自分に言い聞かせながら、須藤に縄を引かれるように着いて歩く。
「わたしの部屋、こっちなの」
抵抗する考えを起こさせない微笑。
なりふり構わず逃げ出した方が、良かったかもしれない。
促されるままに階段を降りる。
……地下?
じっとりとシャツが湿る。
ぺた、ぺた、地下階の廊下を歩く。
見た目よりずっと長い気がした。
「ここよ」
大きな、板張りの扉の前に佇む。
――褪せた獣の勘が、警鐘を鳴らしている。
逃げろ。逃げろ。
オレの足は竦んでしまっていて、後退ることも出来ない。
逃げなきゃ。
須藤が扉に手をかけ、一気に開ける。
ぐぱぁ、と大きな口が開くような音がした。
「え、…ッ!?」
疑問を感じる暇もなく、強く背中を押される。
…木の扉だと思っていたのは板を貼り付けただけの銀色の分厚い扉で。
部屋の中からは須藤の微笑を具現化したような冷気が流れてきていて。
オレは真っ暗で冷たい部屋に突き飛ばされて、状況を把握するより早く、後ろの扉は閉ざされた。
寒い。
部屋の中が、異常に寒い。
背筋が一気に凍り付いた。
「何だよ…開けろ!開けろよ!!」
暗黒の中、扉を叩く。拳に霜がこびり付いた。
殴っても、体当たりをしても、扉はびくともしない。
歯の根がかちかちと鳴りだした。
冷蔵庫…じゃない。ここは、冷凍庫だ。
なぜこんな大きな冷凍庫が、などの疑問を考えている暇はない。
「開けろ!何のつもりだよ、おい須藤!!」
「大好き」
暗黒の向こうから、微かに声が聞こえた。
くぐもった小ささが、扉がどれだけ厚いのかを教える。
「…はあ?」
「かつやが大好き。好き。好き。愛してる。愛してるの。…わたしのものにしたかった。24時間365日ずっとわたしのことを考えて、わたしのためにだけ生きるようになってほしかった」
「お前、何を言って…」
警鐘が。
耳の後ろで、ざあざあとなる警鐘がうるさい。
とにかく寒くて、暗くて、寒い。急速冷凍、ってやつだろうか。
手足の末端からどんどん冷えていって、皮膚が痛む。
このままじゃ、どうなる?
「でもそんなの不可能だもんね。わかってる。わかってるのよ。わたしがどれだけ頑張ったって、かつやはわたしから気を逸らすのよ。男ってそういうものだもん。だけど、だけどね、それでもわたし、あなたをわたしの所有物にしたいのよ」
扉を叩く手も動かなくなってくる。
須藤が何を考えているのか、理解したくなかった。
「だからね。ずっとずっと、永遠にあなたと一緒にいられるように、わたし考えたのよ。あなたをわたしのものに出来るようにって」
「それがこれかよ…!ふざけんな、出せって!」
「大丈夫。ちゃんと綺麗にして飾ってあげるから」
オレの話なんか聞いちゃいない。
寒い、寒いと思っていたが、もう手足は感覚がない。
抗議の声も擦れてきて、腕も動かなくなってきた。
やばい、やばい、このままじゃ――
「かつやがわたしのものになったら、毎日おはようとおやすみを言うの。いってきますもそうよ、帰ってきたら一番にただいまを言うの。ご飯も一緒に食べよう。…いっそ24時間一緒にいようか。そうしよう。ね、かつや」
「や…めろ、出せ、出せよ…」
――何だか、眠くなってきた。
「わたしもいつかかつやと一緒になるの。一緒に、永遠に一緒にいるの」
眠ったら死ぬ、なんて本当に考えるとは思いもしなかった。
目を覚ましたいのに、体はとっくに動かない。
「愛してる。愛してる。愛してる…」
扉の向こうの言葉は、呪咀にしか聞こえない。

…眠ったら死ぬ。
眠ったら死ぬ。
…意識が…
……眠ったら…

凍り漬けエンド 四日分

翌朝。

「かつやぁ、朝だよー起きてー」
目覚まし時計が鳴るより早く、呼び声と共に揺り起こされた。
まだ閉じていたがる目を、ぼんやりと開ける。
――目の前に、須藤。
「……ッ!!」
オレは、冷水を浴びせかけられたように、一瞬にして覚醒した。
反射的に跳ね起きる。
オレはいつの間にか、眠っていたらしい。
制服の須藤が、ベッドの隣に居た。
「おはよう、かつや」
にっこりと微笑む須藤が、何よりも恐ろしかった。

登校。
須藤と一緒。
朝の空気など肺に入らない。
授業中。
須藤は黒板ではなく、オレを見つめている。
常に感じる視線の方に目をやると、いつも須藤と目が合った。
休み時間。
須藤は、チャイムと同時にオレの席へ駆け寄ってくる。
オレの悪寒はずっと止まない。

昼休み。
やはり授業終了と同時に駆け寄ってきた須藤が、手に包みを持っている。
「はい、お弁当」
「…あ……ああ」
差し出された包みを、拒絶出来たならどんなにか良いだろう。
須藤の微笑がそれを許さない。
「今日のおかずは和風ミニハンバーグと、にんじんのグラッセと、ブロッコリーだよ。頑張って作ったから、残さず食べてね」
「…いただき、ます」
味の分からない弁当を、箸で中身を改めながらもお茶で流し込むようにして、飲み込む。
向かいに座っている須藤を見ないように、食べている間はずっと弁当箱を見つめていた。
昼休みは50分。
ただでさえ遅い時計の針が、ほとんど止まって見えた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「それじゃあ、また明日」
手を振る須藤。
オレは目を伏せる。
その顔を見てしまったら、深夜になっても目蓋から消えなくなるから。

一人きりでいられる夜は余りにも短く、僅かな安息さえ隣家の気配に脅かされた。
朝が来なければ良いのに、とどれだけ願っても、それが叶う筈もない。
眠ることさえも恐ろしかった。
射し込む朝日にも絶望した。
一日が、始まってしまう。
そうしたら、また須藤が――



翌朝。

「かつやぁ、朝だよー起きてー」
目覚まし時計が鳴るより早く、呼び声と共に揺り起こされた。
まだ閉じていたがる目を、ぼんやりと開ける。
――目の前に、須藤。
「……ッ!!」
オレは、冷水を浴びせかけられたように、一瞬にして覚醒した。
反射的に跳ね起きる。
オレはいつの間にか、眠っていたらしい。
制服の須藤が、ベッドの隣に居た。
「おはよう、かつや」
にっこりと微笑む須藤が、何よりも恐ろしかった。

登校。
須藤と一緒。
朝の空気など肺に入らない。
授業中。
須藤は黒板ではなく、オレを見つめている。
常に感じる視線の方に目をやると、いつも須藤と目が合った。
休み時間。
須藤は、チャイムと同時にオレの席へ駆け寄ってくる。
オレの悪寒はずっと止まない。

昼休み。
やはり授業終了と同時に駆け寄ってきた須藤が、手に包みを持っている。
「はい、お弁当」
「…あ……ああ」
差し出された包みを、拒絶出来たならどんなにか良いだろう。
須藤の微笑がそれを許さない。
「今日は肉じゃがと、卵焼きと、あと炊き込みご飯だよ。頑張って作ったから、残さず食べてね」
「…いただき、ます」
味の分からない弁当を、箸で中身を改めながらもお茶で流し込むようにして、飲み込む。
向かいに座っている須藤を見ないように、食べている間はずっと弁当箱を見つめていた。
昼休みは50分。
ただでさえ遅い時計の針が、ほとんど止まって見えた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「それじゃあ、また明日」
手を振る須藤。
オレは目を伏せる。
その顔を見てしまったら、深夜になっても目蓋から消えなくなるから。

一人きりでいられる夜は余りにも短く、僅かな安息さえ隣家の気配に脅かされた。
朝が来なければ良いのに、とどれだけ願っても、それが叶う筈もない。
眠ることさえも恐ろしかった。
射し込む朝日にも絶望した。
一日が、始まってしまう。
そうしたら、また須藤が――




翌朝。

「かつやぁ、朝だよー起きてー」
目覚まし時計が鳴るより早く、呼び声と共に揺り起こされた。
まだ閉じていたがる目を、ぼんやりと開ける。
――目の前に、須藤。
「……ッ!!」
オレは、冷水を浴びせかけられたように、一瞬にして覚醒した。
反射的に跳ね起きる。
オレはいつの間にか、眠っていたらしい。
制服の須藤が、ベッドの隣に居た。
「おはよう、かつや」
にっこりと微笑む須藤が、何よりも恐ろしかった。

登校。
須藤と一緒。
朝の空気など肺に入らない。
授業中。
須藤は黒板ではなく、オレを見つめている。
常に感じる視線の方に目をやると、いつも須藤と目が合った。
休み時間。
須藤は、チャイムと同時にオレの席へ駆け寄ってくる。
オレの悪寒はずっと止まない。

昼休み。
やはり授業終了と同時に駆け寄ってきた須藤が、手に包みを持っている。
「はい、お弁当」
「…あ……ああ」
差し出された包みを、拒絶出来たならどんなにか良いだろう。
須藤の微笑がそれを許さない。
「今日のおかずは鶏の唐揚げと、粉ふきいもと、ほうれん草の胡麻炒めだよ。頑張って作ったから、残さず食べてね」
「…いただき、ます」
味の分からない弁当を、箸で中身を改めながらもお茶で流し込むようにして、飲み込む。
向かいに座っている須藤を見ないように、食べている間はずっと弁当箱を見つめていた。
昼休みは50分。
ただでさえ遅い時計の針が、ほとんど止まって見えた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「それじゃあ、また明日」
手を振る須藤。
オレは目を伏せる。
その顔を見てしまったら、深夜になっても目蓋から消えなくなるから。

一人きりでいられる夜は余りにも短く、僅かな安息さえ隣家の気配に脅かされた。
朝が来なければ良いのに、とどれだけ願っても、それが叶う筈もない。
眠ることさえも恐ろしかった。
射し込む朝日にも絶望した。
一日が、始まってしまう。
そうしたら、また須藤が――



翌朝。

「かつやぁ、朝だよー起きてー」
目覚まし時計が鳴るより早く、呼び声と共に揺り起こされた。
まだ閉じていたがる目を、ぼんやりと開ける。
――目の前に、須藤。
「……ッ!!」
オレは、冷水を浴びせかけられたように、一瞬にして覚醒した。
反射的に跳ね起きる。
オレはいつの間にか、眠っていたらしい。
制服の須藤が、ベッドの隣に居た。
「おはよう、かつや」
にっこりと微笑む須藤が、何よりも恐ろしかった。

登校。
須藤と一緒。
朝の空気など肺に入らない。
授業中。
須藤は黒板ではなく、オレを見つめている。
常に感じる視線の方に目をやると、いつも須藤と目が合った。
休み時間。
須藤は、チャイムと同時にオレの席へ駆け寄ってくる。
オレの悪寒はずっと止まない。

昼休み。
やはり授業終了と同時に駆け寄ってきた須藤が、手に包みを持っている。
「はい、お弁当」
「…あ……ああ」
差し出された包みを、拒絶出来たならどんなにか良いだろう。
須藤の微笑がそれを許さない。
「今日のおかずはアジフライと、ポテトサラダと、ミニパスタだよ。頑張って作ったから、残さず食べてね」
「…いただき、ます」
味の分からない弁当を、箸で中身を改めながらもお茶で流し込むようにして、飲み込む。
向かいに座っている須藤を見ないように、食べている間はずっと弁当箱を見つめていた。
昼休みは50分。
ただでさえ遅い時計の針が、ほとんど止まって見えた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「それじゃあ、また明日」
手を振る須藤。
オレは目を伏せる。
その顔を見てしまったら、深夜になっても目蓋から消えなくなるから。

一人きりでいられる夜は余りにも短く、僅かな安息さえ隣家の気配に脅かされた。
朝が来なければ良いのに、とどれだけ願っても、それが叶う筈もない。
眠ることさえも恐ろしかった。
射し込む朝日にも絶望した。
一日が、始まってしまう。
そうしたら、また須藤が――



翌朝。

「かつやぁ、朝だよー起きてー」
目覚まし時計が鳴るより早く、呼び声と共に揺り起こされた。
まだ閉じていたがる目を、ぼんやりと開ける。
――目の前に、須藤。
「……ッ!!」
オレは、冷水を浴びせかけられたように、一瞬にして覚醒した。
反射的に跳ね起きる。
オレはいつの間にか、眠っていたらしい。
制服の須藤が、ベッドの隣に居た。
「おはよう、かつや」
にっこりと微笑む須藤が、何よりも恐ろしかった。

登校。
須藤と一緒。
朝の空気など肺に入らない。
授業中。
須藤は黒板ではなく、オレを見つめている。
常に感じる視線の方に目をやると、いつも須藤と目が合った。
休み時間。
須藤は、チャイムと同時にオレの席へ駆け寄ってくる。
オレの悪寒はずっと止まない。

昼休み。
やはり授業終了と同時に駆け寄ってきた須藤が、手に包みを持っている。
「はい、お弁当」
「…あ……ああ」
差し出された包みを、拒絶出来たならどんなにか良いだろう。
須藤の微笑がそれを許さない。
「今日はチキンカレーだよ。牛乳プリンもあるよ。頑張って作ったから、残さず食べてね」
「…いただき、ます」
味の分からない弁当を、箸で中身を改めながらもお茶で流し込むようにして、飲み込む。
向かいに座っている須藤を見ないように、食べている間はずっと弁当箱を見つめていた。
昼休みは50分。
ただでさえ遅い時計の針が、ほとんど止まって見えた。

放課後。
早々に教室を出たオレの隣に、やはり須藤はひたりとくっついてくる。
昨日と同じ。
須藤と二人きり、生暖かい風に吹かれ、震えながら帰宅する。
「それじゃあ、また明日」
手を振る須藤。
オレは目を伏せる。
その顔を見てしまったら、深夜になっても目蓋から消えなくなるから。

一人きりでいられる夜は余りにも短く、僅かな安息さえ隣家の気配に脅かされた。
朝が来なければ良いのに、とどれだけ願っても、それが叶う筈もない。
眠ることさえも恐ろしかった。
射し込む朝日にも絶望した。
一日が、始まってしまう。
そうしたら、また須藤が――

凍り漬けエンド 帰宅

今日の帰宅は須藤と一緒。
ほぼ強制だった。
須藤は、一人の時と同じ速度で歩くオレの、ぴったり隣に着いて歩いている。
「あ、あー…今日の数学、難しかったな」
「え、そうだった?…解らないところがあるなら教えようか?そうだ、勉強会でもしようよ。二人で」
「あ、いや、良いよ。…先生に聞くから大丈夫」
「……そう」
「………」
時折訪れる沈黙が痛くて、何とか当たり障りのない話題を探しては口を開くが、すぐにオレの方が黙ってしまう。

取り繕いと沈黙を繰り返している内に、いつの間にか帰路も中頃を過ぎていた。
「なあ、須藤の家ってどこにあるんだ?」
「あっちだよ」
「…同じ方向か」
オレは、感情を声に出さずにいられただろうか。
交差点を通り過ぎ、住宅街へと進んでいく。
途中何度かの曲がり道でも、須藤は俺の隣から離れる事はなかった。
家に近付くにつれ、懸念が大きくなっていく。
そして遂に、我が家の前まで辿り着いた。

「えっと…オレの家はここなんだけど」
立ち止まって、家を指差す。
すると須藤は、すっと人差し指を上げて、
「わたしの家は…ここ」
すぐ隣の、ちょうど今の須藤のようにオレの家にひたりと並んで立つ家を指差した。
「え、あ、えと」
必死に言葉を探す俺に、すうっと微笑みかける須藤。
「おとなりさんだね」
耳の後ろに、血の気が引いていく音を聞いた。
「そう…だな」
須藤の微笑一つで、全身が冷えた。
脊髄に氷柱でもぶち込まれたような気分だ。
「これでずーっと一緒にいられるね」
「あ、ああ、それじゃ」
心底嬉しそうに言う須藤。
須藤の隣にいるという事に得体の知れない恐ろしさを感じて、逃げ出すように、いや、間違いなく逃げ出して、ロクな返事もせずに玄関へと飛び込んだ。
オレはただいまとも言わずに部屋へ戻り、制服のまま布団を被って、途端にガタガタと震え始めた身体を抱きしめた。
ひどい悪寒が止まらなかった。
――この部屋から十数メートルも離れていないところに、いつも、須藤が、いる。
『ずーっと一緒』
須藤の声が頭蓋の内で反響する。

……その日は一日中、須藤のあの微笑みが、脳裏に凍み付いて離れなかった。
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