届いた人間大の箱に、アンドロイドは入っていた。
外見年齢は要望通り十代半ば。長い金髪の少女だ。
白いシンプルなワンピースは、女性型アンドロイドの一般的な初期装備なのだけど、それがよく似合っている。
深窓のお嬢様のようだ。
実物は、写真よりもリアルだった。
頬はうっすらと赤みが入っており、触れると本物のような弾力があった。
よくよく見ると判る接続部が、かろうじてアンドロイドだと証明した。
まるで、本物の少女が眠ってるようだ。
箱から出すだけで、どぎまぎした。
抱えた身体が、予想外に柔らかかった。
こんなに至近距離で女子と触れ合ったことなど、今まで一度たりとも、ない。
ワンピースの後ろのファスナー下ろす時など、鼻血が出るかと思った……!
決してセクハラではないからな。
首と背中の境あたりに、主電源が隠されているんだ。
さり気なく印刷された“Power”の文字を押すと、蓋が開いて主電源が出てくる。
蓋が開くまで、蓋が隠されてることがわからない精巧な造り。
試作品なのに、大したものだ。
主電源を長押しすると、ブンっと鈍い音がした。
アンドロイドの瞳が開かれた。
いつだったか、近代科学の今昔という番組で見た、電源の入ってないブラウン管テレビのようだ。
しばらく作動音が続くと、瞳は赤く光った。
…これは、赤ん坊型でも赤く光るのだろうか。想像するだけで、チビりそうだ。
『Aプロトタイプ―002.YW1ノ設定ヲ開始しまス』
ひどい合成音が響いた。
『主人登録ヲ行いまス。お名前ヲ仰られた後、瞳ヲ5秒間見つメて下さイ。識別致しまス』
言われた通りに、名を告げて見つめる。
瞳から光が出て、全身をスキャンされた。
『識別完了。呼び名ヲ登録しまス』
「呼び名?僕の?」
『ハイ』
どうしよう。
ご主人様っていかにもだし、あーくんだと照れくさいし、マスター、とか?
いやいやいや、ないない…!
ご主人様よりもマニアックだろ!
どーしよ、実はちょっと憧れてるのはあるんだけど…。
「あの…おにいちゃんとか、あり?」
『“おにいちゃん”ハ可能デす。おにいちゃんで登録しマすカ?』
「お願いします…!!」
…いいじゃないか。一人っ子だから、兄妹に憧れてたんだ。
このアンドロイドは愛玩用じゃないし、基本ソフトは家庭用だし、だから別に兄妹だってありなわけでっ!
だから、別に、変態なんかじゃないからなっ。
『Aプロトタイプ―002.YW1とノ初期関係を設定シマス。設定関係ヲ元に、アンドロイドとノ関係ガ発展し、アンドロイドの性格ガ変ワりマス』
「そりゃもう、兄妹で!」
『兄妹/家族で登録シマシタ。Aプロトタイプ―002.YW1の名前ヲ登録シテ下さい』
「なまえ…」
えーっ!名前!
ぜんぜん考えてなかった、どうしよう!
かわいい名前がいいよね、せっかく美人なアンドロイドなんだし。
アリス、アンジェリカ、アン、イオ、イク、イヨ、ウィンディー、エレン……。
うわぁ、ぜんぜん思いつかない!
『決まらナイようでシタラ、識別番号のママとなりますガ』
「それは困る!ちょっと待って、お願い!」
んな味気ない名前なんてあるか!
どうしよう、この天使のような女の子に似合う名前ってなんだろう。
ララ、リリー、ルー、レイラ、ローラ…
この子に合う名前は?
ふと、言葉が降りた。
決まった。
「…ヘブン。君の名前は、ヘブンだ」
『了承致しましタ。ヘブンで登録しまス』
その後、細々とした設定を決めた。
再起動ボタンを押すと、瞳の色が変わった。
美しい、エメラルドグリーン。
「はじめまして、おにいちゃん」
先ほどまでの合成音とは違う、美しいソプラノがうたう。
「ヘブン、名前は気に入ってくれたかな?」
「すっごく!ありがとう、おにいちゃん」
にっこり笑うヘブンの笑顔に、僕はすっかり魅せられていた。
もしかしたら、この時既に、僕はヘブンを手放す気などなかったのかもしれない。