スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

犠牲を学びたいなら、そっちで勝手にやりたまえ。

話題:がんばる自分をやめてみました。


いただいたコメントが、見た夢とリンクしていたから夢について。


いまの職場でほぼ難癖つけられる夢と中学時代の夢。


中学時代の夢は、あの頃の日常と言っても過言ではない。


揚げ足取り、難癖、見下し。


視線が少しでも合えば「こっち見た」

お前も見たからだろーが、アホめ。


多数決で落ちれば「うわ、だっさ」

22票も入ったすげーと、それでも思う私。



そんなわけで、自分が悪いとどんどん自信を無くしていくんですよ。



悪いこと何もしてないのにね。



心が弱ると正常な判断が出来なくなるから困ったもんだね。



落ち込みながら歩く帰り道。

ふと現実で受け取った言葉を思い出す。



「君はもう犠牲の世界に浸らなくていいんだよ」


あっ、そうだった。


本当の自分…。


現在の思考が蘇る。



あの教室だけが自分の居場所じゃない。

言われたから何だ。

あんな悪意しかない、何の為にもならない言葉を信じるのか。


自分自身よりも?



彼らは犠牲を学びたがっている。

誰かを犠牲にして、
回り回って自分が犠牲になって。



私が探しているのは、
誰かを犠牲にして幸せを得る道じゃない。


誰も何も犠牲にしないで平和でいられる道だ。


いざとなったらぶちギレて良い。


私は犠牲になるつもりはない。

自分が辛いなら自分を守るだけだ。


もう大丈夫だと思った。


そこで目が覚めた。



思考に関しては一瞬だった。
その一瞬を言葉にするとこんな感じ。



自分が自分らしくいられること。

自分を信じること。


結局、強さって、自分をどこまで信じられるかなんだと思う。


あの環境を生き抜くためには、何を言われても自分だけは自分の味方でいることだ。


自分を責めたりしないこと。

例え、憎しみを抱いたとしても。


そういう自分も認めること。


憎しみや悲しみは「いけない」と思うから増長する。


憎んで良い、悲しんで良いと言えたら違うはずだ。


辛いのは、自分を嫌いになったから。


いっぱい憎んで悲しんで泣いて、駄目な自分を笑ったら良いよ。


それでも自分は自分だから。

どうせ自分は自分だから。


言われて辛かった、
我慢が辛かった。

なら、辞めたら良い。


犠牲なんか学ばなくて良いじゃん。

犠牲って、誰得?



君がいらない人間だなんてマヤカシ。

存在しているのに、いらないって何?


私はそんな事実認めない、信じない。



自分の環境が不当なら、思い描いたら良い。

そんな世界がどこかにあること。



帰り道に見つけた秘密の場所のように、ひっそりとあるはず。

あとは出会って気付くだけ。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2015年10月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
アーカイブ