剣がぶつかり合う音が響く。
荒い呼吸を抑えながら、亜麻色の髪の騎士は剣を握り直す。
ふぅ、と息を吐き出し、彼は足に力を込め、踏み出した。
相手をしていた彼の相棒はその剣を自分の剣で受け止める。
重たい衝撃を受け流して、相手の剣を振り抜く。
ひょいとその攻撃を躱した亜麻色の髪の騎士……フィアはもう一度、斬りかかろうとした。
その時。
パンパンと手を叩く音が響く。
それを聞いて騎士たちはぴたりと動きを止めた。
その声は、部隊長であるルカが手を叩いた音。
そして、訓練終了の合図だ。
「訓練終わり!各自片付け!きちんとシャワー浴びて汗流しとけよ!」
よく響き、通る声でルカはそういう。
それを聞いて、騎士たちはぞろぞろと戻っていく。
「はぁっ……今日も終わったな……」
やれやれ。
そう呟きながら息を吐き出すフィア。
軽く額の汗を拭う彼を見て、彼の相棒であるシストは笑って、"お疲れ"という。
「大丈夫か?」
「ふん、これくらいでへたばる俺ではない」
そういって伸びをするフィア。
涼しい顔、とまでは言わないが、新人騎士たちのような疲れ果てた様子はない。
さすがだな、とシストが言うとフィアはサファイアの瞳を細めた。
と、同時。
「おうフィア、フィアもシャワー浴びに行こうぜ!」
そう声をかけてきたのは、フィアの"正しい性別"を知らない仲間。
フィアはこまったような顔をして、シストの方を見る。
汗をかいたのは事実。
シャワーを浴びなければならないのは事実だが……
さすがに、男性と一緒にシャワーを浴びる訳にはいかない。
「あぁ、俺は……」
「あ、フィア!さっき陛下がお前を探してたぞ」
そう声をかけてきたのは、ルカで。
フィアはほっとした顔をして"そうか"といった。
「じゃあ行ってくる。
シストやルカたちは先に風呂に行っていてくれ」
俺もそのうち行くから。
そういって、フィアは足早に去っていく。
その背を見送って、シストも溜息を吐き出した。
「さすが、慣れてるよな、ルカ」
こういう時の対応に。
シストがそういうと、ルカは肩を竦める。
「あいつは不器用だからな。
ああいう時の言い訳が下手なんだ」
そういって苦笑するルカを見て、シストはなるほどというように頷く。
昔から一緒に居るだけあって、彼のことがよくわかっているようだ。
「ま、実際俺たちも汗かいたしシャワー浴びてくるか」
シストがそういうと、ルカもこくりと頷いて、バスルームにむかっていったのだった。
***
騎士たちの自室にはシャワールームが付いている。
しかしそれとは別に、集団浴場もあった。
時々騎士たちはそこでゆっくりと体を休めるのである。
「お、ルカ、アネット!」
浴室に行くと、ちょうどアネットもいた。
炎豹の騎士たちもちょうど、訓練が終わった所だったらしい。
「久しぶりだな、此処で会うの」
体を流してから、ルカは浴槽に体を沈める。
アネットも嬉しそうに笑って、頷いた。
「何だかんだで入る時間ずれるしな」
「俺はそもそもあんまり此処使わないしな」
シストも苦笑まじりにそういって、ルカの隣に体を沈める。
ふぁと息を吐くシストを見て、アネットはくつくつと笑った。
「シスト、女みてぇ」
「う、煩いなぁ……久しぶりにこんなゆっくりできてんだよ」
そういってそっぽを向くシスト。
アネットは愉快そうにそんな彼を見て笑っていた。
「確かに忙しかったもんな」
シスト達のスケジュールを管理しているルカが苦笑まじりにそういう。
雪狼の騎士たちは基本的にパーティ等の護衛につくことが多いのだ。
クリスマスシーズンから年末のパーティ……必然雪狼の騎士たちの仕事は増える訳である。
「あー、なるほどな。
俺たちは逆に仕事減るからなぁ」
つまんねぇ。
そういいながらアネットは息を吐き出す。
退屈そうにばしゃばしゃと湯を跳ねさせる彼を見て、シストは盛大に眉をよせた。
「おい、やめろよ顔にかかる」
「はははっ、いいじゃんか」
楽しくて。
そういいながら今度はアネットがわざとバシャバシャと水を跳ねさせる。
うわあ、と声をあげて、シストは顔を拭った。
「はは、相変わらず子供だな、アネットは」
変わらなくて逆に安心する。
そういって、ルカも顔を拭った。
そしてゆっくりと伸びをしながら、言った。
「お前は本当に、入団当初からかわらねぇな」
「それは俺が成長してないっていう意味か?」
むくれたようにそういうアネット。
"それもあるけどさ"といいながらルカは言葉をつづける。
「その明るさも子供っぽさも、強さも全部、変わらねぇなと思ってさ」
そういって笑う、ルカ。
シストも"確かになぁ"といいながらアメジストの瞳を細めた。
彼らは三人とも同期生だ。
入団当初からよく一緒に過ごしているため、彼らの性格も、過去も、よく知っている。
だからこそ出来るやり取りもあるのである。
「それいうならシストのドジも変わらないしな」
「う……少しはマシになったと思うんだが……」
アネットの言葉にシストはがくりと肩を落とした。
深々と溜息を吐き出す彼を見て、ルカは愉快そうに笑う。
こうした話が出来るのは、純粋に楽しいと思った。
「その点一緒に居られないフィアはちょっとかわいそうだな」
この輪の中で一緒に話しが出来るなら、良いのに。
そう呟いて、ルカは目を細める。
シストは彼の発言に小さく吹き出した。
「はは、確かにな……でもそういうわけにもいかないだろ?」
「あれでも女だからな、フィアは」
そういってアネットも笑う。
そんな発言を聞いたらおそらく小突くであろう"少年騎士"は今は此処にはいない訳で。
「風呂から上がったら一緒に飯にするか」
ルカは二人にそう提案する。
アネットはそれを聞いたぱぁあと表情を明るくした。
「いいな、それ!」
「久しぶりに賑やかな飯になりそうだな」
乗り気のアネット、苦笑まじりだが嬉しそうなシスト。
そんな二人の様子を見て、ルカは目を細めて、笑う。
「よっし、じゃあ上がるとするか」
フィアもそのうちくるだろ。
そういいながらルカは湯から上がる。
シストとアネットもそれを追いかけるようにあがった。
「今日の飯はなんだろな」
「腹減ってんのな、アネット」
「とーぜん!」
訓練頑張ってきたからな!
そういって笑うアネットとシストとを見て笑うと、ルカは"早く行くぞ"と彼らに声をかけたのだた。
―― 変わらないもの ――
(守りたいと、そう願う。
この穏やかな空間も、時間も、仲間も)
(昔からよく知っている皆との時間。
それはきっとかけがえのない存在だ)