穏やかな、冬の光が降り注ぐ。
その木漏れ日を受けながら、ジルはぱらり、と本のページをめくった。
心地よい風。
暖かな光。
それを感じながら、ジルは小さく息を吐き出す。
冬の空気は冷たいけれど降り注ぐ日差しはは暖かい。
爽やかな空気の中で本を読むというのは、心地よいものだった。
「なぁなぁ」
不意に聞こえた声。
それを聞いてジルは顔を上げる。
降り注ぐ木漏れ日の中、ジルの眼前に一人の少年が立っていた。
光がまぶしくて、ジルは目を細める。
そうしている間に、その少年はジルの前にしゃがんだ。
心配そうな顔をして、その少年は首を傾げた。
「大丈夫か?」
「え?」
その問いかけにジルはきょとんとする。
心配される要素は皆無だった気がするのだけれど。
ジルはそう思いながら首を傾げた。
すると目の前の赤髪の少年も不思議そうな顔をした。
「え、なんかお前顔色悪いように見えるから……」
だから大丈夫かなぁと思って。
その少年は言う。
それを聞いて、ジルはかっと顔を赤くして、言った。
「かっ、顔色が悪いのは、元々です!」
心配されるようなことでは!
ジルはそう声を上げる。
それを聞いて、赤髪の少年はぱちぱちと瞬きをしてから、笑顔を浮かべた。
「そっか、そんならよかった!」
そういってにぱっと笑う少年。
彼は大きな手を差し出して、言った。
「俺はアネット!アネット・ホークルス!
あんた、ジルだろ?」
ぜんぜん声かける機会なくてさぁ、といいながら、アネットと名乗った少年はにこにこと笑う。
レキとはまた違う無邪気さに、ジルは幾度も瞬きをした。
アネットはそんな彼に笑いかけながら、言う。
「顔色悪いっていっちまったのは、ごめん!
でもずーっとそうやって日陰にいるからだぞ!
たまには外でて体動かさないと!」
せっかく外にいるんだからさ!
そう声を上げるアネット。
ジルはそうですかね、といいながら周囲を見渡す。
本を読むジルとは様子が変わっていて楽しそうに走り回る騎士たちの姿。
それをみて、アネットはぱっと顔を輝かせて、ジルに言った。
「あ、剣は出来るか?相手してよ!」
そういって笑うアネット。
無邪気な、子供のようだ。
ジルは彼の様子をみて目を細める。
そして穏やかな表情で、頷いた。
「ふふふ、子供のようですね。
いいでしょう、相手して差し上げますよ?
手加減は……要らなさそうですね」
貴方の様子をみるに。
そういってジルが笑うと、アネットは歯をむき出して笑う。
「っはははっ、もちろん!
そう来なくっちゃな!」
そういって笑みを浮かべるアネット。
ジルはそんな彼に穏やかな笑みを向けつつ、頷いてみせたのだった。
***
そうして二人は訓練所に向かった。
丈夫な建物のなかでは多少暴れても問題はない。
とはいえ、二人とも剣を使うだけなのだが。
「武器は剣だけでいいよな、魔術は……危ないし」
アネットは頬をひっかきながら言う。
おそらく、ジルが炎を苦手としていることを知っているのだろう。
先ほどこちらへ向かってくる途中、ジルが"聖女の生まれ変わり"と信じる男装騎士、フィアからなにやら言われていたようだから。
「お気遣い感謝します。
しかし剣術に手加減は必要ありませんからね?」
そういってにこりと微笑むジル。
アネットはそれを聞いて嬉しそうに笑いながら剣を抜いた。
「じゃあ、本気で行くぞ!
怪我しないように気をつけてな?」
そういって笑みを浮かべ、アネットは剣を振りかぶった。
思い切り切りかかってくるアネット。
ジルは目を細めながらそれを自分の武器で受け止める。
ぎらり、と銀の光が煌めいた。
「っ、見た目よりちゃんと力あるんだな」
案外あっさり受け止められたことに驚きながら、アネットは笑う。
ジルはそれを聞いて笑みを浮かべながら、彼の剣を打ち返した。
「ふふ、当たり前でしょう?
これでもかつて、元帥という地位にあったのですよ」
戦いは得意なのですよ。
そういって得意げに笑うジル。
アネットは彼の言葉に嬉しそうに笑った。
「嬉しいなぁ、強い人と戦うの、大好きなんすよ!」
そういって、アネットはまた彼の剣を打つ。
ジルはそれを受け止めながら、微笑んでいた。
本気で戦っている様子のアネットの赤い瞳はまるで獣のように煌めいている。
いつも一緒にいるレキのそれと、ほんの少しだけ重なって見えた。
「そういや、あんたがいつも一緒にいるの……っ
この前ようやくわかったけど、あの変わった瞳の人、か!」
強い力でジルの剣を打ちつつ、アネットは言う。
それを聞いて、ジルは目を細めた。
「ふふ、変わっているけれど……綺麗でしょう?」
そう問いかけるジル。
ジルの言葉にアネットは笑う。
「うん、綺麗だよな!
隠しちゃってるのが勿体ないよ」
そういいながらアネットはにこにこと笑う。
しかし剣の追撃の手は緩まなかった。
ジルはそれを受け止めながら、目を細めた。
「えぇ、それはそう思いますけれど……」
それはそれで、つまらないかな。
ジルはそう思いながらアネットの剣をはじき返す。
彼の、宝石のような瞳。
色が変わる、彼の瞳。
それを間近でみられるのは自分の特権……
そう思うからこそ、ジルにとっては少し、複雑だった。
「なにをよそ見してるんすか?」
そんな声と同時。
アネットの剣がジルを襲う。
ジルは驚いてそれをかわしつつ、笑った。
−− これは、少し本気でかからなければなりませんかね。
そう思いながら笑ったジルは、アネットの剣を見据えたのだった。
***
しばしそうして戦っていたアネットは"もう無理ギブ!"と声を上げた。
そんな彼は汗だくで、ジルは案外涼しい顔をしている。
「さすがなんつったけ……ええっと、ああそうだ、元帥っすねー!」
強い、と声を上げるアネット。
ジルはそれを聞いて、照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、久しぶりにこんなに体を動かしましたよ」
そういって微笑むジルをみて、アネットはにぃと笑う。
そして、笑顔を浮かべながら、言った。
「またやってくださいっすよ!
俺、まだまだ強くなるっすから!」
明るく笑いながらそういうアネットに、ジルは目を細める。
「ふふ、頑張ってくださいね。
太刀筋は綺麗なのですから、もう少し相手の様子を窺いながら戦うことですね」
それが必要です。
ジルはそういう。
彼なりのアドバイスに、アネットは嬉しそうに笑いながら、ありがとう!といった。
−− ラ・イールを思い出す。
ジルはそう思いながら目を細めた。
アネットに重なる姿。
本名はエティエンヌ・ド・ヴィニョル。
渾名がラ・イールと呼ばれた青年の姿。
明るく溌剌とした姿が、そう見えた。
「じゃあな、ジル!」
またやろう!
そういって、手を振るアネット。
ジルは"また呼んでくださいね"といって、手を振ったのだった。
−− 重なる影と −−
(明るく溌剌と笑う彼の姿。
それは、懐かしい姿が重なって見えた)
(見た目に似合わず強い彼。
また戦いたい、今度は勝ちたい…)