「それにしても、驚いたな」
クオンはふ、と息を吐き出す。
そんな彼の隣に座る金髪の青年……リエンツィは微笑みながらその言葉に頷く。
そして掌に咲かせた小さなホタルブクロの花を見て言う。
「私も、驚きました。
まさか、私もクオンさんたちと同じように魔術が使えるようになるなんて」
そう。
リエンツィとアドリアーノ……元々この世界の人間でない彼らが、魔術を使えるようになったのだ。
リエンツィは植物属性の魔術を。
アドリアーノは炎属性の魔術を。
各々、元々持っていた魔力が覚醒したのだろう、とジェイドは彼らに語った。
「でも、これでクオンさんのお手伝いを……」
「ジェイド様、怪我し……あれ?」
不意に部屋に飛び込んできた赤髪の少年……アネット。
彼は驚いたようにリエンツィの方を見た。
「あ、客がきてたのか……悪い」
「いいえ、構いませんよ。怪我をしたのですか、アネット」
ジェイドは彼にそう問いかける。
アネットはちいさく頷いて、小さく息を吐き出しながら、腕をむき出しにした。
「大したことないんだけど、診てもらえって言われてさ」
大したことないのに、と呟くアネット。
ジェイドはその言葉に苦笑を漏らしつつ、彼の手を掴んで……ふとリエンツィの方を見た。
彼の視線にリエンツィはきょとんとした顔をして首を傾げた。
「どうかしました?」
「リエンツィ、ちょっと此方に来てくれませんか?
それで、アネットの傷に手をかざしてみてください」
ジェイドにいわれた通りにリエンツィはおとなしくアネットの傍に行く。
そして彼にいわれるままに、アネットの腕の傷に手をかざした。
「そのまま意識を集中させて、治れ、と念じてみてください」
「え?わかりました」
リエンツィは彼の言葉に頷き、素直に従う。
すると……見る見るうちに、アネットの腕の傷が塞がっていった。
「え?!」
なおした当人が一番驚いた様子だ。
クオンもその様子を見て、目を丸くしている。
「うわ、すっげぇ。ありがとうございました!」
アネットはそういうとぱたぱたと部屋から出ていく。
その姿を見送って、ジェイドは笑顔でリエンツィの方を見た。
「やっぱり、ですか」
「え?え?やっぱり、ってなんですか、というか今のは……」
先程のアドリアーノ並に取り乱しているリエンツィを見て、ジェイドはくすくすと笑う。
そして、リエンツィの綺麗な濃青緑の瞳を見つめながら、言った。
「植物属性魔術使いの多くは治癒術も使えますのでもしかして、と思って。
貴方は気立てもよく優しいですから、きっと使えるだろうと思ったのですよ」
いきなり試すような真似をしてすみません、とジェイドは詫びる。
クオンはそんな彼らのやり取りを聞いて、ふっと笑った。
「凄いなリエンツィ、いきなり凄く心強くなった」
そういって、クオンは笑う。
いつも傍で笑っていてくれるクオンにそういってもらえてうれしかったようで、リエンツィも微笑んだ。
ジェイドはそんな彼らを見て目を細める。
それから、悪戯っぽく笑いながら、言った。
「ねぇ、リエンツィ、ひとつ提案があるのですが」
「?何ですか?」
彼の言葉にリエンツィはきょとんとして首を傾げる。
ジェイドはそんな彼に笑いかけながら、言った。
「草鹿に……僕たちの部隊に来ませんか?」
そう問いかけてくるジェイドに、リエンツィは目を見開いた。
え、と戸惑いの声を上げれば、ジェイドはふわりと笑って、言う。
「貴方は治癒術も使える。
先程の様子を見る限り、おそらくかなり優秀なのでしょう。
それに……貴方は僕の部隊の子たちとも親しい。
ね?悪い条件ではないでしょう?」
「え、え……」
リエンツィはジェイドの言葉に戸惑いを隠せない顔をする。
いきなりそんなことを言われても、と思った。
それに……――
リエンツィはクオンの方へ振り向いた。
そして、目を丸くする。
……クオンは、いつもは見ないような顔をしていた。
いつも穏やかに微笑んでリエンツィを見ている彼は今は難しい顔をしている。
リエンツィが自分の方を見ているのに気づくと、ぷいとそっぽを向く。
「……お前の好きなようにしたらいいんじゃないか。
確かに、魔術の性能は高そうだしな」
ジェイドも喜ぶだろ。
そういうとクオンはすっと立ち上がって、そのまま外に出ていってしまった。
リエンツィは驚いて固まる。
その背を見送ったジェイドは目を細めながら、言った。
「……流石にからかい過ぎましたね」
ジェイドはそう呟いて溜息を吐き出す。
リエンツィはクオンが出ていってしまったドアと、ジェイドの顔とを交互に見る。
リエンツィは困ったような顔をして、ジェイドに言った。
「どうしましょう……クオンさん、どうしたんでしょう」
「すみません、僕の所為なんです。
クオンを探しに行ってもらえますか?
あ、あと……」
ジェイドは少し困ったような顔をしながら、言った。
「さっき誘ったの、半分は本気なのですけど……
クオンは多分良い顔をしないでしょうし……」
「えと……すみません、私……クオンさんと、一緒に居たいです。
一応、お手伝いはしに来ます、ね」
そういって微笑むリエンツィ。
それを聞いて、ジェイドは微笑みながら頷く。
リエンツィは"失礼します"といって、部屋から出ていった。
***
結果から言えば、リエンツィはクオンを見つけることが出来なかった。
正式に言えば、リエンツィが彼を探しに出た時には既に一人で任務に赴いてしまった後で、追いかけることが出来なかったのである。
珍しく荒れていた、と彼の部下が言っていた。
一人で行くなんて無茶だ、とも。
珍しく魔獣討伐に近い任務だとかで、それに彼が幾なんて殆ど無い話だった。
それを聞いたリエンツィは心配でならなかった。
先程のような彼の表情は見たことがなかったし、あのような声を聞いたこともなかった。
そんな彼が一人で……
そう思うと、気が気ではなかった。
落ち込んでいた?
否、怒っていた?
どうなのかはわからないけれど、冷静さを欠いているように見えた。
ああいう時の人間は戦闘に向いていないだろう。
そう思いながらも、どうしようもない。
リエンツィはクオンの帰りを待ち続けていたのだった。
それから、どれくらいしたころだろう。
風隼の棟が少し騒がしくなった。
リエンツィはそれにはっとして外に飛び出す。
すると、部屋に戻ってきたクオンと鉢合わせた。
「!リエンツィ……」
「クオンさん、お帰りなさ……っ」
リエンツィは思わず、目を見開いた。
というのも、部屋に戻ってきたクオンの白い騎士服が真っ赤に染まっていたからで……
「ドジ踏んだ、気にするな」
平気だから、と返す彼だが、いつものように笑ってはくれない。
それは、痛みのためだけでは無さそうだ。
ふいっとそっぽを向いて、医療棟に向かおうともしない彼の腕を、リエンツィは掴む。
やや手加減を忘れたために彼が小さく声を上げたが、リエンツィは彼を逃がさなかった。
「……無茶、したんでしょう」
静かな声でリエンツィは言う。
それを聞いて、クオンは目を見開く。
そんなことない、と答えるより先に、リエンツィは彼の腕を向き出しにした。
ぼろぼろになっている彼の腕。
まだ血が滲むその腕を、そっと撫でながら、リエンツィは言う。
「……あんまり危ないこと、しないでください」
リエンツィの震える声。
それを聞いて、クオンはもがくのをやめた。
見れば、リエンツィの手も微かに震えている。
そっと視線を彼の顔に向ければ、彼が泣いているのが見えた。
「な、何で、リエンツィが泣くんだよ……」
「だって……っ今までずっと、クオンさんに守ってもらったのに、私は……っ」
ふら、と彼の体が傾いだ。
クオンは驚いてその華奢な体を支える。
そんな彼の腕の傷は、もう完全に塞がっていた。
「リエンツィ!」
「……ごめんなさい、ちょっと、眩暈が……」
そういってリエンツィは力なく笑う。
それを聞いてクオンは眉を下げた。
「慣れないのに魔術使ったからだな……大丈夫か?」
クオンはそうリエンツィに問いかける。
その表情は、いつも通りの彼の表情だった。
そのことにリエンツィはほっとした顔をする。
「大丈夫です……ごめんなさい、クオンさん」
「いや……ごめんは、俺の台詞。
ごめんな、なんていうか……無理させて、ごめん」
「謝るべきところは、そこじゃないです……」
リエンツィはそういいながらクオンを見上げる。
クオンはその視線に少し目を伏せると、"ごめん"と詫びた。
「……お前が、ジェイドに勧誘されてるの見て、ちょっとな……」
そういって、クオンは目を伏せる。
リエンツィはふ、と笑いながら彼の頬に手を添えた。
「私は、ちゃんとクオンさんの傍にいますよ……たまには、ジェイドさんたちのお手伝い、するかもしれませんけど」
大丈夫ですから。
リエンツィはそういう。
それを聞いて、クオンは少しほっとしたように微笑む。
そして優しくリエンツィの頭を撫でながら、言った。
「ひとまず、今は休んでいいから……な?」
ゆっくりしてくれ。
クオンがそういうとリエンツィはほっとしたように目を閉じる。
クオンはそんな彼をそっとベッドに寝かせたのだった。
―― 支えたいと願うものは ――
(此処に来てからずっと私を守り、支えてくれた人。
貴方を放っておくはず、ないでしょう?)
(泣きながら俺の手当をする、優しい彼。
その手が、声が、優しくて可愛くて…)