「はぁあ……」
深々と溜め息を吐き出す、金髪の少年。
彼の様子を見て、養護教諭……カルセは苦笑を漏らした。
「これはまたなかなか盛大な溜め息を」
一体どうしたんです?
彼がそう問いかけると金髪の少年……ヘフテンは顔を上げた。
そしてばんっと座っているベッドを叩きながら、叫ぶように言った。
「溜め息吐きたくもなりますよ!」
カルセは驚いて瞬きをする。
そんな彼を見つめながら、ヘフテンはいった。
「大佐を見たら押し倒したいのに!場所がないんですよぉおお!」
「ヘフテン、トーンダウントーンダウン」
大きな声で飛んでもないことを言う彼に、カルセは慌てて言う。
それを聞いてヘフテンは少し慌てて口を噤む。
しかし、感情は抑えきれないようで、ヘフテンは溜息を吐き出しつつ、言った。
「大佐のおうちにはお兄さんたち、ましてやペルさんがいるから無理ですしうちにもお兄ちゃんがいるし……
この年だからラブホ行くわけにもいかないし」
もう、と悩ましげに言い出す彼。
それを聞いてカルセは思わず苦笑を漏らした。
そして、彼を窘めるように言う。
「あのねぇヘフテン……」
ラブホ、だなんて学校さで叫ぶ言葉ではない。
カルセがそういうとヘフテンは唇を尖らせた。
「だってぇ」
むくれた顔をするヘフテン。
彼の様子を見て、カルセはふぅっと溜息を吐き出した。
そして柔らかな前髪を掻き揚げつついう。
「まぁ、場所がない切実さはわかりますけどね」
学生の身分ではそんなことをする場所もないだろう。
……否、"清純な交際を"という学校の方針にはちょうどいいのだろうけれど。
でも、気持ちはわかる。
自分にも愛しい恋人はいるわけだし。
カルセがそんなことを考えていると。
「それに……」
ヘフテンがそう声を漏らした。
その声にカルセが思考をやめて、顔を上げた。
それを見つめつつ、ヘフテンはいった。
「大佐も大佐です。
僕ばっかり好きみたいで何か、寂しいですよ」
そういって少し拗ねたように目を伏せるヘフテン。
彼の様子を見て、カルセは苦笑まじりに行った。
「それは彼の性格ですから……」
「わかってますけど!でもやっぱり……僕じゃ嫌なのかなぁって」
そういうヘフテンは酷く悲しそうだ。
カルセはそんな彼の様子に溜息を一つ吐き出した。
「……やれやれ」
困った子たちですね、と呟きつつ、カルセはちらと手帳を確認する。
そしてすっと目を細めると、彼にいった。
「ヘフテン、私にひとつ提案があります」
そんなカルセの言葉にヘフテンは顔を上げる。
ぱちぱちと緑の瞳を瞬かせた。
「え?」
提案?
一体何ですか?
そう問いかけるヘフテンにカルセは言った。
「明日、私は学内の施錠当番なのですよ。
それまで少し保健室を離れますが七時までには閉めますから……わかりますね?」
彼の言葉に、ヘフテンは一瞬固まる。
しかしすぐにその言葉の意味を理解した。
そしてぱぁあっと表情を浮かべた。
「!カルセ先生……!」
目を輝かせながら言うヘフテン。
彼の表情を見つめて微笑みながら、カルセは人差し指を立てて、いった。
「其れと、もうひとつ」
―― いい方法を教えてあげましょう。
カルセはそういってウィンクを一つ。
それを見つめてヘフテンは幾度も瞬きをした。
***
―― 翌日。
「……どうしてだ?」
小さく溜息を吐き出しながらそう呟くシュタウフェンベルク。
彼はちらりと視線を"彼"の方へ向けた。
いつでも傍にいてくれる金髪の少年。
しかし今は彼から離れた場所で別のクラスメイトと話をしている。
楽しそうに。
「私はなにかしてしまっただろうか……」
こんな状況、今まで陥ったことはない。
そう思いながら、シュタウフェンベルクは溜息を吐き出した。
何だか、避けられているようなのだ。
隣の席なのはいつも通りなのだけれど、何かが決定的に違う。
笑ってくれない。
自分の方を見てくれない。
何も言ってくれない。
それが酷く悲しい。
と、ヘフテンが自分の席に戻ってきた。
椅子を引いて座る彼を見て、シュタウフェンベルクは彼を呼んだ。
「あの、ヘフテン……」
躊躇いがちな呼び声。
それを聞いてヘフテンは顔をあげた。
そして小さく首を傾げる。
「何ですか大佐?
あ、さっきの授業のノートならこれです」
微笑みもせずにそういう彼。
差し出されたノート。
それにはいつも通りに綺麗に板書が書かれていたけれど……
「あ、ああ、ありがとう……」
それ以上は何も言えなかった。
けれど、どうしてもやっぱり違う。
……何かが、決定的に違う。
「あ、僕ちょっと用事あるんで行ってきますね」
まだ授業始まらないですよねぇといいながらヘフテンは再び席を立ってしまう。
そんな彼の小さな背中を見て目を細めながら、シュタウフェンベルクは溜息を吐き出す。
その表情は寂しげな、そして途方に暮れたようなそれだった。
「……やっぱり、なにか怒っている……か」
そう呟くシュタウフェンベルクは軽く黒髪を掻き揚げる。
途方に暮れた表情。
相変わらずに悲しげな表情だ。
「でも、どうしたらいいだろう……」
怒っている様子ではあるのだけれど、どうしていいのかわからない。
何をしてやれば良いのか良く分からない。
彼が何で怒っているのかがよくわからない……
まだ戻ってこない恋人。
彼の姿を待ちながら、シュタウフェンベルクは小さく息を吐き出したのだった。
―― 小さな作戦と… ――
(愛おしい恋人。
彼と一緒に居たいと思うのは、僕だけナノかな…?)
(嫌なのかな、なんて寂しげに言う彼。
その様子に私が思わず提案したのは…?)