吹き抜ける、春の風。
それに揺れる、赤いおさげ……
その少年、ダリューゲは小さく息を吐き出した。
「……アズル」
小さく紡ぐ、名前。
それは、一国の王の名前だった。
ダリューゲが護衛を務める相手……アズル。
彼の笑顔を思い出しながら、ダリューゲは目を閉じた。
最近、思うことがある。
自分に構ってくれるアズルに対して抱く感情のこと、だ。
否、正式には彼が自分に向けてくれている感情、か。
彼は、自分のことが"好きだ"といってくれている。
その好きという言葉の意味は、ダリューゲにも、理解出来ていた。
そっと、自分の耳に揺れるイヤリングに触れる。
それは、彼に渡されたものだった。
―― これは、僕の国の紋章なんだよ。
彼は、そういっていた。
これは、自分の腹心や伴侶に渡すのだと。
彼が何を思ってこれを渡してきたのか。
それが察知できないほど鈍くはない。
自分に向けられる感情。
それは、ダリューゲにとっては嬉しくも複雑なものだった。
だって……
「俺、ふつうの人間じゃないしな……」
そう呟いて、苦笑する。
そして自分の手を見た。
魔力を使えば変化する自分の体。
何処でも武器となりうる、自身。
人間の形をした兵器として生きる自分に好意を向けられたところで、どうして良いかわからない。
しかも、だ。
相手は普通の人間ではない。
これは、ダリューゲとは違う意味で、だ。
相手は、アズルは、一国の王様だ。
国を治める人間。
そんな彼に、好かれても……――
「ダリューゲ?」
不意に聞こえた声にダリューゲは少し驚いて振り向く。
そこには、今頭に思い浮かべていた人間……アズルが立っていた。
不思議そうに首を傾げる彼。
ダリューゲは少し笑みをうかべて、彼に向かって問いかけた。
「どうしたの、アズル?」
そう問いかけるダリューゲ。
アズルは彼の言葉に少しきょとんとしたように瞬きをした。
それから不思議そうな顔をして、言う。
「どうしたの、は僕の台詞だな……
何かぼーっとしてるみたいだから、ちょっと心配になってさ」
そういって微笑むアズル。
ダリューゲはそんな彼をじっと見つめた。
ダリューゲは彼の言葉に幾度か瞬きをした後、言った。
「ううん……ちょっと、考え事」
「何を考えてたの?」
そう問いかけるアズル。
鮮やかな緑色の瞳。
それを見つめ返しながら、ダリューゲは少し目を伏せた。
それから、呟くような声で言う。
「……アズル、さ」
「ん?」
「……俺に、好きだとか、言うでしょ。
それって……」
どれくらい本気なの、なんて。
そんなことを聞くのは何だか気恥ずかしくて……――
しかし、アズルには彼が言いたいことが分かったらしい。
彼はふわり、と笑った。
そしてそっと、ダリューゲの頬に触れる。
少し驚いた顔をする彼を見つめながら、アズルは言った。
「僕が言ったのは、本気だよ。
本気で、君のことが好きだと思ってるから……」
そういって微笑むアズル。
いつも通りの笑みではあるが、その瞳には確かに強い光が点っている。
「……困る、よ。
人間の形した兵器の俺のこと、好きに、なられても」
ダリューゲは目を伏せながらそういった。
自分は、人間ではない。
人間の形をした、兵器。
そんな自分を好いたところで、どうにもならない、と。
アズルはそれを聞いて驚いたように瞬きをする。
それからそんな彼を見てふ、と息を漏らす。
そして彼の頭を優しく撫でながら、言った。
「迷惑、かな?
僕には君は可愛い男の子にしか見えないんだけど……
兵器なんかじゃ、なくって」
そういって穏やかに笑みをうかべるアズル。
ダリューゲは彼の言葉に瞬きをする。
そして目を伏せた。
彼の言葉に、少しだけ胸が痛くなった。
嬉しいと、そんな感情を抱く自分がいた。
……駄目だ、と思う。
このままでは駄目だ、と。
「……迷惑、ではない、けど……」
「迷惑でないなら、僕の傍にいてほしいな。
僕は、君のことが好きなんだもの」
そう言いながら穏やかに笑うアズル。
その瞳にダリューゲは少し困ったように視線を彷徨わせた。
そして、小さく呟くように言う。
「……例え、俺が傍にいることにしたとして、さ」
アズルの言う通りにしたとして、さ。
ダリューゲはそういう。
アズルは彼の言葉にゆっくりと首をかしげた。
「……跡継ぎとか、どうするの。
俺変身魔術得意だから姿かたちは変えれるけど……
本当の女には、なれないよ」
だから子供は産めないし、と彼はいう。
国王であるアズル。
彼には、跡取りが必要だろう。
しかし自分は男。
子供を産むことは出来ない。
それを自分で口に出しながら、少し切なくなった。
傍にいることにしたとして、なんて。
それをアズルが受け入れてくれるはずがないのに。
受け入れてくれたとしても、拒まなければならないと思うのに……
アズルはそんな彼の言葉を聞いて、ふわっと笑った。
そして優しくダリューゲの頬に触れながら、言った。
「養子でももらえばいいよ。
僕は別に王になりたくなったわけじゃあない。
兄弟はいないけど、親戚はいるんだ。
国が途絶えてしまうことはないよ」
だから、大丈夫。
そうして、アズルは笑う。
少しずつ、少しずつ、ダリューゲの不安を打ち壊していくアズル。
彼の言葉に、ダリューゲは目を伏せた。
それくらい、自分のことを……?
「……アズル」
「僕は、君さえ良ければ、僕の傍にいてほしいと思ってるんだよ」
そういって笑う、アズル。
ダリューゲはそれを聞て、暫し目を伏せた。
それから少し考え込むような顔をする。
アズルはそんな彼の頭を優しく撫でた。
そして、目を細めながら、言った。
「今までずっと良い子にしてきた。
叶えるべきことも叶えてきた……
自分の大事な人くらい、自分で選びたいよ」
そんな彼の言葉にダリューゲは目を見開く。
そして、ふっと息を吐き出しながら、言った。
「……まぁ、反乱が起こったら……俺が、鎮圧してみせるよ」
そういって少しはにかんだような顔をするダリューゲ。
アズルはそれを聞いて、ふわりと嬉しそうな表情を浮かべた。
そしてそんなダリューゲの頭を撫でながら、言う。
「傍に、居てくれるんだね?」
「……そうして、アズルを守れるなら……」
―― そうするよ。
ダリューゲはアズル二そういう。
その表情は少し吹っ切れたようなそれになっていた。
彼に、好かれること。
それを、受け入れてしまおうと思って。
「……ふふ、ありがと、ダリューゲ」
そういいながら、アズルはそっとダリューゲの頬にキスを落とす。
そんな彼の行動に少しだけ照れたような顔をしつつ、ダリューゲは一度目を閉じたのだった……――
―― その感情を受け入れること ――
(人間ではない俺に暖かな感情を向ける彼。
それを受け入れてしまうことに戸惑いを感じたけれど……)
(いっそ、受け入れてしまおう。
彼がそんな柔らかく暖かい感情を向けてくれるなら…)