穏やかな緑の街を四つの影が歩いていく。
先に走っていくまだ幼い金髪の双子。
それから少し遅れて歩いていく、黒髪の少年と緑髪の男性。
彼らは久しぶりの休暇をとってこの街に遊びに来たのだった。
吹き抜ける爽やかな風。
都会のような便利さは無さそうだが、その街……
フォレーヌは国の中心部より幾らか気温が低く感じた。
緑の木々が揺れる。
春のような華やかさはないが、鮮やかな緑が街中を埋めていた。
―― 夏のフォレーヌは殊更美しい。
この街出身の騎士……ジェイドはそういった。
それこそ街で揺れる緑の木々と同じ色の瞳を細めながら。
彼と一緒に歩きながら、黒髪の少年……メンゲレは深緑の瞳を細める。
そして、小さく呟くような声でいった。
「此処に来るのも慣れましたねぇ……」
恋人であるジェイドの故郷。
彼は時折ジェイドと一緒に此処に来るようになっていた。
というのも……
ジェイドが一人でいくのは退屈だし、
せっかくの休暇だから貴方と一緒に居たいのだと言うから。
メンゲレだってそういわれて嬉しくないはずがないし、
一緒にいたいと言う思いは同じ。
だから、彼らは二人でフォレーヌを訪れることが多くなっていたのだった。
もっとも……
最近では二人ではなくて、メンゲレの子供である双子……アントレとソルティも、
ジェイドとメンゲレと一緒に来るようになっているのだけれど。
四人で歩いていると、親子で歩いているような気分になる。
フラグメントであるメンゲレにとって明確な"家族"という感覚は薄いけれど、
こうして四人で歩いていくというのはかけがえのない時間に感じるのだった。
「慣れました?」
ジェイドはメンゲレの言葉を聞いて嬉しそうに微笑む。
自分の故郷。
そこに来るのに慣れたと、一番愛しい人が言う。
それは彼にとっても嬉しいことだった。
「此処が貴方たちにとっても故郷と思えるくらいになったら良いな、と思いますよ」
ジェイドはそう言って微笑みつつ、優しくメンゲレの頭を撫でる。
その大きな手に、メンゲレは擽ったそうに笑った。
「父上様ー!ジェイドさん!早くー!」
先に駆け出していったお転婆な少女、ソルティが二人を呼ぶ。
それを追いかけていったアントレも自分の父親とその"恋人"の方を振り向いていた。
ジェイドはそんな双子を見て翡翠の瞳を細める。
そしてメンゲレと顔を見合わせて笑うと、いった。
「二人もああいってますし、いきましょうか」
「ふふ、そうですね」
あまり待たせるのもなんですし、といってメンゲレも頷く。
そして二人は少し早足で、先に歩いていってしまった子供たちを追いかけたのだった。
***
四人が向かっていたのは、ジェイドの家。
教は彼の妹であるリンに会うために、こうして訪ねてきたのだった。
ジェイドの親は両親共に医者なのだと言う。
それゆえに忙しいのか、滅多に家に帰ってこないといっていた。
幼い頃はそれを多少寂しいとも思っていたらしいのだが、
今のジェイドからしてみれば、父親と顔を会わせると、
婚姻だの見合いの話になるのが面倒で、ついつい対面を避けているという。
ただ妹であるリンは寂しがりで、家族の誰より兄であるジェイドが好きで、
その大切な相手であるメンゲレや、年が近いアントレやソルティのことが好き。
だからこうして時折顔を見せるようにしているのだった。
辿り着いた、フォレーヌの外れにある一軒屋。
その家の前に、すでに彼女……リンはたっていた。
どうやら、兄であるジェイドの帰りが待ちきれなかったらしい。
「あ!リンさんだ!」
ジェイドやメンゲレより先に歩いていたソルティはそう声をあげると、
ぱぁっと顔を輝かせて、いっそう走るペースをあげた。
「あっ、ソルティダメだって!あんまり走ると転ぶよ!」
そういいつつ慌てて妹を追いかけるアントレ。
そういう彼の方が転びそうになっているのはご愛敬だ。
リンは駆け寄ってきた友人たちを見て明るい笑顔を浮かべた。
そして駆け寄ってきたソルティをぎゅっと抱き止める。
「お待ちしてましたよ」
「久しぶりね、リンさん!」
ソルティはにこにこと笑いながらリンに言う。
彼女も嬉しそうに"本当にお久しぶりね"といった。
「でもリンさん、外に出てきていて大丈夫なの?」
やっとのことでソルティに追い付いたアントレは言う。
リンは体が弱く、あまり日光を浴びられない体質。
こうして強い日差しの下にいてもよかったのだろうかと心配そうだ。
リンはそんな彼を見てふわりと笑う。
そして"流石ですね"と微笑みながら、いった。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。
今日はとても体調が良いんです」
だから張り切って待っちゃいました、といってリンは微笑んだ。
それを聞いてアントレは"なら良かった"といって笑みを浮かべる。
「遅くなってしまってすみません、リン」
追い付いたジェイドが妹に挨拶をする。
彼女は嬉しそうに微笑むと、一度ソルティから離れた。
そして久しぶりに会う兄と、その隣にいる恋人とに挨拶をする。
「お久しぶりです、ジェイドお兄様、メンゲレさん」
そう言って笑う彼女。
体調が良いという言葉通り、いつもよりも表情も明るく、顔色も良い。
ジェイドはそれを見てほっとしたような顔をしていた。
リンの体の弱さは兄であるジェイドが一番よく知っている。
事実一度危ない状態に陥ったことがあるというから、なおさらだろう。
そんな妹がこうして元気に出迎えてくれることは、彼にとっても喜ばしいことのはずだ。
リンはそうしてにこにこと笑うと、家のドアを開けた。
"お父様もお母様もいませんが"といって四人を招き入れる。
室内には既にお茶の支度が整っていて、ジェイドは目を丸くした。
「リン、これは貴方が?」
ジェイドがそう問いかけると、リンははにかんだように笑いながら、頷いた。
「だってお兄様、来たら支度してしまうんですもの。
たまには私に準備をさせてくださいな」
もてなしをする心得だってあるんですから、といってリンは微笑む。
そしてソルティとアントレの間に座って、五人分の茶をいれた。
「クッキーも、リンさんが焼いたのですか?」
テーブルの上のバスケットに入ったそれを見て、メンゲレが訊ねる。
その言葉にリンは恥ずかしそうに頷いた。
「えぇ……メンゲレさんのように上手に作ることは出来ませんでしたけれど」
「ふふ、上手ですよ」
とても良い香りがします、といってメンゲレは微笑む。
それを聞いて、リンは嬉しそうな顔をした。
お菓子作りが上手いメンゲレにそう言ってもらえて、嬉しかったのだろう。
「はい、どうぞ」
「わぁい、いただきます!」
ソルティが無邪気に笑ってクッキーをひとつとる。
それを頬張りつつ"美味しい!"と笑うと、リンは嬉しそうに礼をいった。
「お茶も、いれるの上手になりましたね、リン」
「ありがとうございますお兄様」
嬉しいです、といってリンは笑った。
何もかもが憧れの兄。
少しずつでも彼に近づけているだろうか、と思いながら。
そうして五人はお茶をしながら雑談を楽しんだ。
ジェイドやメンゲレ、双子たちは城の様子をリンに話し、
リンはそれを楽しそうに聞きながら、早くいってみたいと笑った。
そして、ふっと笑みを浮かべつつ、彼女は客人四人を見つめる。
そんな彼女を見て、ソルティはきょとんとした。
そして彼女に問いかける。
「?どうかした?リンさん」
いきなり黙っちゃって、とソルティは問いかける。
はしゃぎすぎて具合が悪くなったとかだろうか、と、
アントレは少し心配そうな顔をしていた。
しかしそれは杞憂らしく、リンは明るく微笑む。
そしてメンゲレとジェイド、アントレとソルティを順に見ながら、いった。
「何だか本当に家族みたいだなぁ、って……
ううん、こんな家族だったら幸せだなぁって」
そう思ったんですよ、といってリンは微笑む。
彼女にとって、家族の記憶というものはやはり薄い。
両親は自分を心配していつでも傍にいてくれたし、
兄だって離れている場所からでも自分を気にかけてくれていたけれど……
やはり、今目の前にいる四人のような家族が、理想だと思う。
……もっとも、ジェイドもメンゲレも男で、父親も母親もないけれど。
ソルティはそんな彼女の言葉を聞いて、ぱぁっと明るく笑った。
「あたしもそう思うよ!幸せだよね!」
みんなでずっと一緒にいられたら!と彼女は笑う。
彼女にとって一番の幸せはそれ。
かけがえのない片割れ、アントレ。
自分の父親であるメンゲレ。
その大切な存在であるジェイド……
彼らと一緒に過ごすことが、何より幸せで、それが永遠であれば良いと思う。
そんなソルティの言葉に"確かにそうだね"といって、アントレも微笑んだ。
リンも"やっぱり良いですよね!"と明るく笑う。
メンゲレはそんな子供たちや、リンの妹での発言を聞いて深緑の瞳を瞬かせる。
ジェイドはくすくすと笑いながら、彼にいった。
「家族公認の仲ですねぇ」
「!ジェイドさん!」
メンゲレは慌てたように、恥ずかしそうな声をあげる。
それを聞いてジェイドは更に楽しそうに笑った。
「おやおや、事実でしょう?」
ね?といいながら嬉しそうに笑うジェイド。
照れ臭そうに頬を赤く染めるメンゲレ。
それを見て笑う子供たち。
メンゲレは頬を赤く染めてそれを見つつ、小さく息を吐き出す。
確かにこれは幸せな家族のかたちかな、何て思いながら。
―― Happy family ――
(きっとこれは幸福の形。
愛しい貴方がいて、かけがえのない子供たちがいて)
(幼い頃に求めて手に入らなかったもの
それが今になってこんな形で叶うのがあまりに幸福で…)