新旧医療部隊長の小説です。
クレースのことを思い出してるカルセと、そんな彼を見るジェイド…みたいな。
ジェイドはクレースのことを知らないので、
カルセが落ち込んだような顔をしているのが気にかかっても、
その原因がわからないのですよね…
カルセは基本的に周囲に弱みを見せません。
だからジェイドにも本当のことを話しはしませんが……
こういう教え子と師のペアも良いですよね←おい
ともあれ追記からお話ですー!
柔らかな風が吹き抜ける。
穏やかな、穏やかな、ディアロ城の中庭。
そこで本を読んでいたカルセ。
彼の耳は自分を呼んだ仲間の声に顔を上げる。
歩み寄ってくる、長い深緑の髪の少年。
カルセにとって大切な存在である、少年……――
大きく手を振りながら歩み寄ってくる彼……クレース。
カルセはそれを見てふわりと笑う。
そして、彼が歩み寄ってくると立ち上がる。
「クレース」
「カル!お仕事終わったよ!一緒にお昼食べよ?」
嬉しそうに笑いながら駆け寄ってきた彼。
それを見て、カルセは嬉しそうに頷く。
そして彼を連れて、歩いて食堂に向かうのだ。
***
ふっと、カルセは顔を上げた。
書きかけの書類。
どうやらそれをやりながら眠ってしまったらしい。
全く私としたことが、と呟きつつカルセは苦笑する。
久しぶりに、かつての恋人の姿を見た。
夢の中でしか会うことが無くなった恋人の姿。
彼は、記憶の中でいつも笑っている。
「それが嬉しいような、悲しいような……ですね」
カルセはふ、と溜め息を吐き出す。
記憶の中のクレース。
彼はいつでも笑っていて、泣き顔や苦しそうな顔は覚えていない。
たまに悲しそうな顔をしたり、寂しそうな顔をしているのは覚えているけれど……
そうして、彼の笑顔しか覚えていないのは。
彼の苦しそうな表情を覚えていないのは。
彼が、そんな表情を見せてくれなかったからか……
カルセはそう思いながら少しだけ悲しくなってくる。
彼は悲しそうな表情を見せないように試みていたのだろう。
苦しそうな顔を見せないようにしていたのだろう。
それは一重にカルセを思っての事だったと思うのだけれど……
「もっと……色々な表情を見せてほしかったですね」
もっとちゃんと頼ってほしかったと思う。
もっと色々な表情を見せてほしかったと思う。
もう二度とあんな後悔はしたくない。
"もっとああしたかった"何て思いたくない。
出来る限り……
出来る限りでいいから……
「長く、一緒に居たい……なんて」
思うのは我儘ですかねぇ、とカルセは呟く。
もう騎士ですらないカルセ。
研究者である彼。
色々な国を渡り歩いたり、国内でも色々な土地を巡ったりすることが多い。
今までは、それでいいと思っていた。
そうしてあちこち飛び回っていれば、"この人が居ないと"という相手は出来ないと思っていた。
その方が好都合だと思っていた。
もう二度と、大切だと思う人間を作らない。
もう二度と、失う苦しみを味わいたくはないなんて。
「それ自体が、我儘だったんでしょうねぇ……」
こんなにも大切に思う人間に出会ってしまったのは、
ある意味最大の褒美であり、最大の罰であるように感じる。
一度大切な人を失った自分への慰め。
散々我儘を言って周囲を避けた自分への罰。
そのどっちだろう。
そう思いながら……目を閉じる。
人を大切に思う事。
人に大切に思われる事。
そのどちらをも拒絶した。
カルセはいつでも笑顔だったから。
そんな彼の笑顔の奥に隠れた悲しみや苦しみに誰も気が付かなかったから。
彼の拒絶にさえも、誰も気が付かなかった。
柔らかな笑顔を浮かべる彼がさり気なく周囲との接触を避けていることに、誰も気が付かなかった。
「先生?」
不意に聞こえたのは、自分の教え子の声。
それにドアの方へ振り向く。
軽いノックの音が聞こえた。
「あ、ジェイドですか……どうぞ」
「失礼します」
その声と同時に、ジェイドが部屋に入ってくる。
そしてカルセを見て、首を傾げた。
「……どうか、しましたか?」
「え?」
ジェイドの問いかけに、カルセは瞬きをした。
そんな彼の様子を見て、ジェイドは翡翠の瞳を細める。
「何だか……悲しげな顔をしているように見えたので」
「!……気のせい、ですよ」
大丈夫です、とカルセは微笑んだ。
その笑顔に、ジェイドは少し眉を寄せた。
―― また、だ。
何だか意味ありげな表情。
寂しそうな表情。
その理由は、わからなかったけれど……
カルセの今の表情が、"何でもない"という風にはとてもじゃないけれど見えなかった。
「先生……お疲れなようならば、しっかりお休みになってくださいね」
それくらいしか言えない自分が悔しい。
そう思いつつ、ジェイドは言う。
カルセは彼の言葉を聞くと、ふわりと微笑んだ。
そして傍に来たジェイドの柔らかな緑髪を上からわしゃりと撫でる。
昔からそうしていたように。
かつてと同じように……
「変わりません、ねぇ……ジェイドは」
「?そうですか?」
カルセの言葉にジェイドは微笑む。
"変わってないと思ってもらえるなら何よりです"といって。
変化も大切だと思う。
でも、変わらない何かも大切だと思うから……
そしてカルセも、そう思っていた。
変わってしまったものがたくさんあるからこそ、変わらない教え子にほっともする。
「久しぶりに昔話でもしましょうか、ジェイド?」
食事でもとりながら、とカルセは言う。
ジェイドはそんな師の言葉に小さく頷くと、柔らかく微笑んで見せたのだった。
―― 変わらぬままに… ――
(私は周りより長く生きていますから…
変わってしまったものも多くあるのですよ)
(貴方が抱えるものの一部さえも僕には理解出来ない
でも、少しでいい…支えたいと思う人間が傍に居ることは忘れないで)
2014-8-1 18:10