ハンター日誌・225日目・バルバレ近辺村
記者・YOU

太陽が真上に登りかける昼前時、村の隅にある診療所は周囲の建物の都合上日陰へと入り、働き時な気温の中その場所は涼しげな空間となっている。
バルバレ近辺はやや暑い気候の為、この場所は時間を過ごすには持ってこいな場所となっていた。

「いやぁ……死ぬところだったよ…へへっ…ありがとタマメぇ……ムッシャァッ」

頭を下げ、命を助けて貰った人に礼を言う。
村の片隅にある医療所から出てきた私は既に毒テングダケの食中毒から回復し、いつもの胃と身体の調子に戻っていた。
その証拠に今も小腹が空いているので、好物である【苦虫】を口一杯に頬張った。噛み潰すと割れた甲殻の中から解毒作用を含むまったりとした体液が溢れ出す。

うん、いい味だ。
苦青臭い味が一杯に拡がる。

「あらあら全く、ひと月別行動していても変わらないんですね〜。ヨウさんのその趣向も相変わらずで〜」

今回命を助けてくれたのは偶然にも私の顔馴染みの女性だった。その顔馴染みの女性は私の食事風景と食欲を眺めながら、「あらあら」と肩を透かしていた。

名前はタマメという、大剣使いのハンターである。
穏やかな物腰は出た家系のものらしく、静かさと優雅さを兼ねていた。二つ分けにした前髪は小振りに切り揃え、後ろ髪は長く中程の所で括り纏めている。髪質は艶やかにきらめいており、そこからも育ちのよさが伺えた。

纏っている防具は赤く彩飾され、防具と言うよりかは外側に着けた骨格といった風に見える防具だった。
ネルスキュラ一式。先日私が食べたモンスターと同じものの装備である。
今は頭部の装備を小脇に抱え、のほほんとした糸目が基調の綺麗な顔を晒していた。

「もっちゅ……ムッシャァ、んぐんぐ」

「食べ物を口に入れたまま喋っては駄目ですよ〜。喋るなら飲み込んでからですね〜」

「んんー……ごくっ…へぇあ。お待たせ、タマメぇ」

噛み潰され唾液と混ざった苦虫のペーストを飲み込み、改めてタマメへと向き直る。

タマメは元々私と、あと一人別のハンターを含めてパーティーを組んでいた。それがとある切っ掛けで三人とも別々に行動することとなり、現時点まで単独活動を行っていたのだ。

「どうだった一人の狩りは…?大剣一人だとやっぱり辛かったりしなかった…?」

「うーんそうですねぇ〜。やはり三人でのコンビネーションに慣れていたので、初めは苦労しましたね〜」

「うん…でもその装備ってネルスキュラ一式だよねぇ。一人で何回もネルスキュラに勝つって中々出来ないと思うよぉ…」

タマメは別行動を取る前の当時、防具はイャンクック一式で統一されていた。そこからランクの違う防具へ一式揃え変えるのは難しいものである。
早く揃えるのであれば仲間と共に狩りに出れば比較的楽に集まる。しかし私達は様々な狩りの経験の為に単独で行動する約束をしていたので、必然と防具新調に置いての難易度は上がるのだ。

「あら〜でも集会所の受付嬢さんにも聞いたところ、ヨウさんもつい先日ネルスキュラを一人で討伐したそうじゃないですか〜。ヨウさんも腕が上がっているんですね〜」

「うん…ネルスキュラは中々美味しかったよ。ちょっと臭かったけど味は鳥コンソメみたいな味だったんだぁ…」

「あらあら、それは良かったですね〜」

にこやかな涼しい顔のまま、タマメは私の言葉を聞いていた。私もつられてつい朗らかな気分になっていく。

そんなさわやかな再会(?)を診療所前で公開していた私達は、久々の仲間との会話と言うことで話し込める場所へと身を移すこととなり、ゆっくりとした足取りで村の大衆酒場へと向かっていった。


※※※※※


実の所ハンター生活が始まってから、私のこの食の趣向を見てもヒかなかったのはタマメが初めての人物であった。
内気で独特な感性を持つらしい私は、他のハンターからは少し疎遠される立場にあった。狩り場でも好き勝手に採取をする、ずっとブツブツ何かを言っている、挙げ句は狩ったモンスターをその場で(生で)食べる等々、気味悪がられるだけの素材は揃っていた。
今なお私の噂は広まっているらしく、ここ大衆酒場でも好奇心の目で見てくる者は少なからず存在していた。

そんな奇異の目の中、持って来た清酒の中に乾燥、細切れにした【火炎草】と【ボンバッタ】を突っ込み、私は超辛口の熱燗に舌鼓を打っていた。

目の前の席にはタマメが座っている。タマメは本格的な昼食にはまだ早いので軽食であるビールとサラダを頼み、それで注文は終了した。
それを見た私は、カウンターへと帰ろうとしているウェイターの女の子を呼び止め、「ステーキ二つとポテト四つを追加でぇ…」と軽食を注文した。承知しましたぁと可愛らしい笑顔で軽く頭を下げ、そのウェイターは早足でカウンターへ戻っていく。

注文が終わるとタマメはポーチから大きめの白い布を取りだし、膝の上にかけた。この作法も育ちのものらしく、公共の場での食事マナーとして教えられていたらしい。食べ物を落として膝が汚れないようにする為だろうか。
私もそれに習い、膝の上に食べ物を落としてもまた後で食べれるように、縁が広めの木皿を置いている。
落とした物すら食べるという食への執念が、膝上のマナーからひしひしと伝わってきていた。

「いっぱい頼みましたね〜。そんなに食べてお腹壊さないんですか〜?」

「…食事は人が進化して得た至高の娯楽のひとつなんだよぉ…!人生何があるか分からないし…食べたい時に食べたいものを食べとかないと後悔することだって絶対ある…!だから私は……例えお腹が壊れても胃袋の死なない限り食べ続けるんだぁ…へへっ」

タマメの問答に対しそう熱く言い放つと、タマメは「無理せず、程々になさってくださいね〜」とその場を流す。大してつっこみもせずに軽く流してくれる様は、パーティーを組んでいた頃から変わらない恒例行事の様なモノだった。

あと足らないとすれば、辛辣なツッコミを入れてくれる一般的な感性を持つ人だろうか。いつもはそのツッコミを持って会話の締めとしているのだが、その人物は今ここには居ない。

「タマメぇ…話が変わるんだけど…久々に会ったんだし、互いの腕を見るためにひとつ狩りに行かない…?」

それなりに腰が落ち着いてきたので、私は狩りの提案を申し出た。それを聞いたタマメは少し考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。

「狩りですか…いいですね〜。交易船と砂上船での長旅で身体が少し固くなっていたので、ひとつやってみましょうかね〜」

「じゃあ決まりねぇ…へへへっ」

私は思わず、にやにやと笑みを浮かべてしまった。
大衆酒場へと向かう途中、集会所前のクエストボードに少し気になる依頼があったので、私はそれをちぎって持ってきていたのだ。

にやにやと笑う私を見つつ、タマメは運ばれてきたサラダとビールをつまんでいた。緑の葉野菜、細く切られた白い根野菜と半熟卵が美しく調和し、見るだけでお腹が空いてくる。少量のスパイスとチーズもかかっており、白と緑のサラダにまったりピリリとした味と彩飾を彩っていた。
横には小さな樽ジョッキが置かれており、その中には甘いカラメルと二種類のフルーツで熟成された果実ビールが入っているのが匂いで伝わってきている。

ビールも頼もうかなぁ……そう悩んでいるとタマメは手に持っていたフォークを置き、話の続きにと私に話し掛けた。

「それで、何の依頼なんですの〜?出来れば肩慣らし程度の依頼が好ましいのですが〜」

「へへっ……これだよ、はい」

さっき持ってきていた依頼書をタマメへと渡す。巻かれ棒状になっているそれをタマメは机の上へと広げ始めた。少し煤けた色をしているその依頼書は上部にモンスターの絵が描かれており、その下に依頼内容が書かれている。

依頼内容の始めには題名として、【フルフルの討伐】と書かれていた。

「フルフル…ですか」

余り反応をせず、タマメはそう呟いた。私はそれに続けて話を進めていく。

「そう…フルフルだよ…!場所は凍土で…………うん、報酬金もそこそこなヤツだったから持ってきちゃった…へへっ」

「…………フルフルですかぁ〜……」

タマメは少し、落胆した様な表情を見せた。口元に手をやり、少し考え込むようにうつむき始める。眉間に少しシワが寄り影を落としていた。

なんだか、嫌がっていそうな雰囲気が伝わってきた。

「…あれ、嫌だった…?」

「……はっ、いえいえ、そんな事はないですよ〜」

私が聞くと、途端にタマメの顔は元の朗らかな表情へと戻った。
「じゃあ明日の朝、出発しましょうか〜」とだけ言って依頼書を巻き、私に手渡してから食事へと意識を戻していく。

「…?」

タマメにしては、なんだか区切りが変な気がした。
いつもお茶の葉っぱの安心する香りの様な雰囲気を出しているタマメが、少し濁った顔をしていた。
半年以上パーティーを組んできて今まで見たこともない表情だったので、少し気になってしまう。何か気にかかることでもあるのだろうか?

気になって仕方がなかったので、私はタマメへと話しかけようとした。

「はぁーい!お待たせしましたぁ〜!ステーキ二つとポテト四つで〜す!」

瞬間、肉汁が蒸発してジュワァアと大きな音を立てる鉄板と、茹でてマッシュされた大盛りのポテトが机の上にドカドカと置かれた。

ステーキは熱された鉄板の上で今もなお焼かれ、縁に少しずつ焦げ目をつけていく。肉と油の焼ける匂い、二種類の香辛料、塩で簡素な味付けをされているその分厚いステーキは薄く白い水蒸気を立ち上らせ私の鼻を誘惑していた。ステーキ肉の隣にはソースの入った石の器が添えられており、鉄板の熱で加熱され中のソースも香りを放っている。
ポテトも独特の甘い香りを立てて私の胃を踊らせる。こちらも少々のハーブと葉野菜、黄色のソースが添えられており、食欲を沸かせる色合いとなっていた。

それらのセットが二枚と四皿、私の目の前に置かれている。


なんと幸せな事だろうか!!


と、極上の至福が目の前にあるので、私のお腹は「早く食わせろ」と言わんばかりに鳴り響いた。その音はタマメにも届いたらしく、「相変わらずですね〜」との感想をもらしていた。

「御注文は以上でよろしいでしょうか?」

ウェイターの女の子が皿と鉄板を置き終え、注文した食事がこれで全てかどうかの確認を取ってきた。
私のこの大量注文の食事風景も彼女にとっては手慣れたもので、慌てた様子もなく次の仕事へ移るために手早く進めていく。
彼女はウェイターとして、とても優秀な仕事をしていると思った。
売り上げ貢献の為なのか、もしくはお客へのサービス業なのか、ともかくとても絶妙な接客をしてくる子だと、私はここに来る度に感嘆する。


御注文は以上でよろしいでしょうか?


目の前の食事と高まりきったテンション、鳴り響くお腹の欲望につられ、彼女のその魅惑の言葉に私はつい、

「じゃあ……ビールとサラダも追加でぇ…へへっ」

と追加注文するのであった。