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2023.5.6 20:04 [Sat]

「悠仁」
ふと、静けさを裂くように後ろから呼びかけられた。振り返ると五条が手を振っている。
「あ…五条先生」息がつまりそうになった。
「あれ、怪我?」五条が近づいてくる。
「ちょっと油断しちゃった。先生、任務帰り?」
「うん。さっき帰ってきたばかり」「そっか」
少し沈黙が走る。虎杖は目を反らしている。ぎこちなさが漂う。
「お土産あるんだけどさ、悠仁の部屋行ってもいい?」と五条が提案する。
「う…うん」虎杖は押されるように頷いた。
「先生どこ行ってたんだっけ」
自室に招き、真ん中に設置したテーブルを囲む2人。
「どこだと思う?ヒント、八つ橋」テーブルに広げた菓子箱からスイっと取り出す。
「京都!」
正解、と言い自身の口に入れる五条。
虎杖は包みをいじっている。
「それにしても派手にやってねぇ、痛くない?」
「全然、見た目ほど重症じゃないよ」
「ふーん」
五条は虎杖の顎に手を添え、自分に向かせた。
「まぁ、出血も止まってるし。確かに大丈夫そうだね」
「……!」
虎杖は硬直し手にしていた八つ橋がテーブルに落ちる。目隠し越しで傷を見ているのか目が合っているのか分からない。
10秒は経った。一向に手を離さない五条に気恥ずかしさを感じ虎杖は顔を背ける。
「…あのさ、六眼って人の心まで読めたりすんの」
「それはさすがに無理かな」「そか」
自他認める最強なのだ。それすらできそうだったぼでとりあえず安堵する虎杖。
「でも、悠仁が僕を好きな事は知ってる」「へ?」息がヒュッとなる。
沈黙が間を支配した。やがて、虎杖は唇を震わしながら聞く。
「…いつから気付いてた?」
「随分前からかな。悠仁、僕の事ずっと目で追っかけてたから。目が合うと気恥ずかしそうに一瞬逸らすしね」
開いた口が塞がらない。宿儺に気付かれた理由が分かった。
「まぁ、でも今のは賭けでもあったよ。悠仁の反応から大正解だったみたいだけどね」
「えっと…ええと」
虎杖は未だ混乱している。顔が赤面していく中、どう誤魔化すか頭を必死に回転させようとする。
五条は伸びをしながら体勢を楽にする。一息ついたようだった。
「僕は一応教職という立場にあるから悩んだよ。一線超えるものかどうか」「え…」
呆けている虎杖に五条は、改めて向き直り少し距離を縮めた。
「あ、これ告白のつもりなんだけど」さらりと言う五条に虎杖は唖然とする。
驚いてばかりの虎杖だが、ようやく落ち着きを取り戻した。そして徐々に複雑な面持ちになる。
「…先生、俺嬉しいよ。嬉しんだけどさ、その、駄目だと思う」
「なんで?」
「俺は呪いだから」
虎杖は俯きながら呟く。
「俺にそんな資格ないし、先生を不幸にしたくない」
目をぎゅっと瞑る。
ふいに、額に痛みとは言えない程の振動が当たる。
「考え過ぎ」
顔を少し上げると、五条の人差し指が虎杖の額を突いていた。
「悠仁、僕を誰だと思ってんの、呪いなんて慣れたもんだよ」
五条は指を離すと自分の前で振りながら笑っている。
「先生…」
五条は目隠しを外す。解放された長い睫毛が揺らしながら、どこか懐かしむように上を向いた。
「この世界にいるとさ、嫌でも人の負の感情に触れる。そんな中で一際明るく善人な君に出会った」
虎杖は憂いを帯びたようなその横顔に見惚れる。
「誰よりも過酷な道にあるのに人を思える君は、誰よりも優しくて、この僕の中では稀有な光のような存在だよ」
ふいに、澄んだ蒼い瞳が虎杖を映す。
「だから好きになった」
虎杖は捕らわれたかのように動けなくなる。
「一緒に地獄を見よう、悠仁」
真剣な声色と共に五条は虎杖の肩を抱いた。
緩やかに重ねられた唇、虎杖の目が大きく開かれる。
締め付けられるように胸が苦しくなる。迷いは消えない、正しいかはわからない。けれど、やはり自分はこの人が好きなのだと実感する。虎杖は想いを受け止める為、その背にゆっくりと手を回した。
「…先生、一つ、酷い頼みをしても良い?」
「うん」
「指を全部飲んでいよいよ死刑って時は、…先生が俺を殺してよ」
少しの間を起き、五条は答える。
「…分かった、最後まで一緒にいるよ」
息を吐き、可能な限り痛みを受け流そうとする。
虎杖に覆いかぶさる宿儺は、その姿を見下ろしながら口元に笑みを浮かべている。
その眼下にいる虎杖は苦痛に耐えながらもその笑みを少し興味深く思う。
いつもとは違う、どこかささくれ立ったものを虎杖は感じている。引き込んでから、ろくに口を開かず自身を組み敷き凌辱を始めた。
目は口ほどにものを言う。宿儺の瞳は笑みと真逆の色が差していた。
「今日は随分と機嫌が悪そうだな、宿儺」
上がる息の中そう聞く。だが、聞きつつも当然、虎杖には心当たりがあった。
「そう見えるか?」腰を動かしながら、ようやく口を開いた宿儺は感情なく答えた。
「なんだよ、気に入らなかったか?」
「ああ、気に入らんなぁ」
宿儺は目を細める。
「お前はあの男に呪いをかけたのだ」
言われずとも分かっている事だった。そしてその呪いを五条が受け止めてくれた事を虎杖は嬉しく思った。
共に地獄を歩むとまで言ってくれた五条の為にも、もう、後悔はしないと決めたのだった。
「オマエの快は俺にとっては全て不愉快だ」
露骨に嘲笑う宿儺に、虎杖はハッと笑って見せる。
「そんな言って」虎杖は続ける。
「お前、俺の事、一周回って好きなんじゃねぇの?」
虎杖にとっては単なる挑発だったが、その言葉に宿儺の動きが止まった。
それは一瞬の動揺だった。当然、好意を寄せている事はあり得ない、が、虎杖に執着していた事に気付いたのだった。
肉体だけではなく、心までも捕らわれている事に。
宿儺は一つ気の抜けたような笑みを零す。そして天を向き笑い出す。
それは空気を裂くような凶悪な笑い声と化し領域内に響き渡り始めた。
今までにない不穏さに虎杖はゾッとした。逃げることは出来ず、その様子を見ていた。
ふ、と笑い声は止み、静寂が訪れた。虎杖は息を飲む。
だらりと首を戻した宿儺の目は冷酷さを帯びていた。「…不愉快だ、オマエの存在全てが」
突然、グッと腰を乱暴に突き動かし始める。
「ぅあ”っ…!」
不意打ちを喰らい虎杖は呻く。呼吸が上手く整わず激痛が身を支配する。
「ぐ…っぅ!あぁ…っ!」
両手で宿儺の腕を掴み、押し退けようとするが叶わない。次第に虎杖の首に宿儺の手が絡みつく。そして、じわじわと力を込もっていく事に虎杖は目を見開く。
「く…っ」
赤い瞳が攻撃的にぎらついている。
「す、宿儺…っ」
眼の前の存在が、呪いであると改めて認識する。明確な殺意を感じ、死を覚悟した。
だが、自然と虎杖は口元に笑みを浮かべる。初めて、ここで痛み分けが出来たのだ。それが嬉しかった。
「お前、は、俺と、死ぬんだよ…っ」
息も絶え絶えの中、振り絞って口にする。首を締める力が強まった。不思議と苦しさは感じないでいる。
虎杖は、決して目を逸らさなかった。意識が完全に薄れゆくまで。
10月30日、渋谷の街は一変した。
平地になった光景を目にし虎杖は崩れ落ちる。
嗚咽を漏らすその姿に、宿儺は笑う。
「やはり、オマエにはこれが一番効くだろう」
それでも、虎杖はふらつく足取りで立ち上がった。
歩を進める度に宿儺は囁く。
「人が死んだな」
「仲間が死んだな」
「あの男は封印された」
虎杖は足を止める。
「俺の魂が折れると思ったか?大間違いだ」
虎杖の瞳の灯火は、決して消えていなかった。
「俺は俺の役割を全うする」
託された想いが虎杖を後押しした。
祓い、祓い、時に殺し、また祓う。
無我夢中に、指を見つけては、飲み込む。
やがて、全ての敵を倒し、20本目の指を手にした。
虎杖は迷う事なく、それを飲み込んだ。
それから三日の時を経て、虎杖悠仁の死刑執行が決まる。
「どういう事ですか!」
高専内を歩いていた五条に、伏黒と釘崎は詰め寄る。
2人の怒りと困惑の表情に五条はやれやれと肩を竦めた。
「あらら、耳に入っちゃったか。君達生徒には秘匿案件とされてるんだけど」
「何で止めないのよ」
釘崎の片側だけとなった瞳が、現状を信じられないと五条を訴えるように見る。
「元々、悠仁は死刑対象の身。指を全部飲むまでは執行猶予がつく、そういう条件だったでしょ」
釘崎の横にいる伏黒も受け入れられないと食ってかかった。五条は至って冷静に返す。
「虎杖は、指を全部飲んでも宿儺を完全に抑えられている。もう身体の主導権を取られる事もありません…っ」
「それでもだよ。危険分子に変わりはない」
「大体俺は、虎杖の死刑に納得したことは一度もない」
怒りを通り越して悲しみを浮かべている2人を見て、悠仁は良い友人を持ったなと五条は思う。
「恨むなら僕を恨んで良いから」
「どうにかならないんですか?」
「上はとにかく悠仁を殺したがっている。1000年の呪いを消す千載一遇のチャンスだし。…というのはそこまでって感じなんだけど…何よりも、悠仁が死刑を望んでいるんだよ」
「虎杖が?」
驚く二人だが、言葉に嘘は感じられなかった。虎杖ならそう考えるのはあり得たからだ。
「そう。実は執行を秘匿としたのも悠仁の希望だよ。君達二人には特に、ね。これが、悠仁が望んだ正しい死なんだ」
あと、それからと五条は続ける。
「悠仁から2人へ言伝。……「ありがとう、長生きしろよ」だってさ」
言葉を失う。伏黒は下を向き、釘崎は唇を噛んだ。
その姿を痛々しくも納得と受け止めてその場を後にしようとする五条に、釘崎は最後に一つ聞いた。
「ねぇ、アンタは、それで良いわけ?」
「あんな顔、初めて見た」「ああ」
五条は問いかけに答えなかった。一瞬、虚を突かれたような反応をしたが、すぐに背を向け去って行った。
残された二人は廊下に佇む。
伏黒は、昨夜、虎杖の部屋で三人で食事したことを思い出す。提案したのは虎杖だった。
宿儺の指を全て取り込んだ後、虎杖はすぐに拘束された。だが、半日で解放された。
本人は様子見で執行猶予が伸びたと話していたし、ほっとした顔と明るい様子に、それまで気が気じゃなかった伏黒は安心していた。
けれど、あれそう振る舞っていたんだなと気付く。
「あいつ、また何も言わずに勝手にいなくなるのね」
釘崎の声が震えている。窓の外を向いていているが、ガラスの反射で頬に涙が伝うのが見えた。
壁に背を預けていた伏黒は、ずるずるとしゃがみ込み、膝を抱えて顔を伏せた。
「…そういえば、アンタ気付いてた?あの二人…」
「ああ…。何となくな」
重苦しい扉を開けた。薄暗い部屋を蝋燭が揺らめいている。
夥しい数の呪符が敷き詰められた部屋の真ん中に、椅子に座らされ、後ろ手を括り付けられた虎杖の姿があった。
「悠仁」
そう声をかけると、虎杖はゆっくりと顔を上げた。
五条を見て嬉しそうに笑った。
早朝、虎杖は予定通り高専を訪れ、厳しい監視の中、自ら執行の間に入って行った。
「縄、解こうか?」
「いや、このままで良いよ。これ呪具でしょ、縛られてからアイツの声が聞こえないし表面にも出てこれないみたいだし」
静かで良い、と呟く。
「悠仁の望み通り、僕と二人きりでの執行を押し通したよ。まぁ、あいにく、監視だけはついてるけどね」
「あーやっぱ、あの烏そうなんだ。無理言ってごめんな先生」
虎杖は上を向き、部屋の天井の足場に佇む烏を見た。
烏は微動だにせず、二人を見下ろしていた。
「それから、ごめん。恵と野薔薇にばれちゃった」
「あー…。怒ってた?」
虎杖は、バツの悪い顔をしながら小首を傾げる。
「それ以上に悲しんでたよ」
「そっか」
悪い事したな、と表情を曇らせる虎杖に五条は言う。
「僕は正直まだ迷ってるよ。君をこのまま逝かせるか。僕としてはこのまま上層部を皆殺しに行ったって良い」
「駄目だって。それに言ったじゃん、死刑は俺が望んでる事だって」
3日間何度も話した事だった。
五条は無理に納得し今日を迎えていた。
「宿儺を抱えて死ぬ、やり遂げさせてくれ」
変わらない虎杖の覚悟に、ついに五条は降伏した。
「それが君の望み、正しい死、か」
「うん」
大きくため息をつき、「分かった」と答えた。かつてない憔悴を見せる五条に虎杖は申し訳なく思う。
「ごめん、先生。俺、先生に呪いをかけちゃったな。辛い役割ばかり押し付けてる」
五条は微笑みを作りながら首を横に振る。
「良いさ。君からの呪いなら喜んで受け取るよ」
それに、と五条は続ける。
「大切な人の最期に立ち会えるのは、幸福だと思っているから」
五条は目隠しを下げる。憂いを帯びた瞳が露わになる。虎杖に近づき屈むと、ゆっくりと顔を寄せた。
数秒の口付けの末、やがて、惜しむように離れた。
「監視、付いてるんじゃなかったっけ」
「構わないさ」
虎杖は、少し照れながらも嬉しかった。
「先生、笑ってよ。俺さ、先生の笑ってる顔が一番好きなんだ」
五条は、うんと頷き、精一杯の笑みを虎杖に向けた。
それを見て、虎杖は安心したように笑いながら瞼を閉じた。
「ありがとう、五条先生」
虎杖悠仁の人生は終わった。
浅い眠りから覚めるように虎杖はゆっくり瞼を開ける。見覚えのある場所を認識した直後、横っ面を蹴り飛ばされ倒れる。
ばしゃりと水しぶきがあがる。この蹴りも慣れたものだと上体を起こしながら虎杖は思った。
「よぉ」
そう声をかけられた宿儺は、憎悪に満ちた顔で立っていた。
「忌々しい小僧だ」
怒りと殺気の籠った声で吐き捨てる、
反転術式でも追いつかない程、肉体は破壊されたと察する。もはや成す術なく緩やかに死を迎えようとしていた。
肉体の死と、魂の死の間にわずかな猶予がある事、そして宿儺が引き込んでくる事は想定内だった。
虎杖は立ち上がり宿儺と対峙する。
「満足か、このような結末が」
「ああ。お前のその悔しそうなツラ見れて良かったよ」
顔を顰める宿儺に、虎杖は口元が緩む。
「ようやく終わりだ。お前は俺と死ぬんだよ、宿儺」
領域内が崩壊を始める。頭上にそびえる大きな骨が轟音を立てながら瓦解し、水に沈んでいく。
虎杖は一歩、また一歩と宿儺の目の前まで歩み寄る。
「なぁ、どんな気分だよ。大嫌いな俺に道ずれにされる気分はよ」
どこか勝ち誇ったような興奮の色を見せる虎杖に、この上ない不快感を覚え、宿儺は反射的に虎杖の首を掴みかかる。
一思いに首をへし折るか、残りの時間をかけてじわじわ苦しめて殺すか考える。
だが、虎杖は怯むことなく冷静に宿儺を見据えている。
「お前後悔ってした事あるか?」
「何の事だ」
「俺は何度も後悔したよ。自分が、人が傷付く度にあの時、指を飲まなければ良かったって。…でもな、今は違う。お前を殺せる大きな役目をもらえたから。だから俺の選択に後悔はない」
少しの間を置き、けど、と声色を落とし虎杖は続ける。
「罪を犯し過ぎた。だからこそ、償わないといけないんだよ。俺達は」
「くだらん与太話を」
宿儺は首を掴む手に力を込め始める。しかし、ふと、どこか空気が変わったのを肌で感じた。
辺りを見渡すと、領域内が暗く塗りつぶされていくのが目に入る。
まるで深い闇に侵食されているかのようだった。
「何だ…?」
それに気を取られていた宿儺は首を掴んでいた手を弾かれ、逆に襟巻を掴まれて虎杖に引き寄せられる。
「俺はずっとお前を呪っていた」
面前の虎杖は、身体中に這うような黒く禍々しい呪いを帯びていた。
迷いのない、射るような瞳が宿儺をとらえる。
「お前を呪い続けた俺は、もう呪いと見分けがつかないかもな」
「オマエ…っ」
宿儺は驚愕する。
「絶対に離さねぇからな、宿儺」
そう言うと虎杖は宿儺に唇を重ねた。
世界が暗転した。


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2023.5.6 20:04 [Sat]

夏の暑さがまだ残る教室内で暇を持て余している3人の姿があった。
「でさ、結局勘違いから主人公が世界滅ぼしちゃうわけよ」
手ふり身ふりで映画の概要を説明し終えた虎杖をスマホを片手に話半ばに聞いていた釘崎はけだるげに返事する。
「何そのアホみたいな脚本、虎杖あんたいつからB級映画マニアになったのよ」
「B級も突き詰めれば楽しみ方とか奥深さがあんだよ。で、今度その映画の続編があるから観に行こうぜ」
「パス」
虎杖に目もくれず頬ずえをつく釘崎。
「絶対面白いって。しかもその主人公さ、ちょっと顔が伏黒に似てんだよな」
「あ、それはちょっと面白そうかも」
釘崎は虎杖とその先にいる伏黒を見た。
窓際の席で今まで2人の会話に無関心に本に目を落としていた伏黒が不満気に顔を上げた。
「何で俺に飛び火するんだよ」
「伏黒、行こうぜ!」
「パス」
教室中に賑やかな声が響く。一際大きく聞こえる虎杖の声に、彼の最奥に潜む呪いの王は閉じていた瞼を開く。
視界を共有せずとも聞こえてくる外界の音に、苛立ちのあまり一つ舌打ちをする。1000年の時を超え受肉したものの、主導権を得ることは叶わず、その上、身体の持ち主はつまらない人間ときた。
当人の笑い声が耳に障る。
「忌々しい」
そう吐き捨てると、ふと、退屈しのぎを考え始めた。
夜、虎杖は自室にて眠りにつこうとした時、一瞬の浮遊と急に落下するような感覚を覚えた。
「うわっ!?」
衝撃と同時にばしゃりと水しぶきが上がり、虎杖は混乱する。上体を起こし浅く浸かった自身の身体と周りに目を向ける。
薄暗く大きな肋骨のような骨に囲まれた場所に虎杖は見覚えがあった。
「ここは」
呟いた時、背後から首根っこを掴まれそのまま投げ飛ばされた。うず高く積まれた骨の山にぶつかり身をおこす。崩れた骨の破片がぱらぱらと頭上に舞って落ちる。相手が誰かはすぐに分かった。
「てめ…何すんだよ、宿儺」
パシャっと水音を立てて近づく宿儺に虎杖は視線を向けた。
足をスッと上げると虎杖の肩を強く踏み付け押し付ける。その背中にごつごつとした骨の感触が突き刺さる。
痛みなど感じないという顔で睨む虎杖に宿儺はため息をつく。
「つまらんなぁ、オマエは」「はぁ?」
「その上、癪に障るときた」
好き勝手なじってくる宿儺に虎杖は眉間の皺を濃くする。
「何の用だよ。それ言う為に呼び込んだのか?」
いや、と宿儺は薄く笑い首を傾げてみせる。
「オマエに対する嫌がらせを考えていた」
宿儺は顎に手を当て虎杖をジロリと観察する。やはり、ただ、肉体を痛めつけるだけではつまらないし虎杖には効果が薄い、精神的に痛め付けるのが効果的。特に仲間を傷付けるのが最も効果的だ。宿儺は、以前、協力を求めてきた虎杖を手酷く嘲笑った事を思い出した。
あれは本当に良かったな、と改めて口元が緩む。あの時の絶望と怒り、屈辱の滲んだ顔は堪らなかった。
しかし、あれはもう不可能だと思う。虎杖は二度と自身を頼る事はないと分かっているからだ。
とにかく虎杖を甚振りたい。ここで出来る事は限られていた。
「やはりこれしかないか」
宿儺は足を下ろすと片手を上げて軽く振るって見せた。その動きに合わせ、虎杖の身体にビッと斬撃が飛ぶ。
弾けるように上半身の衣服が破れる。素肌に傷は見られないが虎杖を驚愕させるには充分だった。
気を取られている虎杖を宿儺は組み敷いた。
眼前に迫る宿儺の姿に虎杖は、目を大きく開く。
宿儺は虎杖の首筋に歯を立てる。ギクリと身を震わせる。
「は…!?」
予想外の行動に虎杖は混乱する。だがすぐに、首を噛み切られる事を想起して振り払おうとするが、手首を強く押さえつけられている。
鎖骨に向かって唇を落としていく。片手を胸に這わせていく。
宿儺自身、虎杖を相手にできるか未知だったが、実際やってみて不思議と嫌悪は感じなかった。
「何、考えてんだお前…!」ぞわぞわと鳥肌が栗立つ。
解放された片手で宿儺の左肩を押す。この抵抗は想定内であったが、煩わしさを感じ宿儺は眉をひそめる。
「警告だ。大人しくしていろ」
「ふざけんな!放せ!」
「だろうな」
宿儺は笑むと指をスッと振るう。瞬間虎杖の左腕に熱い衝撃が走った。水にばちゃりと落ちた自身の腕が目に入り、すぐに激しい痛みが虎杖を襲った。
領域内に虎杖の絶叫が響き渡る。その姿を見て宿儺は愉悦を感じる。
「てめ…ぇ…っ!」痛みに呻きながらも憎憎しげに睨む虎杖。宿儺は虎杖のズボンに手をかけると引き破る。
遂に一糸纏わぬ姿となる。宿儺は後方へと指を滑らせそこをなぞる。虎杖の顔が強張る。
つぷ、と指がゆっくり挿入されるのを感じ虎杖は息を飲んだ。「力を抜け」無理と分かっていて口にする宿儺。
ゆっくりと指を出し入れしほぐしていくが出血が見られた。
腕からの出血も相まって眩暈がしてきた。
抵抗の仕方が分からないでいる。どのような抵抗を見せても宿儺を喜ばせる事となるのは分かっていた。
そうこうしている内に指は抜かれ、宿儺は自身のを取り出し虎杖のそこへとあてがっていた。
見慣れている自分のものと違わぬ、指の比ではないものを目にし、今から何をされるのかを察し虎杖は身が竦むのを感じた。
「す…宿儺…っ」
自分でも驚くほど情けない声を発してしまった虎杖に宿儺が歪んだ笑みを落とした。
ズッと勢いのまま挿入され、虎杖は悲鳴のような声を漏らす。
残った右腕で宿儺の身体を押すが叶わない。
「い、やだ…抜け…っ!くそ…っぅ…いって…っ!」
その言葉が宿儺を喜ばせるものだと分かりながらも発してしまう。宿儺が腰を揺らす度に激痛が走る。だがそれ以上に嫌悪感が走る。想定外の嫌がらせに未だ混乱が解けないでいる。
「痛いか?小僧。なら力を抜き快楽に身を落としてみろ」「ふ、ざけん…なっ」
それなら痛いままの方がましだった。肌の質感、体温、同じ身体でも別人のそれで寒気がする。
「いいぞ小僧。つまらんオマエでも苦しむ姿だけは退屈せん」
確かな手応えを感じた宿儺。
虎杖は肌の擦れる音に耳を塞ぎたくなる。膝をがっちり捕まれていてされるがままである。抵抗は無理と悟り顔を背けるが、顎を引かれて戻される。喜色を浮かべた宿儺が「よく顔を見せろ」と笑う。「そしてオマエもよく見ろ。オマエは今誰に犯されている?」
ギリッと歯を鳴らす虎杖。打ち付けられる度に痛みとショックで意識を飛ばしそうになる。
腰の動き激しさを増し、次第に虎杖の意識が薄れていった。
ガクッと落ちるような感覚と共に目が覚めた。
カーテン越しから朝日が透けて見える。
身体中嫌な汗をかいている。心臓の鼓動が不安さをかきたてる。上体を起こし、腕をある事を確認する。
手を額に当て落ち着こうとする。
「……くそ」
夢でない事は分かっていた。
「虎杖、大丈夫か?」
「え、なにが」
伏黒の声に数秒遅れて反応する。そつなく返したつもりだが、ぎこちなさを見破られたのか伏黒は眉をひそめている。
「拾い食いでもして当たったって顔してるわよ」
「あー…」しどろもどろになりながら「今朝食ったパン、賞味期限切れたからなぁ。ちょっと腹痛えかも」と返す。
「しょうがない奴ねぇ」
釘崎が呆れた顔をしている。
あれから度々呼び込まれては宿儺に犯された。
現実世界に影響はないとはいえ、きついものがある。ふとした瞬間に心在らずになっているのだろう、虎杖は気を付けねばとパシッと自身の顔を叩く。誰にも言えない、言いたくないし言ったところで、どうこうなる話ではなかった。
「お、3人とも揃ってるね」
軽妙なノリで五条がきた。
「あれ、伊地知さんは?」
「伊地知は他の仕事に追われてるから今日は僕が任務説明するよ」
タブレットを片手に説明を始める。
「悠仁、大丈夫?」
あらかた説明を聞き、タブレットで場所確認をしている2人の後ろにいた虎杖に五条は声をかけた。
同じ事を聞かれ虎杖は苦笑いする。
「疲れてるでしょ、任務減らそうか?」
覗き込むように見てくる五条。
「や、身体動かしてる方が気が紛れるからさ」
変な受け答えをしてしまったと思ったが五条は深くは追求してこなかった。
「悩みがあったらいつでも相談しなよ」
そう言いながら肩にポンと手を乗せる。顔に熱が差した感覚を覚え思わず目を逸らす。
「…うん」
まずいな、と内心虎杖は思った。
宿儺の呼び込みは夜と決まっていた。虎杖は休息をつかせない為の嫌がらせだと察している。
最初こそ抵抗したが、その度に手足を切断されて無駄な足掻きと化すのでやめた。されるがまま服を破かれ凌辱される。
決して慣れはしない苦痛。こいつを外に出すことに比べたら何倍もマシだった。
こいつはここで俺にこんな嫌がらせをするしかできない。頭で納得していても身体は追いつかない。
うつぶせにされ覆いかぶされている。早く終われと心の中で唱える。
「顔色が悪いな、小僧」
「誰のせいだと思ってんだ。…てめぇもよく飽きねぇな」
悪態をつく虎杖に一笑する宿儺。
「早々終わることを願っているか?まぁそう急くな」
そう言うと宿儺は虎杖の両腕を後ろ手にし、自身の解いた帯で縛る。
「何してんだよ」今までされていない事に疑問をなげかける。
「失血で死なれてもつまらんからな。たまには現実逃避でもして違う姿を見せろ」
「はぁ?」
「俺でない他の者を想像すれば良い…例えばそうだな、五条悟なんてどうだ?」
「…!」思わず振り返る虎杖。驚く虎杖とは対照的に愉快そうに口元を歪めてる宿儺。
「馬鹿が、俺はオマエと視界を共有している」
「何言って…」
「気楽なものだなぁ?オマエが生きている事で人が死ぬというのに。所詮他者などどうでも良いか」
「違…っ」
突然、手で目を塞がれ、首を元に戻される。視界が真っ暗になる。
宿儺は虎杖を後ろから抱えるようにし膝立ちにさせる。
「想像してみろ。オマエはあの男にどのように触れられたいのだ?」
宿儺の手が虎杖の胸を上から下へと撫でる。そして、腰を通り過ぎて下の方へと滑らせていく。
それをたんわりと包むように握ると、軽く上下に摩るようにしていく。
「や、めろっ」
虎杖は身を捩って逃れようとするが、がっちり固定されているため、叶わない。
「ほら、この手はあの男の手だ。思い出せ」
囁くように言う宿儺。視界が閉ざされた今、五感が非常に研ぎ澄まされ、その声、言葉が耳に嫌に響いた。
暗い視界の中で、最初に浮かんだのは優しく気遣い、肩に置かれた手の感触だった。
彼の者の姿が浮かぶ。虎杖はそれを拭い去ろうとするがかえって意識してしまう。
虎杖は後ろから五条に抱きしめられている錯覚を覚える。五条の手が虎杖の下部を触れる。
瞬間、虎杖の息が上がった。身震いするかのように身体を震わす。
宿儺の手中にあるものが、徐々に熱が伴い芯が通い始めた。初めて興奮の色を見せた虎杖に宿儺は声を出さずに笑う。
そして、虎杖の耳元で似せるように囁いた。
「悠仁」
「っあぁ…っ」
それは、どちらの声か認識できない程だった。
ビクンっと身体が跳ね、白濁したものを吐き出す。
視界が解放され最初に目の前に写ったのは自身の吐き出したもの。それに感情を向ける前に、乱暴にあお向けにさせられる。
宿儺が心底楽しそうに笑っている。
「なんと無様な事か」
荒い呼吸の中、屈辱の滲んだ虎杖の瞳から一筋の涙がこぼれる。
「良い顔だ、もっと苦しめ」
最初こそ強くてスゲェ先生って印象だった。一緒に過ごしていく内にどんどん人となりを知っていく。
飄々としていてちょっと適当なところがあったり、でもそれが面白くもある。そしてすごく優しい人だって知った。
時折見せる目隠しの下の瞳も声も匂いも全部好きだ。気付けば無意識に目で追っている。単なる憧れでないでないこの気持ちを自覚するのにそう時間はかからなかった。
…でも、俺がこんな気持ちを持つことは間違っている。俺は半分呪いだ。
宿儺の言う通りなのかもしれない。俺は現状をどこか気楽に考えている。
先生に迷惑をかけてはいけない。大好きな人だからこそ。
この気持ちは心の奥底に沈めなければ。
「虎杖!」
我に返って振り向いた時、頭部に強い衝撃。鮮血が舞う。
「ったく何ボサーっとしてんのよ」
「ごめんごめんって」
釘崎が怒っている。式神を解きながらこちらを見ている伏黒も見るからに不機嫌だった。
額から血が流れているが痛みはさほどない。
「ここ最近ずっとその調子だな、集中できてないなら帰れ」
「いや大丈夫だって、全然大したことな…」
「「帰れ」」二人の声が重なる。怒気よりも心配の色合いの強い声色。
何があったか強く聞き出してはこない2人ではあるが、どこかしら気を使ってくれているのだろう。
気おされる形で虎杖は二人に従って帰路につく。
入家のいる診療所に向かうが今日は珍しく休みを取っているようで、虎杖は寮の自室へと向かう。
誰もいない寮は日中でも暗く寂しさがある。足音が響きわたる。
ふと考える。自分が死ぬ時も一人なのではないだろうか。祖父の遺言を思い出し真逆になるかも知れないと心が痛む。
けれど、指を全部飲んで死刑になる。これはおそらく自身にとっての最善の正しい死なのだろうと虎杖は考えた。


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2023.5.3 23:13 [Wed]

「逃がすか…っ!」
虎杖は点滴の針を引き抜きながらベッドから下りた。両足が地に着いた瞬間、地べたにドタッと倒れ込む。自分の身体じゃないみたいに身体がふらつく。宿儺を野放しにしてはいけない、その一心で頭を振ってすぐに立ち上がると、椅子にかけてあった自身のコートを掴み病室のドアを引いた。
飛び出した瞬間、看護師とぶつかる。互いに短い悲鳴が上がる。
看護師の持っていたカルテ類が散乱し、一瞬悩んだが虎杖は謝りながら拾う。
「虎杖さん、ちょっと大丈夫?」
顔色の悪い虎杖に看護師が心配そうな声をかける。
「宿儺…っ」
拾い渡した後、廊下を見渡すが既にその姿は見えない。
「弟さんなら、今さっきすれ違ったけど」
はっとして、何か危害を加えられてないかと聞こうとした虎杖に、看護師が少し口元を緩ませた。
「優しい弟さんね」
「え…?」
虎杖は思わず動きが止まる。
「だって弟さん、夜中もずっと貴方に付きっ切りだったのよ」
虎杖は戸惑う。頭の中がごちゃごちゃしている。状況を未だに飲み込みきれていない。
自身は、最期の時に宿儺に呪いをかけた。
力を奪ったのも、兄弟となり生死に繋がりを持たせたのも呪いによるもの。
全て最期の時に、咄嗟にかけた即興のような呪いだった。そして、上手くいったのだ。
だが、混乱しているのは、この世界での記憶の方であった。
思い起こされる二人の記憶が、虎杖の思考を混乱させる。全て紛い物の日常、気持ちなのであった。
未だに脳を朦朧とさせる熱が、焦りが、落ち着いて考えを整理する猶予を与えないでいる。
ふと、虎杖は病室の方へと向き直る。先程、コートを手に取った時に視界に入ったものがあった。
鞄の横にあるそれを改めて確認する。コンビニの白いレジ袋だった。
額に置かれた手の温もりが、宿儺の顔が夢でない事を知る。
震える手が持つ袋の中から、苺のショートケーキが二つ覗いていた。



何もせずとも虎杖は時を迎えれば思い出したのだった。
病院を出た宿儺は、歩きながら考えを巡らせる。
記憶は生前の年齢と同じになったから復活したのだろうと思い至った。高熱もそれが原因。予兆だったのだろう。
虎杖の返答は想定内だった。脅しは通用しない事も分かっていた。
どんなに苦しめても虎杖は決して信念を曲げない。生前から馬鹿にして見ていた姿だ。
得たものは、打つ手なしという答え。今までの苦労は、全て、この事実を受け入れる為のものだった事になる。
腹立たしく思える筈のその答えは、意外にも、すんなりと受け取れた。
だが、二度と戻ってこない紛い物の日常を思い出すと、突然、内に隙間風が吹かれたような感覚に襲われた。
何だこれは?
自死してやり直す事など、こりごりだ。無意味極まりない。もう何もかもが億劫でどうでも良かった。
全て終わったのだ。退屈な人間の真似事も、くだらない兄弟ごっこも何もかも。
心が恐ろしく空虚となっている。何故だ?胸がつっかえ、目の奥がチリチリとする。
歩を進める足が、地に着いている感覚がない。まるで、自分の身体ではないかのようだった。
傍の水たまりの水がパシャッと足に跳ねるが、気にもならない。
何なのだ?何故、こんなにも虚しい?俺は何に対して虚しくなっている?
当てもなく歩き続ける。死すら許されないのであれば、いつか思考も自我さえも消えてなくなるまで。

「宿儺!」
その声は、大通りに響き渡った。振り向くと、数メートル先で病院着の上にコートを羽織った虎杖が息を切らしている。足元も病院のスリッパのままだった。宿儺は無言で一瞥した後、また前を向き歩き出す。
「待て…!どこ行くつもりだ…!」
「オマエがいなければどこでも良い」
宿儺は歩みを止める事なく進む。
「お前を離す訳にはいかない…!」
虎杖が追いかけてくる。その速度は著しく遅い。
「俺に力はない。オマエこそ、俺に構わずさっさと自由になったらどうだ」
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。




(参考1)
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。
「宿儺!」
虎杖が叫ぶ。
「おい!」
眉間にしわを寄せ舌打ちをしながら宿儺は振り向く。
「しつこい…!」
「危ない!」と叫ぶ叫ぶ虎杖の顔、その視界の隅に歩行者信号が赤く点灯しているのが映る。
同時に耳に入るクラクション。
左を見ると大型トラックが宿儺に迫ろうとした。
しまったと思った瞬間、全身に強い衝撃を受けた。
倒れ込む宿儺。生きている事を自覚する、身体を起こすと虎杖が倒れているのが目に入った。自分は虎杖に突き飛ばされ難を逃れた事を知る。一瞬呆けた後、虎杖に近寄る。
「何をしている」
止めどなく血が流れている虎杖。虎杖は薄く目を開け宿儺を見る。その瞳に驚愕する宿儺の顔が映る。虎杖は何も言わずゆっくり瞳を閉じた。
そこからの記憶は曖昧となる。呆けていた宿儺の代わりに誰かが救急車を呼んだ。緊急治療室の灯りが目に入っていた事は覚えている。それから何を言われどうやって一室まで歩いたのかはまるで思い出せなかった。
目の前の虎杖はまるで眠っているかのように横たわっていた。その顔を放心のまま見つめる。
「何故、俺は生きている?」
時間の感覚はあまりないが、とうに時間は経っている。引きずられる気配が感じられない。
何故、因果が切れた理由を理解できない。何よりも、
「何故俺を助けた」
返ってくる言葉はない。
顔に触れてみる。冷たく確かに死んでいる。
あの温かさはなかった。
「起きろ、答えろ」
頬に涙が伝い驚く。胸に痛みを感じる。
「これは、何だ?」
俺はこれを知らない。これもオマエの呪いなのかと。
静まり返る一室。
ふと気付く。自身に呪力が復活している確かな感覚を。
虎杖が死んだ事で虎杖がせき止めていた力が宿儺に渡ったのだった。
宿儺はようやく自由を得た。
(因果が切れた道)
音もない真っ暗な闇の中、虎杖は立っていた。闇夜が続くようなここに時間の概念は存在しない。
一つ、溜息をついた。「やっちまったなぁ」
あの時、反射的に身体が動いてしまった。
それはまだ良い、問題は手を離しまった事だ。
宿儺は離してはならない。虎杖はそう呪ったのだから。
ただ死ぬだけでは罪は清算されないと。償わせ後悔させる事。そして自分も離さない事で呪いを被った。
だが、道ずれにはできなかった。思わず手を離してしまった。
偽りの日々が脳裏をかすめたからだった。
「呪力術式も全部向こうに渡ったんだろうな」
最悪だと思う。自分は結局愚かでしかなかったのだと。
ここから先は一人だ。一人、罪を負い呪いを背負っていく。
どうなるかは分からない。因果が消えた今、目の前にあるのはこの闇のみ。
罪を背負いながら永劫にこの闇を歩いていくのだろう。
虎杖はゆっくりと歩き出した。
パシッと後ろから手首を掴まれた。
驚いて振り返ると宿儺が立っていた。
「宿儺…?なん…で?]
「え…まさかお前、死んだのか…?」
混乱する虎杖にようやく宿儺は口を開いた。
「俺を離さないんじゃなかったのか?」
「え…」
「随分とふざけた呪いをかけたものだ。何が兄弟だ、くだらん」
鼻で笑う宿儺。
「俺が後悔や改心などすると思ったか?断言してやる。俺は変わらない」虎杖を見据える。
「例えオマエと永劫を共にしようとな」
虎杖は目を大きく開いた。掴む手の温かさに気付き、胸がじわりと熱くなった。
「ああ」震える唇で答える。
瞬間、辺り一面の闇夜に光が散りばめられる。星の様に輝く。
「絶対に離さねぇからな、宿儺」
手首を回し掴んでいた宿儺の手を握る。虎杖は自然と口元に笑みが浮かんでいた。宿儺も挑発的に笑い返した。
「精々、退屈させるなよ、小僧」
そして二人は、再びいつ終わるともしれない永劫の呪いへと歩み出した。
(参考2)
「お前を離す訳にはいかない…!」
「俺に力はない。オマエこそ俺に構わずさっさと自由になったらどうだ」
虎杖の足がもつれてまた転倒しかける。顔を上げた虎杖は、はっとする。
「宿儺!」虎杖が叫ぶ。
「おい!」
眉間にしわを寄せ舌打ちをしながら宿儺は振り向く。「しつこい…!」
「危ない!」と叫ぶ虎杖の顔、その視界の隅に歩行者信号が赤く点灯しているのが映る。
同時に耳に入るクラクション。
左を見ると大型トラックが宿儺に迫ろうとした。しまったと思った瞬間、全身に強い衝撃を受けた。
倒れ込む宿儺。生きている事を自覚する、身体を起こすと虎杖が倒れているのが目に入った。自分は虎杖に突き飛ばされ難を逃れた事を知る。一瞬呆けた後、虎杖に近寄る。
「何をしている」
止めどなく血が流れている虎杖。虎杖は薄く目を開け宿儺を見る。その瞳に驚愕する宿儺の顔が映る。虎杖は何も言わずゆっくり瞳を閉じた。
付いたら身体が動いてた
宿儺、オマエ、そんな顔するんだな
そこからの記憶は曖昧となる。呆けていた宿儺の代わりに誰かが救急車を呼んだ。緊急治療室の灯りが目に入っていた事は覚えている。それから何を言われ、どうやってこの一室まで歩いたのかはまるで思い出せない。
目の前の虎杖はまるで眠っているかのように横たわっていた。宿儺は、その顔を放心のまま見つめる。
「何故、俺は生きている?」
時間の感覚はあまりないが、時間が経ち過ぎている。引きずられる気配が感じられない。
何故、因果が切れた理由を理解できない。、
「何故俺を助けた」
返ってくる言葉はない。
顔に触れてみる。冷たく確かに死んでいる。
あの温かさはなかった。
「起きろ、答えろ」
頬に涙が伝い驚く。胸に痛みを感じる。
「これは、何だ?」
俺はこれを知らない。これもオマエの呪いなのかと。静まり返る一室。
ふと気付く。自身に呪力が復活している確かな感覚を。
虎杖が死んだ事で虎杖がせき止めていた力が宿儺に渡ったのだった。
宿儺はようやく自由を得た。
理解できない
何で死んだ?
何で俺を助けた?
何で俺は生きている?
答えろ、小僧
なんだ、この冷たさは
なんだこれは。
これもオマエの呪いなのか?
…!
俺に呪力が。そうか俺の理論は合っていた。
俺はようやく自由を得た。
音もない真っ暗な闇の中、虎杖は立っていた。闇夜が続くようなここに時間の概念は存在しない。一つ、溜息をついた。
「やっちまった」
あの時、反射的に身体が動いてしまった。
それはまだ良い、問題は手を離してしまった事だ。宿儺は離してはならない。
虎杖は自分をも呪ったのだから。
ただ死ぬだけでは罪は清算されないと。償わせ後悔させる事。
そして自分は手綱を離さない役目だった。
だが、道ずれにはできなかった。
思わず手を離してしまった。
偽りの日々が脳裏をかすめたからだった。
そう、偽りなのだ。それでも虎杖の中では大きなものだった。
「呪力術式もアイツに渡ったんだろうな」
最悪だと思う。自分は結局愚かでしかなかったのだと。ここから先は一人だ。一人、罪と呪いを背負っていく。因果が消えた今、この空間はどこにも向かわない闇でしかない。罪を背負いながら永劫にこの闇を歩いていくのだろう。虎杖はゆっくりと歩き出した。
やっちまった
偽りでも愛おしい日々だった。
俺は結局呪いを振りまく存在なんだ。


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2023.5.2 22:28 [Tue]

眠りに落ちていった虎杖を見届けて、宿儺は全身から力が抜けるようだった。

金縛りを解いた後の行動は、救急車を呼んでいた。

寸前のところで、記憶を呼び覚ます事の方が、優先度が高いと感じた。失敗したら、また幼い頃からやり直しだからだ。

だから、今、死なせるわけにはいかないと考えて救急車を呼んだ。

頑丈なコイツでも、命の危機に瀕する事など、きっと、これからもあるだろうと。

気付けば、時刻は0時を指し示していた。


3/20
雨は
自宅で適当に虎杖の着替えを詰めると、再び病室へと向かう。途中、朝食も兼ねてコンビニにも寄った。


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2023.4.25 21:59 [Tue]

その後も様々な箇所を回ったが結局、思った収穫は無かった。適当に夕食を済ませ、予約していたホテルにチェックインした。
「おい、何でオマエと同室なんだ」
宿儺は部屋の前でそれを知り、嫌そうに顔をしかめた。フロントで貰ったカードキーをかざしながら、虎杖は振り向いた。
「いや、だって2人同室の方が宿泊代安いんだよ。旅費を少しでも節約しないと」
ドアを開け、ほらほらと宿儺の背を押して部屋に入れた。
中は、狭すぎず広すぎずと極普通のビジネスホテルのようだった。ベッドが二つに、机、窓際にテーブル椅子がある。
「お、良い部屋じゃん。充分充分」
荷物を置いて、部屋を見て回っている虎杖の後ろで、宿儺はコートをハンガーにかける。荷物もコートも雨で濡れている。
「宿儺、身体冷えてんだろ。先、シャワー行って良いよ」
虎杖が言う。服も髪も濡れていて温まりたかった。入口横の浴室に入ると扉を閉める。
目の前に洗面所があり、その横にユニットバスが見える。宿儺は一息つく。
東京に来てから、ようやく一人の空間に入れた。鏡に映る自身の顔が妙に疲れて見える。
もう少しだけ辛抱すると決めたのだ。虎杖もあの後、真剣な顔つきだった。
考えるのは今じゃなくて良いと頭を振るう。とりあえず、今は身体を温め、休むべきと自身に言い聞かせた。


「なぁ、もう一回やんね?」
シャワー室から出てきた虎杖の一声だった。
「何をだ」
窓際の椅子に座り、外の夜雨の音を聞いていた宿儺は横に立つ虎杖に怪訝な顔を向けた。
ぎこちない様子で目が泳がせながら、虎杖は答える。
「この前、やった事だよ。ほら…居間でさ…」
あれか、と察し、背もたれに頭を付ける。
「思い出さなかっただろうが」
「そうだけどさ」しどろもどろになりながらも続ける。
「一回だけだったし、前の世でそういう関係だったんなら、何回か試すのもアリなんじゃないかって思ったんだけど…。嫌なら別に良いけどさ」
最後は消え入りそうな声だった。間が訪れる。雨音が完全なる静寂を阻止している。
返答を待っているのだろう。落ち着きなく指で顎をかいている虎杖を見る。
虎杖は自身との関係を何だと想像しているのだろうか、と宿儺は内心、首を傾げる。あの時の行為を、甘い関係だと受け取っているのであれば、滑稽も良いところだと呆れと嘲笑じみた哀れみが喉元までせり上がった。
だが、試せる事は何でも試しておくのは一理あると感じた。
「良いだろう」
そう言い立ち上がった。いけると思っていなかったのか、虎杖は一瞬、放心した後、顔をパッと明るくする。
ベッドに近づくと虎杖は言う。
「疲れてるだろうし、宿儺は横になってて良いよ」
宿儺はそれを受け、枕に頭を沈めリラックスした体勢を取る。
「その気にさせてみろ」
「おう」
虎杖は宿儺にまたがるように座り、自身のローブの前紐を解き素肌を解放させた。
引き締まった身体が眼前に広がる。
ゆっくり、宿儺の首筋に唇を当てる。ちゅ、と短い音が静かな部屋に響く。首筋周辺から鎖骨へと下がりながら繰り返す。
不慣れなぎこちなさにと緊張が伝わってくる。こそばゆさが勝ると宿儺は思ったが、あえて口にはしなかった。
ふいに、虎杖が顔を上げ、互いの視線が合わさった。虎杖はどこか熱っぽさのこもった目をしている。
それに無意識に見とれ、眼前に迫る虎杖に一瞬気付かなった。あまりにも自然な動きだった。
唇が重なる。宿儺の瞳が大きく開かれた。数秒の間を置き、やがて唇が離される。
驚いた顔をしている宿儺に虎杖が「あれ?」とこぼす。
「キスはしてなかったの?…あ、恋人同士じゃなかったんだっけ、俺ら。えと、ごめん?」
宿儺は顔を横に反らし思い出す。
キスは一度した。今際の際、呪いを直接注ぎ込まれたあれをキスとカウントするかは分からないが、いずれにせよ苦々しい思い出に違いはなかった。だが、不思議と今は腹が立たないでいる。
視線を戻すと、機嫌を害したのではという表情の虎杖がいる。その姿は息が上がっているように見えた。それが、体力の消耗からでないのは一目瞭然であった。
「良いから続けろ」
そう言われて、ほっとした表情で虎杖はコクリと頷いた。
宿儺の前紐も解かれ、素肌に室内の外気が触れる。虎杖は宿儺の胸を手で滑らせる。
胸に唇を落とし、突起を舌先で触れる。宿儺がほんの少し身じろぎするのを感じた。
かといって、止めろとは言われないので、舐めたり吸ったりと刺激を繰り返す。
その最中、手を更に下に滑らせ、腹からそして、下腹部へと伸びていく。下着ごしに触れると僅かに硬さが伺えた。
虎杖は身を起こすと、宿儺の下着をずらす。現れたそれを手で包み、上下に擦りながら口付ける。
先端をじゅっと吸うように舐めると、思わず宿儺は息を吐きながら首を反らした。
根元まで口に入れ舌と上顎で擦る。先程よりも、硬さや大きさが増していくのが口内で伝わる。室内に遠慮のない水音が響く。
息を詰まらせるような声が漏れ出る宿儺に虎杖は更に、その速度を速めた。宿儺の手が虎杖の頭に触れる。
髪をくしゃくしゃと揉むように触りながら押さえ付ける。やがて、短く呻いた。
虎杖の口内に液体が溢れる。「ん…っ」とくぐもった声を漏らしながら、それをゴクリと喉を鳴らし飲み干した。
その行為までは意外だった宿儺は少し唖然とした。
「オマエ…」
「ん?」
「…何でもない」
熱を帯びながら、きょとんとした顔をする虎杖に宿儺は言葉を紡ぐのをやめた。
少し咳込みながら、虎杖は、開けているローブと下着を脱ぎベッド下に落とした。
口に指を入れ唾液と少し口内に残っている精液をまんべんなく絡めとると、自身の後孔へと塗りつける。
そして、そこに宿儺の昂りをあてがい始めた。
「おい、無理だろ」
流石に、こればかりは口にした。
「大丈夫」そう言い、虎杖はどこか恥ずかしそうに続ける。
「…実はさ、さっきシャワー浴びてる時に、自分で慣らしておいたんだよ」
それを聞き思わず宿儺は呆気に取られた。その最中、虎杖は深呼吸した後、ゆっくりと腰を落としていく。
グッと押し込むように入り込む。前回よりも抵抗がないが、それでも窮屈だった。
「ん…ぅ…っ」
苦しそうに虎杖は声をもらすが、痛み自体はさほどなく、動くのをやめずに続ける。大きく息を吐いて力む身体を解そうとしている。宿儺は、その姿にゾクリとする。腰に手を回したい衝動に駆られるがあえて自制した。
時間をかけてようやく、全て収まりきる。達成感も束の間、虎杖は小刻みに上下に動きだす。
「ふ…ぅっ…ぁ…あっ」
内部のある一点、コリッとした箇所に当たる度に力が抜けるような感覚を覚える。続けていくと、それが徐々に明確に快楽へと変わっていく。そこに集中的に擦らせると、得も言われぬ快感が波のように迫ってきた。
宿儺と目が合い、最高潮に達する。
「宿儺…っ」
遂に全身を震わせ、宿儺へと倒れこんだ。
宿儺は、息を荒くする虎杖の頬に触れる。
「試すとか言っていたが」薄々勘付いていた事を言う。
「単にオマエがしたかっただけだろう」
虎杖は「う」と声を漏らす。驚いた顔に熱が増していくのが分かった。
腰に手を添えると、ズンっと勢いよく突き上げる。
「ぅあっ!?ちょ…っ」
油断していた虎杖は上ずった声が出す。
「答えろ」
聞きながらも動きを止めず、虎杖が焦る。
「ぁ…っま、待てって…あぁ…っ…!」
「前回、オマエは泣いていたろう。なのに何故だ?何故ここまで出来る?」
理由は一度聞いた。それでも納得できず疑問でしかなかった。
「そんなの、…お前が好きだからに決まってんだろ」
宿儺は目を見開く。動きを止めた。
「確かに、あの時、ビビるわ痛いわで最悪だった。けど、初めてお前が俺と向き合ってくれたし、お前の話を聞いて一緒にいてさ、俺の中で燻ってた違和感とか疑問とか気持ちが好きだからなんだって分かった。多分、それはずっと前から」
それは違う、と口から出かけた。オマエは俺を嫌っていた、と。だが、それを口にするのは憚られた。
何故だ?疑問が自分へと向く。
心地の悪い疑問を払拭するように宿儺は、再び腰を動かす。逃げかけた腰をがっちり掴まれ虎杖は宿儺の身体に手を付き、体重をかけながら前かがみになる。


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