(やっぱりこの程度かー…)
彼女は落胆していた。
(成績は申し分無しだったのにいざ実践に投入してみたらこのザマ。ホントどこに目を付けてんだかボケ爺どもが)
眼下では轟音と共に砂煙が巻き上がっている。
(あーあ、今回も無駄浪費無駄労働無駄死に。アタシの時間返してー)
空を見上げる。星は砂煙で隠れていた。
(報告メンドイ。爺どもにキモい目で見られてグチグチ言われて馬鹿にされて。元々はテメーらが始めた計画だろうがテメーでやれよくそが)
奥歯を噛み締める。虫歯が痛い。早く歯医者に行かなくては。
(どいつも研究結果研究結果!そう簡単成功するんだったらアタシは要らねぇっての。だいたい一体造るのだって相当時間も金もかかってるんだつーの。そんなに完全体が欲しいなら休みと給料増やしやがれくそ爺。こちとら病院行く暇も削ってるんだっーつの)
胸中の不平不満の代わりに吐き出した紫煙は爆風によって四散した。β(ベータ)タイプとω(オメガ)タイプのテスト戦闘。ωはまだ試作の領域を出てはいない。対するβは既存の生命体を模することで抜群の安定性を誇る一種の完成形。“完全体”を目標とするωタイプにβタイプが敵うはずがない。そう、理論上は。
(出力5%、駆動系伝達率40%、思考能力低迷。我ながら酷いモノを作ってしまったわ)
それはさながら血肉のサンドバッグ。βタイプの蹂躙にωタイプは無抵抗だ。
(ぼっこぼこじゃない。見てるだけで痛いわー。ま、どうせ痛みなんか感じてないんだろうけど。てかせっかく“良い”見た目にしたのに台無しだわ。あーあ、ようやくまともに動けるωだったのに。結局試作は試作ね。廃棄処分けってーい)
彼女は踵を返した。早く研究に戻って続きをしなければいけない。性急に事を進めなければならない。時間は止まりはしないのだから。
(でも、次は当分先になりそう。とりあえず出力は最低20%を目指す。んで駆動系はもっとスムーズに改良して思考はもっと戦闘寄りに調整ね。まあ、失敗は成功の母。ドンマイよアタシ)
ヘリに乗り込む。広大な実験場となった“元都市”は入り組んでいてとても徒歩や車では脱出する気になれない。
(あ、その前にくそ爺どもに報告―――)
ヘリが轟音を響かせながら飛び立とうとしたその時、光が爆発した。
(なにっ!?)
ヘリから身を乗り出せば眼下のビル街――βとωの交戦域――を中心に都市に光が氾濫していた。
(なによあれ…、あんなのデータに無いわ)
光に目を焼かれることも厭わずに彼女はその光景をみていた。やがて光が一ヵ所に集束していき、そこに一つの個体が顕れた。
βの分かりやすい体格ではない。つまりあれはもう片割れのωタイプ。
(βタイプが跡形もなく消失…?)
実のところ、ωタイプの元となった遺伝子にはまだ謎が残っていた。だが上は数少ない判明区画である不死性だけに目を付けたのだ。つまりこの事態は必然のイレギュラー。起こるべくして起きたのだ。
(あれがωの、“神”と呼ばれるモノのの力……)
もう彼女の瞳に落胆の色はない。代わりに浮かび上がったのは研究者としての好奇。そして未知への畏怖。
(すごいわ。私は、私たちはまさしく神を作ろうとしている!)
「回収急げ!なんとしても持って帰るぞ!」
彼女は歓喜していた。今まさに人は神の領域を侵そうとしていた。



それは月の無い夜の出来事であった。