生まれて初めて150人という大人数が集い崇拝し、泣きわめき叫ぶ光景を見た。私はホテルの食事会場で仕事をしていて、ちょうどその人たちの昼食を担当するよう言われていた。私は宗教とか仏教とかそういう類いのものはまるで信じていないから、当然こんな人たちのしていることなんてちっとも理解できなかった。
『〜…!…ー!!』
おじさんの悲しみに満ちた声が会場一面に響き、バックヤードまでガンガン聞こえてくる。思わず好奇心で襖に耳をあてると、
『弟を助けてください!!』
むせび泣きながらそう叫んでいた。それに同調するかのように、残り大勢は口々にアーメン、アーメンと呟く。中にはまだ幼い子供もたくさんいた。ステージにはおそらく教祖と見られる人物の写真が飾られ、脇にはオルガンやギターまである。しばらくして聞こえてきたのは讃美歌。伴奏者の苦しそうな表情が目に入る。
「これにすがらなきゃ生きていけねーんだな」
部長が横でぽつりとそうもらす。そう、今私の目の前で行われているこの光景は満更理解出来ないものではないのだ。その言葉でそう気付いた。
「あたしも何ヵ月か前だったらやってたかもなー。うつ病ってやつ?」
近くでフリーターさんが言う。ふいに中から今度は別の人が苦悩を吐露していた。また泣いている。他の人の鼻をすする音が次から次へと聞こえてくる。私だってほんの2、3週間前までは不満と苦悩の繰り返しだったなぁなんてぼんやり考える。そんな時にこの光景を目の当たりにしていたら、どんなことを思っただろうか。そう考えたら気持ちが少し分かってしまった。ここには150人分の不安が満ちている。それを倍にするかのような大量の叫び声が脳に侵入してきた。
『ああああああああ!!うわあああああああああ!!』
止めどなく溢れる声と声で私の周りは呻き声の渦になった。気がどうかしているとしか思えない。でも、これをしないことにはこの人たちはダメになってしまうのだ。普通を保っていられるのも、ここで集まり、互いに悩みを分かち合っているからなのだ。人は苦しみをまぎらわすために群れをつくる。同じ痛みを知る仲間を集めて。きっとそれはとても居心地がいいにちがいない。その姿はまるで羊のようにも見えた。
そろそろ終わりに近づいているのだろう、誰もが讃美歌を歌い、兄弟だと言って抱き合う。
「あなたも混ざったら?きっとみんな喜ぶわよ」
手招きする老婆に、私は身構える。体が強ばった。拒否しているのだ。初めての光景にひどく怯え、苦笑いで返すのが精一杯だった。お祈りが終わるとみんなケロッとして何事も無かったかのように話す。そこにいる全員がスイッチを切り替えた。子供たちもただの幼子に戻る。さっきまであんなに泣きわめいていたのに。それが私にとって何より怖かった。でも本当に怖いのは、私もこうなりえると充分に言えることだった。できるならこうなる前に自分の調子で時間がかかっても解決していきたい。
なんて、ありきたりな綺麗事並べて。