――ポタッ
――ポタッ
可笑しな音がしたんだ
「……―――」
でも、別に可笑しくはなかったんだ。
……それなのに。
「?…ちょっと希乃、早くしないと遅刻するわよ?」
「……今、誰かこっち見てた」
何故だか、足が動いて
「は?なにそれ、気のせいでしょ」
「……」
「え?あっ…ちょっ、希乃!!何処行くの!?」
――ポタッ
――ポタッ
好奇心だったのかな…?
今思えば、あそこでいかなきゃ私は
きっと普通でいられたのに―――。
視 え た の は
ブ ラ ッ デ ィ ・ ナ イ ト
**********
中学生生活での、最後の登校日。
その登校は、とても印象的な日となった。
――ドサッ!
希乃の力の抜けた腕から、カバンが落ちる。
それは梨麻と出会い、一緒に近道である細道に入った時だった。
――ポタッ
奇妙な雫の音が、希乃の耳に届く。希乃は何故だかその音が気になって、先に進んだ。
そうすれば、思っても見なかった光景が、視界いっぱいに広がる。
コンクリート一面にある、紅い水溜まり。
そして赤く染まる人間と、銃を持つ人間。それを傍観する人間。
道を間違え、イタリアの危険地帯にでもワープしたのだろうか。希乃と梨麻は、目の前の信じられない光景に恐慌《キョウコウ》した。
「……ん?」
不意に、銃を持った人間が此方に振り向く。
その行動に気付き、傍観していた人間も、希乃達の方へ向いた。
「おや…モタモタ遊んでたりしたから、一般人が紛れ込んでしまいましたねェ」
「っ……!!」
狂喜に溢れた声を聞き、梨麻は思わず希乃の手を引いて後ずさる。
一方希乃は、何が起こっているのか分からず、ただ、コンクリートに広がっていく血溜まりを凝視していた。
「どうします?アンダーグラウンド以外の人間を始末するのは、些か気乗りしませんけど」
傍観していた人間が、銃を持つ人間に訊ねる。
「……」
しかし、銃を持つ人間は口を開かない。聞く気が無いのか、聞こえないのか。聞く余裕が無いのか……少なくとも、表情は幾分か冷静に見えた。
そんな中、勇敢にも梨麻は放心状態の希乃を庇うようにして前に立ち、二人の人間に向かって怒鳴る。
「っ……アンタ達…一体、ここで何やってんのよっ!?」
傍観していた人間は、梨麻の起こした行動に目を丸くしつつも、梨麻の質問に返事をした。
「何、と言われましても……貴女に説明する義理は無いのですが」
「っ…あぁ、そう……それなら、私達はここから居なくなっても良いわけよね…?」
「おやおや…こんな厄介な光景を目の当たりにさせといて、見逃す馬鹿は居ませんよ」
そう言って、傍観していた人間は笑みを雫す。
その微笑みはどこか狂気染みていて、梨麻は寒気がした。
「あぁ、でも安心してください。一般人の命を狩る行為は、我々の場合禁止されられています」
「は…?」
「だから、かわりに貴女達の記憶を消去させてもらいますね」
傍観していた人間は、その言葉を二人に告げた後、懐から何かを取り出す。
それは、色鮮やかな色彩が施された扇子。男の懐から出てくるには少々違和感はあったが、その者は平然としていた。
男は慣れた手付きで扇子を開くと、希乃達に向かって扇ぐ。
すると二人の周囲に、何やら甘い香りが漂ってきた。
「!……何…っ!?」
梨麻は本能的に危険を感じ、その場から離れようとする。
「希乃!気を確かに持って!早く逃げるよ!!」
「っ……」
梨麻の呼び声で我に返った希乃はハッとして、咄嗟に梨麻の手を掴もうとした。
だが、次の瞬間。
――ドサ…ッ
「…ぇ……?」
梨麻の体がゆっくりと傾き、地面へと倒れていく。
希乃は驚き、慌てて梨麻の体を受け止めた。
「りっ…梨麻ちゃん…っ!?」
希乃は、グッタリとした理奈の体を揺する。しかし、反応はない。完全に気を失っているらしい。
「嘘っ…なんで!?やだ、梨麻ちゃんっ!!」
段々と、恐怖で叫びにも似た声で、梨麻を呼ぶ希乃。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
そんな希乃を、二人の男はジッと見つめる。
「喪扇香《-ソウセンカ-》の香りを嗅いだにも関わらず、気を失わない…?」
「……」
武器を持つ男は、静かに、希乃に近付いていった。
そして、血の滴る剣を希乃に構えると、制服を胸の辺りまで躊躇いなく引き裂く。
「っ…!!」
怖くて抵抗できない希乃は、ただ、気絶した梨麻の手を握りしめることしかできなかった。
そんな希乃を放って、男は希乃の左肩を出すように、制服を乱暴にずらす。
武器を持つ男の視線は、希乃の左肩のある一点に止まった。
「………見付けた」
一言。それだけを男が言うと、傍観していた男は、驚いたように瞳を見開く。
「……それは、本当ですか?」
「青鳥の印がある。間違いない、コイツだ」
"セイチョウの印"。聞き慣れない言葉に、希乃は目を丸くした。
「どうする?」
「どうするも何も…『王子』が見つかったからには、目覚めさせなければいけませんよ」
「……目、覚め…?」
何を言っているんだ。この二人の男は―――?
恐怖する頭で必死に会話を聞き、考えるが、何のことだかワケが分からず、希乃は、霞む視界をクリアにしようと袖で涙を拭う。
ちょっとずつだが、希乃に余裕が出てきた。
「…っ…あ、の……」
希乃が呼び掛ければ、武器を持つ男が振り向き、睨まれる。
それに少々怯みながらも希乃は、どうせ死ぬなら疑問を解決してから。と、勇気を振り絞って訊ねた。
「っあの…梨麻ちゃん…この女の子は、無事なんですか……?」
「……」
「こ、答えてください…私、貴方達が何者なのか知らない……セイチョウの印とか、目覚めさせるとか…全然……あの、一体、私達に何をする気なんですか……?」
「……はぁ…」
いくつかの質問を投げ掛けると、男は小さくため息をついた。
「そんなにたくさんの質問に答えるほど、俺はお前と言葉を交わすつもりはない。……覚醒すれば、"此方側"の事は思い出す」
「覚醒…?」
また、ワケの分からないことを言った。希乃は呟き、潤む瞳で、高い位置にある、男の顔を見上げる。
すると、傍観していた男が、微笑みを浮かべ、話した。
「今の貴女に僕らの事を説明しても、きっと、理解はできませんよ。ソウマ、どうやら"今回"、『王子』は"此方側"につきそうですね」
「…あぁ」
「……」
この状況を、私にどう打開しろと言うのだ。
希乃は、必死に逃亡策を考える。
しかし、気絶した梨麻。傷付いた男。武器を持つ男と、これだけの悪条件が揃ってしまえば、混乱する希乃の頭では、二人を動かすことすらできない。
「さっさとやってしまいましょう。奴等が来る前に」
「分かった」
そうこうしているうちに、男達の話しがまとまったのか、真っ直ぐ二人の視線が希乃に向けられてきた。
武器を持つ男が、懐からゆっくりと綺麗な装飾がされた、硝子のように透き通ったナイフを取り出す。
これは、殺される。希乃は瞬時に悟った。
「ぁ…」
自然と声が漏れ、恐ろしさのあまり希乃は後退りする。
「逃げるなよ。今、覚醒させてやるんだから」
「ぃ…い、ゃ……た、助け…っ」
「助けてやるよ、今度こそ。死のループから」
男に持たれたナイフが、高く振り上げられた。
死ぬ。
そう、思った直後だった―――。
ドスッ!!
次の瞬間、左肩に酷い激痛が走った。
「あ゙…っ!!」
「!!」
ナイフを振り上げた状態のまま、男は希乃の左肩に刺さるナイフを見て、目を見開く。
希乃にナイフを刺したのは、目の前にいる男ではない。レンガの壁に背を預け、苦痛に耐える希乃は、首を動かして必死に犯人を探した。
「少し遅かったな。ソウマ」
ナイフの飛んできた、頭上の方から、声が聴こえてくる。
三人が見上げれば、そこには、漆黒の髪を風になびかせ、器用に壁の上に立つ美形の男が居た。
「レン…貴様…っ!!」
『レン』と呼ばれた男は、鋭い目付きで睨み付ける『ソウマ』を、臆することなく睨み返した。
「カイバに瀕死の重傷負わせておき、その上『王子』まで奪おうとするなど…貴様等、覚悟は出来ているだろうな?」
「それは此方の台詞だ!お前…よくも"第一の覚醒契約"を奪ってくれたな…っ!!」
「貴様等の『王子』は、この方では無いだろうが」
「黙れ!"シエル様"こそ我等の『王子』となる方に相応しいのだ!!お前らごときに、"シエル様"が守れるはずがない!!」
何やら口論になっていく二人。やがてはそれぞれ武器を構え、一戦を交え始めた。
―――――その間希乃は、痛みとは違うモノに身体を犯されていた。
「うっ…あぁ…ぐっ……っっ!!」
体が、溶けるように熱い。そして息が上手く出来ない。
「(……や、だ…よ…死に…たくな、い………っ)」
それなのに、苦痛から逃げるように意識はどんどん遠くなっていく。
「死に…た…く……」
―――死にたくない。そう呟いたのを最後に、希乃は気を失った。
********
―――一体、あれからどれくらい経ったのだろうか。
目を覚ました希乃は、何もない、真っ暗な空間にいつの間にか佇んでいた。
「……え…?」
驚いて希乃は、状況を把握しようと辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、明らかに怪しいが神秘的に光る泉を希乃は見付けた。
「……」
ここは、死後の世界だとでも言うのだろうか。それにしてはシンプルな場所だ。
とにかく希乃は躊躇ったが、その神秘的な雰囲気の泉に歩み寄ることにした。
気付けば、先程まで希乃を苦しめていた苦痛は全くない。ならば自分は死んだのだろうかという疑惑が、より一層強くなった。
――チャプ…ッ
「あ……思ったより、浅い……」
指を入れ、深さや害が無いか確かめ後、希乃は泉に足を入れる。
その瞬間。泉に浮いていた一つの大きな蓮が、希乃の目線まで浮かび上がってきた。
「!」
閉じていた蓮の花びらが、ゆっくりと開かれる。
そして―――中から現れたのは、白い肌をした男だった。
蓮から現れた男。それは希乃にとっては決して忘れられないくらいに見た姿。
「この、人…何度も夢に出てきた……」
そう、蓮の中から現れた人物は、いつも見る夢に出てくる男だったのだ。希乃は無意識に男に向かって手を伸ばした。
希乃の震える指先が、男の肩に触れる。
そうすれば指を伝って、男の鼓動と温もりが感じられた。
「生きてる…?」
――カチャンッ!
その時、男の両腕両足を固定していた鉄枷が、音を立てて外れる。
そしてまるでそれが合図であったかのように、固く閉じられていた男の目蓋が開かれ、希乃目掛けて倒れ込んできた。
「えっ!?あ、ちょっ!!?」
突然の出来事に希乃は対応しきれず、思わず手を広げて、ほぼ裸体の男を受け止めてしまう。
ドクンッ!!
――――と、男の肌が触れた刹那。男の力強い鼓動と共鳴するかのように、希乃の心臓が大きく跳ねた。
「うぁっ…!?」
ドクンッ!!
また、ナイフを突き刺された後に襲い掛かった感覚と同じ。希乃は男の腕を強く握ってしまう。
どうしてこんな痛みや苦しみを受けなければならないのか。一体、自分が何をしたと言うのだ。希乃は思い、唇を噛み締めた。
希乃の体は火で焼かれるように熱く、また、何度も刃で至る所を刺されているのかと錯覚させられるほどの激しい痛みが襲いかかる。
「あ…っ!」
――ザバンッ!!
やがて身体中の力は抜け、希乃は男と共に神秘的な泉へと落ちてしまった。
―――そうして希乃は溺れながら、気を失ってしまうのだった。
これからやって来る幾多の困難を、乗り越えなければならない運命が待っているとも知らずに。
(消えた少年。見えた白衣)(私は、どうなってしまうの)
END
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続くって言ったでしょ。
ハッハッハ。