Side Sphen
懐かしい夢を見た。
遠い昔のような、ついこの前のような変な感覚なのはきっと、今起きている奇跡の所為もあるだろう。
冷静にそんなことを考えながら、"私"は足を動かす。
その手には二振りの剣。
武器であるそれを握り、数メートル先を走る黒髪の少年を追う。
一度振り向いた彼は叫ぶように言った。
「おら、行くぞスフェン!」
向かう先はきっと魔獣の住処。
何度も、何度も、彼とこなした魔獣の討伐任務。
その夢だ。
「くそ、お前の無茶に付き合わされる私の身にもなってくれ!」
口をついて出る言葉も何度も紡いだもの。
それを聞いた彼奴は相変わらず、人好きのする笑顔を浮かべて言うのだ。
「付き合ってくれるから相棒(パートナー)なんだろ?」
そう言いながら彼は足を止めない。
走って、走っていく。
少し速度を緩めればおいていかれてしまいそうな、そんな速度。
これは夢だとわかっているから、目覚めることも容易いが、"もう二度と叶わない夢"だからこそ、足は止めない。
「あぁもうお前と言う奴は!」
そう叫んで、追いかける。
ずっと、そうだった。
入団した時から、どちらかと言えば気が合わなくてしばしば喧嘩をした。
草鹿と炎豹だ、考え方の相違はよくある話で不思議なものでもなかった。
パートナーとなってからもどちらかと言えば相棒と言うより好敵手と言う雰囲気で、何かと競った。
……それでも、一緒に任務をこなすときは息が合っていたのはきっと、やはり互いに認め合っていたからなのだろうなぁ、などと考える。
「ついてこい、出来なきゃ置いてく!」
そう言って笑う彼の姿は、遠ざかる。
……あぁ、お前と言う奴は、本当に……――
***
「……せめて、私が追いつける場所に居ろ、馬鹿」
そう、声に出して目を覚ます。
どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。
それと同時、ひょいと覗き込んでくる"見慣れた"顔。
「それ、俺に対していってる?」
緑がかった黒髪に、紅色の瞳の青年。
見慣れたはずの、もう二度と会えなくなったはずの相棒は、"あの頃"と寸分違わぬ姿で笑っている。
追いかけて追いかけて、それでも最後には私をおいて逝った馬鹿者はとある人物の奇跡じみた魔術でこの場に居る。
「……非常に複雑な気分だよ、まったく」
そう呟いて溜息を吐けば、顔を覗き込んできた彼はいつも通りに笑った。
「昔の夢でも見てたか?」
「あたりだ。先を突っ走るお前を相変わらず追いかけてたよ」
そう言って、肩を竦めて見せる。
懐かしいなー、と笑う奴は俗にいう"幽霊"な訳だが、こんなにも明るくて間の抜けたそれが居て良いものか、と冷静に考える。
そんな複雑極まりない私の想いは他所に、奴は言う。
「また一緒に行くか?副長サンの魔力が届く範囲になるから制約はあるが普通の騎士として動けるぞ?」
に、と笑う彼はぽんぽんと腰の剣を叩く。
そんな彼をまじまじと見つめた後、私はその額を小突いた。
「痛ぇ、何するんだよスフェン」
「馬鹿言うな。今じゃあ一層ついていけないぞ、私は。今年で何歳(いくつ)になったと思ってる」
彼(リオス)が皇御国で命を落としたという報せを受け取ってからも、私は騎士としての仕事をこなし続けた。
後継者を育て、騎士団を離れ、医者として過ごし、年を重ねてきた。
目の前に立つ彼は、命を落としたあの時のまま。
最前線で戦うことの出来る年の体だ。
そんな馬鹿者は少し思案顔をした後、口を開いた。
「いくつだっけ?」
「45だ」
「うわ、おっさんだな」
歯に衣着せぬ物言いも相変わらずだ。
「相棒なしで騎士を続けておっさんになるまで生き残ってることを褒めてほしいもんだがな」
たっぷりの皮肉を込めて言ってやれば、流石に少しバツの悪そうな顔をした。
ぽりぽりとこめかみを掻いて、彼は言う。
「……悪かったよ」
何に対する謝罪なんだろうな、それは。
今の発言に対してか、或いは……否、何に対する謝罪でも良い。
溜飲が下がった私は奴に言った。
「別に怒ってる訳じゃあない。お前なりに考えて、駆け抜けた結果だろう」
その言葉に嘘はない。
いつも全力だった奴は、自分自身の生すらも全力で駆け抜けたのだ。
そのことを咎める気はないし、彼自身が満足しているのなら私がどうこう言えた立場ではない。
……追いつきたかった、もっと競い合っていたかった、というのは私の我儘だろう。
「へへ、流石相棒」
あの頃と変わらない笑顔を浮かべてそう言う彼を見て、私もそっと口元を緩める。
過去は変えられない。
変えるつもりもない。
それならば、今はただ……――
―― 最高の好敵手 ――
(いつもいつも、先を走っていた。
追いつきたくて、追いつかなければいけなくて必死に追いかけた)
(ずっと、ずっと言いたかったことを今なら言えるが…あぁ、言う必要なんてきっとないのだろう)