以前書いたエビルとブレーズの出会いの話此方にあげてなかったのでアップしました!
追加からどうぞ!!
「ふぁああ……」
与えられた部屋のベッドに金髪の少年はころりと寝転がる。
騎士たちが使う部屋の一室。
城の雑用をこなすという条件で借り受けたこの部屋の居心地はかなり良い。
一人きりなのが少し寂しくもあるのだけれど……――
あぁ今日は少し忙しかった。
だからだろうか、疲れを感じているのは。
そう思いながらブレーズはそっと目を閉じた。
悪魔は人間とは違う。
積極的に眠る必要も、食事をとる必要もない。
しかし彼……ブレーズは割と、人間らしい生活を好んでいた。
甘いものを好み、夜になれば眠る。
そんな生活が心地よいと思うのはきっと、自分の雇い主の影響なのだろう。
そんなことを考えながら、うとうとと微睡む。
夢に見るのは、いつも"あの日"のこと。
自分が拾われた、"今の自分"が始まった、あの日のことだった。
***
悪魔の世界にも、階級が存在する。
仕える者と、仕えられる者。
各々に、生まれついた家と能力から、それを知り、自分たちの果たすべき使命に応えるための教育を受ける。
高位の悪魔は魔界の秩序を維持するために、そして中級以下の悪魔はそんな高位の悪魔を支え、その障害となるものを取り除くために。
ブレーズはどちらかと言えば下級よりの中級悪魔だ。
誰かを従えるのではなく、従う側の悪魔。
それは自分の両親もそうであり、そう生きていくことに疑問も不安も存在しなかった。
ただ、自分の主人のために生き、力を使う。
それが一番の喜びであると心の底から思っていた。
そんな日を夢見て、訓練と勉強とに励んでいた。
その成果が認められ、一人、また一人と契約者に引き取られていく。
そんな同胞たちを見ながら、ブレーズもまた自分の主となる存在を待っていた。
……けれど。
ブレーズを従者として選ぶ悪魔は存在しなかった。
ブレーズが持つのはフラウロスの力。
"正しい対処"をしなくては嘘をついて惑わす存在。
気に食わないもの、邪魔となるものは全て焼き払う。
そんな能力を強く強く発揮出来たブレーズは、有能であると見られる前に、危険視された。
「強すぎる魔力は厄介でしかない」
「主人を傷つけかねない使い魔なんか欲しがる奴いねぇよ」
きっと彼が高位の悪魔であったなら、その強い能力も十二分に発揮出来たことだろう。
しかし彼は"仕える側"の悪魔だ。
生半可な悪魔では、彼を扱おうと思えないのだった。
要らない。
使えない。
悪魔(どうぞく)にさえそうみなされた彼が、人間に使いこなせるはずもない。
ずっと自分はこのままなのだろうか。
誰かに使ってほしくて此処まで勉強してきたのに。
強い力だってきっと、"主人"のために使うと誓ったのに。
―― 嗚呼、寂しいなあ。
そんなことを考えていた時だった。
「お、いたいた」
かつり、と響いた靴音。
それに驚いて顔を上げる。
仕える相手が決まるまで、ブレーズのような悪魔は部屋を出られない。
大抵はすぐに相手が見つかる、或いは人間に使役されるため、そう長く居ることにはならないはずだが……
ブレーズに関しては、生まれ持った強すぎる力が災いし、長期の滞在となっていた。
だからこそ。
自分しかいないはずの部屋に誰か、が入ってきたことに驚いたのだ。
挙句。
部屋の中に現れたのは、魔界でも有名な存在だった。
艶やかな長い黒髪に、猫のような鮮やかな金色の瞳。
自信に満ちた表情を浮かべたその悪魔は、まじまじとブレーズを見つめた。
そしてにっと笑みを浮かべると、呟く。
「ん、よし。まだ主人なしだな?」
「え、あ、はい」
間抜けな返事しか返せない。
そんなブレーズを見て、彼……エビルはくつくつと喉奥で笑った。
「よし、じゃあ今日からお前は俺が使おう」
その"言葉"が契約となる。
ちりっと一瞬焼けるような痛みが走った肩口。
そこに眼前に居る悪魔の魔力を感じた。
契約の証。
それが刻まれたのだと理解したブレーズは何度も瞬いて、エビルを見つめる。
「あなたが俺の、御主人様……」
呆けたように呟けば、彼は眼を丸くする。
それからがしがしと頭を掻いて、苦笑まじりに言った。
「あー、あんまり硬い呼び方すんなよ、ぞわっとするからな」
慣れてねぇんだそう言うの。
あっさりとそう言うエビルを見て、ブレーズは一層目を丸くする。
この悪魔(ひと)が、自分の主人。
そう思うと何だか酷く誇らしくて。
そして何より……自分を必要としてくれる存在が居たことが嬉しくて。
「!はい、御主人!」
素直に、その言葉に頷く。
しかし、その顔がすぐ曇った。
「……でも、なんで俺なんかを?御主人、ベガトリィ家の御子息だろー、もっとこう、レベルの高い使い魔を使役するくらい……」
そう。
エビルは魔界でも有名な家の子。
次期魔界の王として視られている存在だ。
そんな悪魔の使い魔が自分のような"売れ残り"で良いものか。
ブレーズはそう言う。
それを聞いてエビルは眉を寄せた。
「あ?お前使い魔として半人前とかか?」
使えない訳か?
低い声でそう問われ、ブレーズはぶんぶんと首を振る。
「いや、一応成熟はしてるんで。でも……」
そこで一度、言葉を切る。
「……能力が、厄介で」
今エビルと普通に接することが出来ているのは、此処が"そう言う部屋"だから。
悪魔としての能力を制限する部屋。
……ごくまれにブレーズのように"売れ残った"悪魔が脱走を図ることがあるとかで、そうした構造になっているようだった。
暴走した悪魔は、同族にとっても危険なのだから。
しかし部屋から出れば、自分の能力は発揮されてしまう。
炎を操る力はともかく、"嘘をつく" 能力は常時開放型の能力だ。
封じようとして封じられるものではないのだ。
エビルはそんな彼の言動に溜息を一つ。
「なんだ、んなことかよ」
「へ?」
あっさりとそういったエビルに、ブレーズはきょとんとする。
エビルは笑みを浮かべた。
「使いこなせねぇ雑魚の戯言気にしてんのかよ」
その言葉にブレーズは大きく目を見開く。
……そんな言葉をかけられたことは、今まで一度もなかった。
エビルはそんな彼の紅の瞳を見つめて、言った。
「悪魔として持った能力をきちんと使えるんだろ。優秀じゃねぇか。
そのコントロールができねぇのは主人(あるじ)側の力不足だろ」
お前を雇おうとした奴らは雑魚ばっかりか?
そう言ってエビルは笑った。
その後ふうと一つ息を吐いて、言葉を紡いだ。
「だが、命令は聞いてもらわねぇと困る。
お前は俺の使い魔だ。それらしくあってもらう必要は確かにある。
だから、お前のその能力は確かに少し厄介だからな、制限をかけさせてもらう」
エビルはそう言うと何かを取り出して、ブレーズの首にかけた。
「これをいつもつけていること」
「……ペンダント?」
三角形のトップのペンダント。
それが、エビルがブレーズに取りつけたもの。
強い強いエビルの魔力を感じる
しかし枷という程強いものでもない。
「抑制機だな。魔力の調整用だ。
無論お前に嘘をつかせないようにもなってるし、炎を扱う方の魔術もある程度制限する。
あんまり強い魔術使うとお前に反動がいくからな、それでやり過ぎてることを自分で理解しろ」
俺がいちいち止めることはしねぇ。
自分で考えて、自分で判断しろ。
そうエビルは言いつける。
それは、ブレーズを抑圧し、言うことを聞かせる、というものではない。
従者として信頼し、使ってやるという意思を感じた。
嗚呼、自分は良い主人に巡り合えた。
そう思いながらブレーズは笑みを浮かべる。
「はい!」
「よし、じゃあこれからお前は俺様の配下だ」
そんな言葉と同時、エビルにわしゃわしゃと頭を撫でまわされた。
その大きな手と強い強い魔力に、ブレーズは目を細めた。
……その後、自分同様に売れ残っていたマルコシアスの力を持つ悪魔と共に、エビルに仕えることになったのはまた別の話。
―― 伸ばした手を… ――
(ただ、使って欲しかっただけ。
ただ、選んでほしかっただけ)
(そんな想いを汲んで、拾ってくれた主人に感謝を)